アスリート、文化人、経営者ら各界のトップランナーによる新感覚オンラインライブイベント「Climbers(クライマーズ)」。その第4弾が、5月13日から3日間にわたって開催され、35人の仕事人が出演し、ビジネスパーソンを大いに熱狂させた。今回、東海大学 体育学部武道学科教授の井上康生さんによる特別講義を一部抜粋して掲載。【短期集中連載「Climbers 2022 – 春 –」はこちら】
多角的な経験を積むことで、力は伸びる
ロンドンオリンピック(2012年開催)で、男子柔道は史上初めての金メダルなしという結果に終わりました。私は、男子重量級のコーチとして帯同していましたが、自分の無力さが悔しく、悲しく、選手や応援してくださった方々への申し訳ない気持ちでいっぱいでした。その時感じたのが、練習量と質のバランスをうまく組み合わせた上で、日本人独自のスタイルをつくりあげることの重要性。とくに、“畳の上”以外での改革が必要だと考えました。
ロンドンオリンピック後、全日本男子監督に就任してからは、さまざまな取り組みを行いました。いろいろな企業の方々に講演をしていただき、失敗談と成功談を話していただいたこともありますし、選手に茶道や書道を通して日本の伝統を学んでもらったことや、自衛隊式トレーニングを経験してもらったこともあります。そうした多角的なアプローチが、選手の力を伸ばし、組織の力を拡大することにつながると思ったからです。世の中には、宝物がたくさんあります。固定概念に縛られて、「これは自分たちに不要」と排除するのではなく、オープンマインドでさまざまなものに接し、そこから自分に必要なものを選ぶことが大切だと思います。
強いだけでなく、世の中に必要とされる選手・団体を目指す
「最強だけの柔道家になるな」という言葉は、選手だけでなく、自分にも言い聞かせたもの。柔道で成功を収めるのはもちろんですが、それ以外のところでも、自分の能力を伸ばしてほしいと言う想いと、勝つことだけが柔道の魅力ではなく、世の中に必要とされ、応援していただける組織、選手、自分たちでありたいという想いを込めています。私自身、選手を引退した後、イギリスに留学したことで、選手時代、いかに自分の視野が狭かったか、無力で無学な人間だったかを思い知らされました。もっとも、ポジティブなので、「つまり伸びしろがあるということ」と感じ、いろいろなことに意欲的に取り組みました。それが、今に活きていると感じています。
大事なことを伝える時は、遠回しにではなく直球で
指導者としてキーワードにしているのは、コミュニケーションです。どんな社会、組織であっても、人と人とのやりとりがベース。話をしないと相手に伝わりませんし、接する機会がなければ信頼関係も生まれません。なので、監督を退いた今も、練習場には時々足を運び、大会では、選手だけでなく、協力してくださる方々など多くの関係者とコミュニケーションをとるように努めています。選手に対しても、キャラクターやその時の状況などに応じて、かける言葉を変えるなど気を遣っているつもりです。時には遠回しに話すこともありますが、大事なことは直球で、伝えるようにしていますね。相手に伝わらなければ、意味がありませんから。
東京オリンピックでは、おかげさまで、たくさんの金メダルを獲得できました。選手はよく頑張ってくれましたが、指導者としては、もっといい色のメダルを獲らせてやることができた、という反省もあります。これからも柔道の魅力を普及し、柔道がみなさんを感動させ、元気づけるなど、社会に役立つ存在になるよう、力を尽くしたいと思っていますので、応援よろしくお願い致します。