苦楽をともにした仲間、憧れのアートピース。椅子とは座るための単なる道具ではなく、その存在を紐解けば、人生の相棒とも呼べる存在であることがわかる。BMW ジャパン 代表取締役社長・クリスチャン ヴィードマンが愛でる椅子と、そのストーリーとは? 「最高の仕事を生む椅子」特集はこちら!
BMWにとって椅子は人とクルマをつなぐ〝懸架(けんか)〞
「ここは、落ち着きますね。会議や外出から戻り、この特等席に座ると、自分のベース(基地)に戻った安心感があります」
千代田区丸の内1丁目の高層タワーにあるBMWジャパンのオフィス。クリスチャン・ヴィードマン代表取締役社長は、黒革張りの座面と背面にクロームメッキの肘かけを組み合わせたVitra製「アルミニウムチェア」に深々と座って微笑んだ。組織のトップ=〝チェアマン〞として着座する執務室の椅子は、思考・決断・創造の場だという。
「思索を妨げない、クリーンなラインを持つ質実剛健な椅子が好きです。仕事の際は背筋を伸ばして座り、背もたれを倒すことはありません。真摯に相手や書類と向き合い決断を下し、ポジティブな意識になって創造性を発揮できるものがいい。会議用の椅子もそういうものを選んでいます」
社長室壁面のホワイトボードには〝PUSH THROUGH AS ONE TEAM〞の手書き文字が。ビジネスは集中して、一丸となってみんなでやり抜くことをモットーにしているという。
「経営の要諦は、信頼、自信、勇気の3つ。対人関係をはじめ、すべては信頼からスタートし、信頼から自信が生まれます。目標達成に向けて邁進するには自信が必要です。例えばデジタル化のために慣習を変えるには、勇気も大切。この名作チェアに腰かけると前に進み、決断する勇気が湧く。幾多の決断の源泉の場になっている気がします」
BMWの7シリーズに乗ると、創造力が掻き立てられる
椅子談義は最新7シリーズのリアシートに場を移して続いた。
「シートはドライバーやパッセンジャーの重みを受け止める第一の"サスペンション"。クルマと人をつなぐ大切な要素です。BMWはすべてがドライバーズ・カー。『Freude am Fahren=駆けぬける歓び』を体感でき、クルマとの一体感を味わえるように、運転席は肘や脚の角度まで徹底的に検証してつくります。同時に、すべての座席で長距離を心地よく移動できる乗り心地となるよう設計しています」
一部のミニバンやSUVのように乗員を過度にリラックス=弛緩させるシートを持つクルマもある。しかしBMWは、ドライバーには安全面からもクルマの動きを常に感じ取りながら走ってほしいと考えているという。
「このフラッグシップモデルの7シリーズは、後席の背もたれの角度と座面位置が電動で調節できます。助手席の位置などもこの専用タブレットでも調節でき、空調の調整機構やエンタテインメントシステムも後席に備えた豪華仕立てです。しかもふたつの香りを車内で楽しめるアンビエント・エア・パッケージつき。居心地のいい空間に身を置き、流れゆく車窓の景色を眺めていると、執務室では思いつかないようなグッドアイデアが湧いてきます」
そんなチェアマンにとって、家族と心穏やかに過ごす椅子については3脚を挙げてくれた。イームズのラウンジチェア、ル・コルビュジエのソファ、そしてミース・ファン・デル・ローエの「バルセロナチェア」だという。
「いずれも虚飾を排しつつ細部にまで気を配ったデザインが魅力。王道・定番ですが、背もたれに寄りかかってリラックスできる、心地よく座れる最高の機能美だと思うのです。『God is in the details(神は細部に宿る=ファン・デル・ローエの名言)』の言葉にもあるように(BMWグループ傘下)ロールス・ロイスの開祖ヘンリー・ロイス卿も『Perfection in detail』というマントラ(真言)を残しています。細部までの完成度を意識して仕事・経営を推し進めたい」と語りつつ表情を引き締めた。
CHRISTIAN WIEDMANN
バンコク生まれ。1996年にフライブルク大学で修士号を取得。2001年にドイツBMW本社入社。日本、オーストリア、ギリシャ、韓国、オーストラリア、タイでキャリアを積み、’18年8月にBMWジャパン代表取締役社長就任。バイクやヨットセーリングも嗜む行動派。