西野亮廣氏が8作目となる絵本を上梓。大ヒット作『えんとつ町のプペル』のスピンオフとなる本作『みにくいマルコ〜えんとつ町に咲いた花〜』に仕かけられた新たなビジネスモデル、そしてクリエイターとしての純粋な想いとは。
インターネット前期最終回の打ち手が『プペル』
西野亮廣(あきひろ)氏が製作総指揮を手がけた『映画 えんとつ町のプペル』は、5月現在で興行収入24億円を突破。パンデミックで不振にあえぐ映画業界において、数少ない大ヒット作となった。発売から5年が経つ原作絵本も売上げを伸ばし69万部に到達。「5000部売れれば大成功」といわれる絵本業界においても圧倒的な数字だ。その快進撃の背景には、〝作品を世の中とシェアする〞という西野流のビジネスモデルがあった。
「インターネット以前は、誰かが権利を持っていて、それを使いたかったらお金を払えというモデルでした。インターネットが出てきたあたりから、シェアしようとする動きが出てきて、一方で、それを止めようとするいたちごっこが始まった。『えんとつ町のプペル』あたりになると、むしろシェアをどんどんさせて、権利なんていらない、著作権も曖昧、皆に使ってもらったほうが、最終的に大本にメリットがあるんじゃないかって。
『えんとつ町のプペル』というのは、インターネット前期の最終回の打ち手だったんです。シェアの歯止めがきかないのなら、むしろシェアさせてしまおう、という」
2017年、それまでタブーとされていた本の全ページ無料公開に踏み切り、さらに「絵本『えんとつ町のプペル』著作権をナアナアにする」と公言、二次利用を許可した。巷では「プペルバス」が走り、「プペルクッキー」が販売され、自然と世の中が『えんとつ町のプペル』を宣伝する結果に。まさに〝シェアで拡散〞させることで成功したビジネスモデルだが、西野氏は新作絵本『みにくいマルコ 〜えんとつ町に咲いた花〜』で、自らのこの手法はもう古いと、真っ向から否定するという。
「NFT、ブロックチェーンという技術でもって、インターネット上で所有者を限定できるという、これまでに絶対にありえなかった技術が出てきた時に、インターネットの中盤戦に入ったなと。ならば、そういう戦い方をしないとなと。要はどうすれば、このデータを誰かひとりのものにして、面白く展開していけるかです」
西野氏が新作に組みこむ仕かけは、1ページごとに所有者がいる状態を作りだすということ。ページデータの所有権を担保できるNFTアートとして販売するというのだ。
「誰でもモノを転売できる時代に、出版業界が転売を止めることにコストを割くのは健康的ではないなと。むしろ転売されればされるほど、プラスになるように仕組みを再構築したほうがいいなと思いました。NFTでページオーナーを作っておいて、このページが誰かの手に渡れば、転売されればされるほど、大本に10%くらい入るようにしておけば、転売をどんどんやってください、となる。そうすれば、絵本は印税で回収するってことから卒業できます。ちゃんと別の売り上げ、つまり転売から収益をもらえるようにすれば、また違ったかたちの絵本が作れるんじゃないかなと」
自ら編みだした手法を、自ら否定することが重要と断言する。
「自分の勝ちパターンをトレースするっていうのは、それだけはやってはダメ。今、無料公開しても効き目はありません。あの時は、やってはだめだったから効き目があったわけで。アプローチとしては面白くない。無料公開の時も山ほど怒られたんですけど、今回もどうせ怒られるんですよ(笑)。NFTでアートって絶対に『詐欺だ』とか言う人がいると思います。なるべくなら怒られたくないですけど(笑)、新しいことをやる時にはつきものなので」
この物語は結局どうしようもなく自分の話
『みにくいマルコ』は、えんとつ町で職を失ったモンスターたちがショーに出演するという設定で始まる。前作の絵本同様、イラスト、キャラクターデザインなどすべてを分業制で制作した。そのなかで西野氏が「口うるさくなってしまった」というページが冒頭に。煌びやかなステージと、その袖に控えるモンスター、マルコの姿を描いた1枚だ。その絵では、ステージに立つ人の背中が光り輝いている。
