絵本・映画製作に社会貢献事業など、イノベーティブな試みを続けている西野亮廣氏。その成功には、各方面のプロや若手、さらに自身のオンラインサロン会員7万人を巻きこみ、大きな力に変える彼のリーダーとしての才覚が透けて見える。常に仲間を熱狂させ続ける男の、時代を動かす才能の育て方とは?
どんなに地味でもリーダーがやるべきは守備
2020年11月。絵本『えんとつ町のプペル』の映画化に伴い、著者である西野亮廣(にしのあきひろ)氏が、自ら製作総指揮として大詰めの作業を行う真っ只中。この時、公開の1ヵ月以上前だったが、すでに10万枚の前売り券が映画を心待ちにする子供たちに届くことが決まっていた。これは西野氏が仕かけたクラウドファンディングの成果。「映画のチケットを子供たちに贈りたい」人と「子供たちに映画を見せたい」施設や教室をマッチングしたのだ。
「映画を今回はギフトにすることにしました。僕の仮説では映画って富裕層をとれてないから、もしかしたらチケットを100枚買って、地元の子供たちにプレゼントしたいという人もいるかもしれないと思ってスタートしました。これは仮説なので、うまくいくかどうかなんてわからないじゃないですか。だから迷わずにすぐ改善して、結果が出るようにもっていく。正解はないから、迷うだけ無駄なんで、まず決めちゃう」
興行収入10億円で大ヒット、といわれる映画界において、公開前ですでに10万枚を売り上げているというのは大きなアドバンテージだ。
「今回のクラウドファンディングは、『映画 えんとつ町のプペル』を見たい子供たちの施設と、施設に贈りたい人の両方を募集しています。これってクラウドファンディングとしてはイレギュラーで、普通はリターンをこっちが用意して、『このリターンで誰か支援してくれませんか』って支援する人を募集するんです。今回に関しては、支援してくれる人と、支援を受けたい人の両方を募集している。つまり、クラウドファンディングを支援のマッチングサイトとして使ったんです」
リスキーに見えるこの挑戦だが、マッチングは成功。実は西野氏のなかにある、ある考えがベースにあってのプランだった。
「まずは、死なないってことです。クルマで例えると、早く着きたい目的地があったとして、成功確率を上げるために『高速道路に乗る』ことがいいのかどうか。高速に乗ったとして、渋滞していたら動けないかもしれない。もしかしたら高速に乗ったことが裏目に出るかもしれないから、成功確率を確実に上げる方法だとは言い切れない。一方で、確実に着かない方法はどうかというと、ブレーキが壊れていたら無理だから、ブレーキは直しておかなければいけない。リーダーがやらなければいけないことは、今自分がハンドリングできるものとできないものを明確に分け、失敗する確率を下げること。リーダーだったら、守備を徹底させるってことが大事だと思う」
パーになることを基本的に想定する
作品づくりだけでなく、さまざまなプロジェクトの運営には多くのスタッフが関わってくるが、その采配にも西野氏ならではの手法がある。
「若いスタッフたちには、『下駄を履かす』ってことをしています。無茶苦茶高い下駄を履かせてもらっているって本人もわかるくらいの下駄。もう、さすがに頑張る」
現に、2019年にパリのエッフェル塔で開催した、日本人アーティスト初となる個展「にしのあきひろ 光る絵本展」の運営も、西野氏の会社の若いインターン生に任せたのだという。
「インターン生に3000万円の予算を渡すこともあります。これでやってみろって。『この先のお前の人生で、基本的には3000万円渡されて好きにやってと言われることはもうない。これはラストチャンスだ』と言って。それで、失敗してもいっさい責めるつもりはないと伝えると、もう、無茶苦茶頑張りますから」
それは一方で、リーダー側がリスクを背負うことにもなる。
「パーになってしまうことは基本的に想定しています。口は極力出しません。ほんまにヤバいって時だけ、さっと行きますけど。でもエッフェル塔での個展の場合、難易度はそんなに高くなかったはず。すでにコンテンツはあったので、お客さんの誘導をちょっと頑張るだけでした」
結果的に、西野氏のネームバリューが効かない異国の地でありながら、2日間で6000人超という、エッフェル塔でも記録的な数の人が訪れた。
もちろん、若いスタッフだけではない。西野氏の周りには各方面で経験を積んだ熟練たちが、そのビジョンに惹かれ集う。
「一流の方にお仕事をお任せする時はコンセプトだけ伝えて、あとは『好きなようにしてください、僕何も言いません』って言います。きっとこれ、一番のプレッシャーです。先日、蜷川実花さんに、映画のスペシャルムービー製作をお願いした時も、完全にそれで。予算も忘れてくださいって、まったく言い訳ができない状況でお願いしたので、『無茶苦茶震えた』って言ってました。ここで下手なものをつくったら関係性も全部終わってしまうので。でもそれがあるべき姿だと思います。そっちのほうがヒリヒリしてていい」
リーダーに必要な愛される欠陥
