藤田晋氏のワインンスタグラムをご存知だろうか。日々投稿されるのはマニア垂涎(すいぜん)の超高額ワイン、激レアワインの数々。そしてまた、ワインを通して語られる言葉も含蓄に富んでいて藤田氏の人生観や仕事哲学、生き様を感じさせると、ワイン好きのみならず多くのビジネスパーソンを惹きつけている。13台ある自宅のセラーにはところ狭しと高級ワインが並び、ビジネスでの会食はもちろん、家でひとりで晩酌する時でさえ1本数十万から100万円を超えるワインを開けて楽しむという藤田氏。なぜ藤田氏はそこまでワインに魅せられ、熱狂するのだろうか。今回ゲーテは藤田氏の自宅を訪問。究極のワイン道を突き進む藤田氏の知られざるワインライフに独占密着した。
「今が人生で一番ワイン愛が高まっている」
ある日はドン ペリニヨンP3にロマネ・コンティ……。日々超絶ワインが登場する投稿が、ワイン好きな経営者をはじめ多くのワイン通たちの間で話題になっているインスタグラムのアカウントがある。それが、サイバーエージェント代表取締役・藤田晋氏のワインインスタ(@fujitasusumu_wine)だ。
高級ワインの数々が並べば、普通なら自慢話全開の嫌味な趣向のインスタになってしまうところ。しかし「何を飲み、どんな味がしたのか。その日にどんなことがあったかを僕自身が忘れないように記録しているだけです」と藤田氏が言うように、そこにはあくまでもワインを飲んだという事実とその時感じた日々の徒然(つれづれ)が記されているだけ。しかし、そんなワインを通じて語られる文章には、人間への深い洞察や仕事への気づき、経営者としての心情の一端がちりばめられていると、多くの経営者やビジネスパーソンからも注目されている。
藤田氏がもともと持っていたアカウントとは別に、ワインのみの専用インスタアカウントを作ったのは昨年6月。きっかけは、コロナ禍で全社的にリモートワークが始まり、会食の減少などで家にいる時間が多くなったこと。
「ステイホーム中の一番の楽しみが、一日の終わりに美味しいワインを飲むこと。改めてワインセラーを覗いてみると『あれ、こんなのあったっけ?』というものも多く、これを機会に手持ちのワインを整理するつもりで備忘録的に始めたんです」
ところが、人の目や時間を気にせずじっくりとワインに向き合えることでのめり込み度が加速。整理どころかどんどん飲みたいワインが増え、なんと自宅のセラーは現在13台に!
「ワインを減らすつもりが、セラーが空くとなんだか寂しくなって(笑)。オンラインで気になるワインをどんどん買ってしまいました」
しかし、家飲みのワインはリーズナブルに済ませ、高価でレアなワインほど取っておきたくなるような気もするが、藤田氏は違う。
「『いいワインは、ここぞの時に飲む!』と考えている人が多いと思うのですが、ここぞの時なんて絶対に来ないんですよ(笑)。この先身体を壊して、飲めなくなる可能性だってある。だから今は、どんなワインも飲みたくなった瞬間に開けるようにしています」
家でのひとり飲みこそ、いいワインを飲むべき。会食と違い、相手に気を使うこともなくワインの味だけに向き合える。自分だけの時間だからこそ、その素晴らしい味を心から楽しめると、一日の終わりにワインだけをゆっくりと味わっている。
ワインが信頼感を生み人とビジネスをつなぐ
若い時からワインを嗜(たしな)んではいたが、当初はそんなに美味しいとは思っていなかったという。転機は起業2年目のころ。
「GMOインターネットの熊谷正寿社長に飲ませてもらったのが、ボルドー5大シャトーのワイン。そこで初めて、ワインが美味しいと思いました」
さらに深くワインにのめり込むきっかけになったのが、漫画『神の雫』。圧倒的な知識と豊かな感性で描きだされるその表現の数々に、藤田氏は大きな影響を受けた。
「原作者の樹林伸(亜 樹直)さんとはその後知り合うことができたのですが、尋常じゃないほどの数を飲み、ワインに本気で命を懸けて向き合う狂気じみた姿勢を目の当たりにして、やっぱりすごいと。自分もワインについてより深く知りたくなりました」
特に魅了されたのがブルゴーニュ。生産量も多く、状態・味わいともにある程度安定しているボルドーやカリフォルニアと異なり、畑も生産者も細かく分かれ、テロワールの違いを如実に感じるワインに魅了された。
そんな藤田氏の華麗なワイン遍歴のなかで、最も印象的だったワインは何なのだろうか。
「2008年に飲んだDRCリシュブール1959です。それはもう衝撃的に美味しかった。あれで完璧に“ワイン沼”にハマりました」