「最初に上げてもらった絵は、ステージに立っている人の背中が影になっていました。正面から照明が当たっているから、理屈でいうと合っているんです。ただ、袖からみた舞台って、物理的な距離は近いんですけど、あそこってなかなか立てない場所なんです。10年とか平気でかかる。そうすると、舞台上にいる人って、めっちゃ光って見える。理屈では合ってないけど、実際に舞台に出る芸人からすると、そう見えるんです。気持ちをいれると、そういう絵になるんです。そういうところを考えて、時間がかかりましたね」
モンスターたちは、舞台で輝き、マルコは人間と恋に落ちる。しかし離れ離れになったふたりは、最後に遠くにいながらも、ある方法で通い合う。
「これは、自分の話なのは間違いないです。もともと自分は、チケットを手売りするところからスタートして、お客さんと飲みに行って、ってことを好きでやっている人間なんですけど、ちょっとだけ、生意気に影響力みたいなものを持ってしまって。やっかいなのが、そうなると、自分の居場所が制限されてきてしまうんですね。熊本で水害があって※、僕のオンラインサロンメンバーのお家に土砂がたまって。すぐに行きたい、一緒に土砂をかき出したいと思ったんです。
前はそれをやっていたんですけど、今はできなくて。自分たちはチームで動いていて、僕の動きが止まってしまうと迷惑をかけてしまう。これはもう胸が痛くて。皆さんのすぐ近くには行けないですが、その人たちのことを考えていないわけではなく、その人たちに『応援しています』って伝えようと思ったら、あとはみんなが見える場所にエンタメをぼんって投げるしかないんです。映画を作って、それでもって『がんばってください』と言うしかない。今、ひとりひとりに直接言うことができなくなってしまったっていう、結局は自分の話なんです」
※2020年に発生した熊本豪雨
自分が死んでも会社が回り続ける仕組み
だからこそ目の前にいるスタッフのために、したいと思っていることがある。「会社を300年続ける」ということだ。
「なんでそう考えたかというと、社員を雇うようになったっていうことが大きいです。これまでは10代や20代の子と仕事をしたところで、それは仕事相手だと割り切っていたんですけど。20歳そこそこの子が社員として入ってきて、『えんとつ町のプペル』を届けるために、時間を割いてくれるようになった。ここでもし、僕が明日死んだ時にそこで止まってしまうような仕組みだったら、彼らがそれまでに割いた時間はなんだったのか、ってなってしまう。だから自分が死んでも回り続ける仕組みをつくっていくのが重要だなと。20年で潰れてしまうような会社をつくったところで、その時に自分はおじいちゃんになってるからいいかもしれないけど、お前に20年かけた若いやつがいるんだから、そこで終わるようじゃダメだなって」
そのためにえんとつ町は拡大を続け、これからは伝統芸能などともコラボレーションをしていくのだという。さらに映画は日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞し、4ヵ月のロングランも打ち立てた。最後に、この業績にホッとしているかどうか、と問うと。
「僕は非常に欲深い男でして、やるからには一番を狙う。どうすれば皆が指標としている数字で一番になれるのか、むっちゃ考えたんです。で、この線ならあるかもっていうのがあって。そのカードはまだ切っていません。だからまだ、結果は出ていないんです」
4ヵ月のロングランは「まだ助走期間」と言い切る西野氏。次はいったい、どんな手が飛びだすのか。目が離せるわけもない。
5月31日発売!
『みにくいマルコ ~えんとつ町に咲いた花~』
煙を吐きだすことをやめたえんとつ町。炭鉱夫であったモンスターたちは、劇場「天才万博」でショーに出演していた。そこで、口を縫われた主人公、モンスターのマルコは、人間のララと恋に落ちる。『えんとつ町のプペル』その後の世界。
西野亮廣/Akihiro Nishino
1980年兵庫県生まれ。’99年、漫才コンビ「キングコング」を結成。絵本作家としてこれまで7作を発表。「株式会社CHIMNEY TOWN」を創業し、自身のオンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」は会員数6 万人を超え、国内最大となっている。芸能活動の枠を超え、さまざまなビジネス、表現活動を展開中。