日本で長らく課題となっている障害者の雇用。厚生労働省が定める民間企業における障害者法定雇用率は2.3%だが、実態は遠く及ばない。その社会課題に一石を投じ、解決すべく、猛スピードで取り組んでいるのが森木恭平率いるスペシフィックである。持続可能な社会貢献と、マーケットのトップランナーを目指す、熱きリーダーの実像に迫る。
障害者雇用の普及には“三方良し”の支援が必須
日本プロサッカーリーグ2部(J2)所属、FC町田ゼルビアの本拠地「町田GIONスタジアム」。その車椅子用観戦スペースには、日本最大級の障害者向け総合求人サイト「障害者雇用バンク」の横断幕広告が大々的に掲げられている。このサービスを主流に、障害者向けサテライトオフィス「エラビバ」を運営するのが、森木恭平率いるスペシフィック。タレント、つるの剛士氏を起用したCMなど、業界トップクラスのマーケティング力も功を奏し、障害者雇用支援の牽引役として躍進する、今、注目のベンチャー企業だ。
森木は、FC町田ゼルビアとのスポンサーシップ締結の理由を、「僕がサッカー好きだからと思われがちですが、違います」と笑った後、こう語った。
「障害を持つ方々は、どの地域にもいらっしゃいます。目的のひとつは、そうした方々にスポーツ観戦の楽しみを提供するとともに、『障害者雇用バンク』の存在を認知していただくこと。もうひとつは、地域に密着し、自治体とのつながりが強いJリーグを支援することで、自治体との関係を構築することです。そうすれば、官民一体での障害者雇用が進めやすくなりますから。他に、J1の湘南ベルマーレとBリーグの越谷アルファーズのサポートもしていますが、それも同じ理由からなんですよ」
官民一体の障害者雇用。取材中、森木はたびたびこの言葉を口にした。日本には、現在965万人を超える障害者がいるものの、雇用者数は約57万9000人(20年度厚生労働省調査)で、障害者法定雇用率を達成している企業も、約半数に留まる。しかも、離職率の高さなど、“就職後の問題”も目立つ。障害者雇用支援は、これまでNPO法人中心に行われてきたが、慈善事業の範疇では、普及への道のりは遠い。だからこそ、森木はビジネスとしての参入を決めた。
「障害者雇用支援が、“持続可能なビジネス”として成立し、参入企業が増えれば、それだけ障害者の雇用機会が増えるはず。障害者、企業、そして、当社のような仲介役の“三方良し”であることが、普及につながると考えています。それに、障害者が社会に出て働くことは、少子化が進む日本において、労働力不足解消としても有効。これは、官民一体となって取り組み、盛り上げていくべき事業なのです」
社会に求められる企業でなければ勝ち残れない
森木がスペシフィックを立ち上げたのは、2016年のことだった。新卒で入った人材サービス会社で輝かしい実績を上げ、退職後は、ベンチャー企業の創業に参画。数社の役員を務めるなど、自身のビジネス手腕に対する手応えを得たところで、「自分の想いが詰まった、理想のチームをつくりたい」と思い、起業に踏み切ったのだという。
「起業に関心はありましたが、『何が何でも!』というわけではなく、キャリアを積むうちに、『自分にもできるかもしれない』と、考えるようになったというのが、正直なところです。
ただ、当時僕はすでに30歳。夢や想いだけで突っ走って、『失敗しました』では、許されない年齢でした。第一、それまでの仕事を辞め、僕の想いに応えて加わってくれた仲間を、路頭に迷わせるわけにはいきません。勝算のある起業をしなければという気持ちは強かったですね」
そこで、自身が長らく携わってきたヒューマンリソースを軸にした事業を展開。そして、創業から2年半が過ぎた頃、森木の中に、「社会貢献につながる事業を」という想いが芽生える。
「自分を含め、親となった仲間が増え、子どもに誇れるような、社会的意義のある仕事をしたいと考えるようになったんです。それに、社会性は、ベンチャーが生き残るために必要な要素のひとつ。世の中に求められる会社でないと、他社が参入してきた時に、勝てませんから」
社会に役立つ事業として、即座に浮かんだのが、障害者雇用支援。人材サービス会社勤務時代、難しさとともに課題解決の必要性を感じ、「いつかは手がけたい」と思っていた分野だ。
「この構想を社内で発表したのは、’18年末、本社社員7、8人が集まった忘年会の席でした。『こんなサービスを考えているんだけど、どう思う?』と」
新規事業の発表を、入社1年目の社員もいる飲み会の席で行う。意表を突く方法に見えるが、森木にとっては自然なこと。自分の考えや想いは、周囲にストレートに打ち明け、相手の意見や考えにも、積極的に耳を傾ける。そこには、ポジションや年齢、社歴といった壁はない。社内では、役職ではなく、「〇〇さん」と呼び合うのも、人間関係を“上下”で分けず、常にお互いを尊重し、フラットに捉える、森木イズムの表れだろう。
そんな風通しのよさもあってか、突然の発表ながら、その場で活発な議論がなされ、全員が賛同。翌日には、それぞれが障害者雇用に関する情報を持ち寄り、わずか半年後には、サービスのリリースに漕ぎつけた。
ある社員は、当時の胸中について、「突然の話で驚きましたが、社長は、正しいことをする人だと信じているので、不安はなかったですね。あとは、猛スピードで前を走る社長を追いかけ、自分ができることを精一杯やるだけです」と、打ち明ける。
