PERSON

2022.06.22

元外交官トップ・佐々江賢一郎「今のロシアは本質的な部分で嘘をついている」

外交官のトップである外務事務次官を務め、さらには駐米大使としても活躍した敏腕外交官・佐々江賢一郎氏。言語も文化も歴史も異なる各国の外交官と相対し、数多くの困難な交渉をまとめてきた佐々江氏の交渉術を解き明かす連載「元外交官トップ・佐々江賢一郎の超交渉術」。第1回は佐々江氏が「コミュニケーションで重要なのは、耳、頭、口の順番」と考える理由と、今のロシアの交渉における問題について。

相手の話す言葉には価値観や人生観が投影されている

コミュニケーションは、基本的に双方通行なものです。だから、大事なことは話すこと以上に、相手の話をよく聞くこと。相手は何を考えているのか。相手はどういう人なのか。余計な先入観なしに相手を理解し、相手の立場に身を置いてみる。よいコミュニケーションをするには、その意識が大切です。

外交官のコミュニケーションで重要なのは、耳、頭、口の順番だと私はよく言います。これは外交官に限らず、いろいろな場でも同じだと思います。まずは聞く。それから考える。そして、話す。

人の話というのは、価値観や人生観を投影するものです。どんなことに関心を持っているのかだけでなく、何を大切にしているのかにも、気づくことができる。

外交の世界では、特に全人格的に相手を理解することが、極めて重要になります。というのも、コミュニケーションは一度では終わらないからです。継続的にお付き合いすることが多いですから、より深く相手を知っておくことが意味を持つ。

そうすることで、どんな考えなら相手に受け入れられるか。どんな主張なら相手に受け入れられやすいかも、考えることができるわけです。

パーソナリティだけではありません。コミュニケーションしようとしている内容について、相手がどの程度、知っているのか。相手が得意としている分野なのか、苦手な内容なのか。それがわからないと、かけ離れた話をしてしまいかねません。

そして相手を理解しようという努力は、常時行っていく必要があります。なぜなら、人は変化するからです。

プーチン氏は人生を通じて非人間的だったのか?

ウクライナへの軍事侵攻で世界から非難されているロシアのプーチン氏ですが、では彼が人生を通じて非人間的だったのかといえば、そうともいえないわけです。

例えば、プーチン氏が大統領になってすぐの2000年に開催されたG8サミットで沖縄を訪れた際は、西側との関係も悪くなく、首脳たちとにこやかに談笑していたのです。

アメリカのテキサスを訪問して当時の大統領、ジョージ・ブッシュ氏に会い、歌を歌って、一緒に仲良くやっていこう、などと言っていた時代もあった。

人は変化します。また、交渉の場での態度も変化することがある。鬼のような強気で交渉してくる人も、ときには人間的な表情を見せたりしますし、逆の場合もあります。

ただ、往々にして社会主義や共産主義のような全体主義の体制にいる人々は、交渉の前線に出てきているような人でも、個人の持つ自由度は大きくありません。自分の決められた立場から、逸脱することは少ない。それは危険なことだからです。

だから、全体主義の人たちが一人で交渉することはありません。お互い監視しながら、交渉するのです。そうすると、本質的な部分で嘘をつかざるを得なくなる。このことは、今のロシアにも通ずる問題です。ロシアは本質的な部分で嘘をついているのです。

ただ、それでも相手を理解しようとする姿勢は重要です。なぜプーチン氏は、あのような行動を取るのか。幼少時代の体験もあるでしょう。情報組織KGBにいるときに冷戦が終了し、ソ連が崩壊、帝国が瓦解していく姿をドレスデンで目の当たりにした。自分の国が凋落していったわけです。

NATO諸国が拡大し、かつての大国の地政学的なテリトリーが減少してしまった。これをなんとかしたいというのが、プーチン氏の世界観になった。

そんな人間と交渉などできるか、と考える人もいます。しかし、軍事作戦には、どこかで出口が必要になるのです。出口を見つけようとする場合、交渉のフェーズに入ったときにサポートしてくれる人がいないといけない。

その役割を誰が担うのか。そこに注目しておく必要があります。批判を受けても、誰かがやらないといけない。コミュニケーションは、双方通行。自分たちだけでできることには、限りがあるのです。

Kenichiro Sasae
1951年岡山県生まれ。東京大学卒業後、外務省入省。北米第二課長、北東アジア課長、内閣総理大臣秘書官、総合外交政策局審議官、経済局長、アジア大洋州局長、外務審議官、外務事務次官などを歴任する。2012年には駐アメリカ合衆国特命全権大使に就任。’18年より日本国際問題研究所の理事長を務める。

TEXT=上阪徹

PHOTOGRAPH=太田隆生

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