そして、多くの人に支持されるリーダーであるために、西野氏が思う重要な素質がもうひとつある。それが「余白」だ。
「人を集めるプロジェクトのリーダーって余白がある人だと思うんです。助けなきゃいけない人、赤ちゃんみたいな人。結果的にそれが一番の支配力だと思います。『天才万博』っていう年末の音楽フェスをやっている『ホームレス小谷』という男がいるんですが、私が、俺がなんとかしてやらないと、あいつがこんなフェスのリーダーだったら、このフェス終わっちゃうやんってことで、スタッフとかみんなが助けに入っちゃうようなキャラなんです。リーダーはその瞬間ただのアイコンでしかない。人が集まるような場所の真ん中にいる人は、基本的には余白がある人。愛される欠陥を持っているようなリーダーが多いですね」
西野氏が主宰するオンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」では、これまで『映画 えんとつ町のプペル』の製作状況をリアルタイムで発信し続けてきた。メンバーは常に西野氏の新しい発想や信条に触れ、だからこそ、ヒットを願い、積極的に宣伝活動に参加する。映画のポスターをオンラインで自由にダウンロードできるようにしたのも、メンバーの自主的な宣伝活動を後押しするため。そもそも、その原作である絵本の製作費も、メンバーがクラウドファンディングで調達している。絵本づくりからサポートし、新たな企画にも参加し続けるサロンメンバーやスタッフは、西野氏の余白に惹かれているのかもしれない。
「どうなんだろう。それでいうと、無茶苦茶わがままなんです。余白でいうと、能力が足りていないから誰かが補わなければいけないっていう感じではなくて、まず『美術館をつくる!』とか言っちゃうんです。30億円かかりますって。で、周りは『はぁ!? やばい!』ってなる。ひとりだけでは絶対無理じゃないですか。それで周りのスタッフさんとかが頑張って埋めてくれるっていう感じですね。ディズニーを超えるって言っているので、誰かが助けないと、ひとりでは無理っていう意味では余白はあるのかもしれないです。到達可能な目標だけ掲げても、多分誰も寄ってこない気がします」
しかし、集まってきてくれた人を惹きつけ続けるために、しなくてはいけないことは、やはり「地道なこと」だという。
「自分が一番努力する、一番泥臭いことをする。僕、ドブ板営業むっちゃやるんで。『私が寝たあともあいつまだ3、4時間くらい粘って、どうせ朝までなんかやってんだろうな』ってみんなに思ってもらったほうが、ひとつにはまとまりますよね」
サロンメンバーとつくる夢プロジェクト
次々と動きだす西野氏のプロジェクト。そこには常にサロンメンバーの力があった。
2016年10月. 絵本『えんとつ町のプペル』 出版
絵本としては斬新な分業制での製作を発表し、クラウドファンディングでの製作費調達から出版後の話題づくりまで連日サロン内で会議。クラファンで集まった支援額は5650万円。
2018年3月. 「えんとつ町のプペル美術館」プロジェクト始動
西野氏の地元、兵庫県川西市に町おこしのため、美術館をつくるプロジェクト。美術館の周りの飲食店づくりなど、街の設計も行い、メンバーからアイデアも募っている。
2020年9月. 「えんとつ町のプペル『こどもギフト』」立ち上げ
月額2000円で国内外の子供たちに毎月1冊の絵本が寄付される仕組み。絵本は西野氏の会社のスタッフが直接届ける。支援のサブスクリプションという概念を生みだした。
『映画 えんとつ町のプペル』
大人も泣かせるファンタジーは300年続く物語のファーストステージ
ハロウィンの夜に生まれた「ゴミ人間」のプペルと少年ルビッチの友情と冒険の物語。絵本執筆の時点からすでに映画の構想があったという本作がついに映画化。えんとつ町の秘密など、絵本には描かれていないエピソードが数多く含まれる。「絵本はあくまで一部。この映画は僕の頭のなかのえんとつ町をほとんどそのまま覗くことができる作品です」(西野氏)。アニメーションは日本を代表するスタジオのひとつ、STUDIO4℃が手がける。
< STAFF >
製作総指揮・原作・脚本 西野亮廣/監督 廣田裕介/アニメーション制作 STUDIO4℃
< CAST >
窪田正孝、芦田愛菜、立川志の輔、小池栄子 他
< 配給 >
東宝、吉本興業
西野亮廣/Akihiro Nishino
1980年兵庫県生まれ。’99年梶原雄太と漫才コンビ「キングコング」を結成。2009年に初の絵本『Dr.インクの星空キネマ』上梓。以降7冊の絵本を出版するほか、『革命のファンファーレ』などビジネス書も多数手がけ、すべてベストセラーに。’16年に出版した絵本『えんとつ町のプペル』の映画化作品が12月25日に公開し、現在大ヒット上映中。脚本、製作総指揮を務めた。持ち主の書きこみのある本を販売する「しるし書店」などを運営する「株式会社NISHINO」も経営。
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