先を読む力と的確な分析力、熱い想いと行動力、そして、圧倒的なリーダーシップ。経営者としてはもちろん人間的魅力に溢れる森木のもとには、熱いメンバーが集う。そしてそれが、“結果を出すチーム”へとつながっているようだ。
「一番うまいわけでも、自分が望んだわけでもないのに、不思議なことに、小学校から大学まで、サッカーチームでは、ずっとキャプテンに選ばれてきました。ただ、リーダーシップがあるかどうか、自分ではわかりません。キャプテンとして僕がやったのは、誰よりも声を出し、誰よりも汗をかいて、仲間を鼓舞することだけでしたしね(笑)」
ビジネスでも、勝負どころを逃さない
新たなフィールドで真っ先に着手したのが、障害者向け総合求人サイトの構築。障害者にとって、複数の求人サービスに登録をしたり、相談や説明のために足を運んだりというのは、時に、負担が大きい。そこで、スマートフォンひとつで、ハローワークや大手エージェントを含む日本最大級の求人情報をチェックでき、就労移行支援情報やウェブカウンセリングも受けられるサービスを、’19年夏にローンチ。開設1年で登録者数が3万人を超えるなど、手応えを感じた森木は、事業をさらに推進すべく、’21年、サービスの名称を「障害者雇用バンク」に変更した。
さらに、東京きってのターミナルシティ、新宿駅徒歩圏内に、数百席規模の障害者専用サテライトオフィス「エラビバ」を開設。専門の支援員が常駐し、利用する障害者の体調管理などのフォローから、契約企業に対する業務体制のコンサルティングまで、細やかに対応している。こうした実情を踏まえたソリューションは、障害者を採用したくてもノウハウを持たず、自社で環境を整えるのが難しい中小企業はもちろん、大手上場企業からも支持され、契約社数は急伸。企業の持続可能な障害者雇用の確立や、障害者の雇用機会の創出など、障害者雇用が抱える問題の新たな解決策として、大きな期待が寄せられている。
「発案から3年で、ここまで事業が広がったのは、社内外問わず、関わってくださった皆さんが、尽力して下さったおかげ。ありがたいことに、僕は、昔から人に恵まれているんです」
その言葉通り、森木を支えるメンバーには、人材サービス会社時代の先輩だった田中智史氏や、学生時代のサッカー部の仲間が名を連ね、昨年、森木の父の上司で、故石原慎太郎時代に、東京都副都知事を務めた竹花豊氏が監査役に就任。社外にも、支援者が多数いる。皆、森木の人間性と熱い想いに魅せられて集まった“仲間たち”だ。
「サッカー同様、ビジネスにも、全身全霊で取り組むべき“勝負どころ”があります。障害者雇用支援は、まさにそれ。我々が熱狂し、本気で取り組まなければ、変えられない分野ですし、僕自身、人生を賭す価値のある仕事だと、確信しています。これからも仲間たちと一緒に、この事業に熱狂し、必ずイノベーションを起こしてみせます」
森木恭平の3つの軸
創業から今日にいたるまで、壁にぶち当たったこともある。それでも、志がぶれることなく、前へ、前へと走り続けてきた森木恭平。それを支えたのは、創業時の情熱を思いださせ、鼓舞してくれる3つのアイテムだった。
01. 2冊の本
学生時代に初めて手に取り、何度も読み直したという”バイブル”がこの2冊。「(サイバーエージェント代表取締役)藤田晋さんの本は、すべて読ませていただいていますが、一番影響を受けたのが、『渋谷ではたらく社長の告白』。起業に興味を抱くきっかけになりました。(シーラホールディングス取締役会長)杉本宏之さんの『26歳、熱血社長、年商70億の男』は、『こんなチームをつくりたい!』と思わせてくれた一冊です。ありがたいことに、今は、お二人ともに交流させていただき、いろいろ刺激をいただいています。恩恵に預かるだけでなく、僕自身が少しでも何かお返しできるような人間になりたいです」
02. ファッション
周囲には、ベルルッティ好きとして知られている森木。「社会人になったばかりの頃、ベルルッティを目にして以来、『いつか身につけられるようになりたい』と、ずっと憧れていました。自分で買った物もありますが、本社移転祝として、自身のメンターとして尊敬する(ベクトル代表取締役社長兼会長)西江肇司さんからはデスクマットを、(エー・ピーホールディングス代表取締役社長執行役員)米山 久さんからは小物を入れるトレーをプレゼントしてもらうなど、いただきものも多いんですよ」。障害者雇用支援サービスの記者発表で履いた靴をはじめ、名刺入れなど、ここぞという時の勝負アイテムにもなっている。
03. CEO FOOTBALL CLUB
年商1億円以上の創業者かつ現役の経営者から成る世界的なネットワーク「EO」。経営者同士の縦の関係を構築するメンターシップや勉強会を通じて、おおいに刺激を受けているという森木が、もうひとつ楽しみにしているのは、有志によるサッカーチーム「CEO F.C」だ。上は55歳から下は森木の37歳まで、幅広い年代のサッカー好き経営者、約40人が所属。月1、2回、試合や大会に参戦している。「忙しい人ばかりなのでチーム練習はしませんが、皆さん、試合に出してもらえるよう、自主練はしているみたいです。大会では、学生チーム相手に本気でぶつかり、汗を流す。その時間が、ものすごく楽しいし、気持ちがいい!」