また、最近もさらなる深みを知る出来事が。それがGMO熊谷氏とふたりで飲んだDRC’74年の3本。
「蔵出しの完璧な状態で保管されていたもので、あまりの素晴らしさに、数日間はあの香りの余韻がずっと残っていました。そんな圧倒的な感動を味わう日が突然やってくるから、ワインはやめられないんです」
忘れられない味わいとともに、人をつなぐこともワインの魅力だと藤田氏は言う。
「美味しいワインをごちそうしてくれた人って、なんだかいい人に見えるんですよね(笑)。心を許すというか、信頼感が生まれるんです」
ワイン好きならではの仲間意識も深まると、その効果を語る。たしかに国際的なサミットなど外交の場でもワインが欠かせないように、ビジネスでもその力は大きい。10年以上前、当時のヤフー社長だった井上雅博氏との会食に藤田氏が持っていったのは、『神の雫』の樹林氏が「腰を抜かすほど美味しかった」と絶賛していた’85年のロマネ・コンティ。
「実は長い間、サイバーエージェントとヤフーは関係が冷えこんでいました。でも、井上さんも大のワイン好きで、すごく喜んでくれた。その会食がきっかけとなって、ビジネスパートナーとして提携することにつながっていったんです。会社同士の関係を雪どけさせてくれたのが、1本のワインでした」
とはいえ、そこに下心が見えるのは論外。「何か見返りを期待してとか、打算的なことは考えないほうがいい」と藤田氏は釘を刺す。
「美味しいワインを飲んで、その会食が楽しいものになれば、結果的に物事はプラスの方向に転がっていくと思うんです」
仕事と関係ない部分でつながることが純粋な信頼感を生み、いい結果を生みだす。その架け橋になるのが、美味しいワインなのだ。
一日の締めはワインと向き合う至福の時間
会食のワインも自らセレクトすることも多く、毎回熟考している。
「相手に喜んでもらえるようなものを徹底的に考えますね。自分がゲストの立場なら、相手の方がわざわざワインを吟味して選んでくれたら、それだけでも嬉しいじゃないですか」
それは社員との会食でも同様だ。ワイン選びに手は抜かず、普段は決して飲めないようなワインを用意して楽しませる。自社の社員、一緒に働く仲間だからこそ大事にしたいと、必ず社員が来る数十分前にはお店に行き、自らワインをチョイスするというから驚きだ。
「なかには僕が出したワインの値段を調べて、目が点になる社員もいます(笑)。でも、それで自分たちが大切にされていると感じてもらえれば」
そんな会食ワインも楽しいがやはり好きなのはひとり飲み。
「まだ飲んだことのない銘柄にチャレンジしてみたり、疲れている日は優しい味わいのワインを選んだり。多くの人と接して忙しく過ごした日の最後に、自分が心の底から飲みたい1本を、心置きなく開ける。僕にとって特別な時間です」
どんなに希少な銘柄であっても投資やコレクション目的ではなく、ワインは飲むもの。それはまるで、かつての武将が戦(いくさ)をひと時忘れ、静かに茶の湯に向き合ったように、あくまでもひとりの飲み手としてワインに相対する至福の時間なのだ。
「若くして起業し、さまざまな経験を経て、今やっと自分自身が成熟してきたと思えるようになりました。年数とともにカドが取れて丸くなり熟成する、ワインと似ていると感じています」
経営者として確実に深みを増してきた今、だからこそ熟成が過ぎ、丸くなりすぎてはいけないとも自身を律する。
「熟成しすぎたワインは個性がなくなってしまう。人間も社会に順応しすぎてカドがまったくなくなっては、それはもう誰でも一緒。そうなってはいけないと、改めて感じています」
経営者として時を経て柔らかく深みを増しながら、その奥には、それだけでは終わらない可能性を秘めた複雑さを隠す、それはまさに藤田氏のインスタに並ぶ珠玉のワインのような生き様だ。その可能性を開かせるために、藤田氏は今日もワインと、そして自分自身と静かに向き合っている。
どこでワインを入手している?
「整理するつもりがどんどん購入して、飲むのが追いつかなくなっている」と笑う藤田氏。ドメーヌ蔵出しや古酒を探すのは海外ルートに強いBB&R(ベリー・ブラザーズ&ラッド)やエノテカで。希少銘柄・ヴィンテージはTAKAMURA WINEや楽天などで探しだす。
Berry Bros. & Rudd
TAKAMURA WINE
※ワインの価格は編集部調べ。「Cellar Watch」(1ドル=約¥110[2021年4月1日時点])と「wine-searcher」、ワイン輸入元などの価格を参考に算出。