今、もう一度、クリエイティヴの現場に
社長から会長になって、少しは時間に余裕が生まれると期待していたのに、かえって忙しくなってしまった。
既存事業は新社長、新規事業は新会長である僕、という分担なのだから、既存事業からの報告を受けるのも本来は新社長の仕事。でも新社長だって、新しい仕事に慣れるのに時間が必要だから、今の僕は社長の仕事もやって、会長の仕事もやっている。さらに、社長ともコミュニケーションを取って連携しなければならない。だからかえって仕事が増えてしまった。
まあ、徐々に社長の仕事は新社長に譲っていくから、そうなれば、会長の仕事である新規事業開発だけに集中できるようになる。それまでは、この忙しさが続くことになる。
僕の一番大きな仕事は、新規事業を生みだすこと。僕には、少数精鋭のチームを率いて仕事をするというやり方が合っている。だからCEO直轄本部を作った。プロデューサー時代もこうやって小さなチームを率いて仕事をしていたので、あの頃の感覚に近い。
ただ、今はまだチームを鍛え、チームでの仕事のやり方を作っている段階。僕が何かアイデアを出すと、彼らは僕のそのアイデアを忠実に実行しようとしてしまう。本当は、彼らなりに考えて、ダメなものはダメと指摘してくれないといけない。そうしないと、皆が困ることになる。だけどダメ出しをしてくれる人はまだいない。確かに、CEOが出したアイデアにダメ出しはしづらいよね。
だけど僕が一番恐れているのは、裸の王様になってしまうこと。社長に就任した時、ひとり言で「社長室にダーツがあったらいいな」とつぶやいたら、翌日、本当にダーツが置いてあった。これは怖いと思った。社員はいろいろと僕に気を使ってくれる。そのことはありがたいけど、どこまでも気を使ってくれる。そのうち、こっちが突っ立っているだけで、服を脱がしたり着せたりしてくれるようになるんじゃないかと思うほど。
コンサート会場に行っても、いい席を用意してくれる。並んだりしなくていい。それはありがたい。でも帰る時に、スタッフ総出で並んで頭を下げる。それはやりすぎ。そんなことされても嬉しくない。
社長というのは、気を抜いていると、すぐに裸の王様になってしまう。裸の王様にならずに、なんとか留まっていられるのは、僕が常に反面教師を見つけているから。会議と称して、延々とつまらない話を続けたり、部下からヨイショされて喜んでいるような人を見て、こうなってしまってはいないかと自分自身で点検をする。
僕の感覚は「普通」からずれているはず、そう思わなくてはいけない
仕事の本質的な部分でも裸の王様になってしまうことがありえる。以前は4代表制をしいていたので、新しいアイデアを考えたら、各代表に相談をしていたし、相談できない時でも、「彼だったらどう考えるだろう」と考える。でも、代表をひとりでやっている時に、思ったことを気軽に口にしてしまうと、社員はそれを進めてしまう。誰も僕に「それはどうでしょうか」と反論することはできないと思う。
もっと恐ろしいのは、僕の感覚が「今」や「普通」からずれているかもしれないということ。もし、僕の感覚がずれているなら、チームはそれを指摘して、修正してくれないといけない。多分、小さなずれは絶対にあるはず。でも、まだ誰もそれを口にできない。だから、僕のほうで、ずれているはずだと思って、チームと接していかないといけないと思っている。
発想した新規事業の内容を、詳細まで文章化して渡したことがある。でも、反応が悪かった。多分、理解できなかったのではないかと思う。僕が、頭のなかで考えたことを文章化したものを、皆は、行間を補って読むということができなかった。僕の頭のなかのイメージがうまく伝わらなかった。
それは彼らの能力が不足していたのではなく、皆も僕と同じ感覚を持っているはずという前提で書いている僕のほうに問題があった。
それからは、詳細を敢えて書かず、基本的なアイデアだけを伝えるようにした。形にするには、アイデアを検討して肉づけをしてもらわなければならない。彼らも真剣に考えなければいけないし、もし僕の感覚が「今」とか「普通」からずれているなら、肉づけの段階で自然に補正されていくことになる。自分ですべてを設計せずに、チームが考えることができる余白を敢えて作っておくのが一番いい方法だとわかってきた。
今、アーティストのまったく新しいデビューのさせ方を考えている。相当に非常識なやり方。こういう常識外れのことは、エイベックスのなかでも僕にしかできないと思う。
だって、まだデビューもしていないアーティストのために、先行して作家に楽曲を大量発注するとか、ミックスダウンまでいった楽曲を納得がいかないからと作り直すとか、普通の社員には到底できない。制作費や、スタジオ代をどうするのかと、上司から叱られてしまう。でも納得するまで向き合わなければ、本物の音楽なんて作れない。
それは社員の努力不足でも能力不足でもない。彼らは「会社1.0」の世界を生きているので、やれることに限界がある。でも僕は、エイベックスのなかで起きたことのすべての責任をとらなければならないCEOという立場。「会社1.0」の枠組みから外れて、「お金も時間も倍かかるけど、倍売れれば文句ないんでしょ」と言える。
「会社1 .0」の部分は、新しい社長に任せる。僕は1 .0の枠に収まらない「会社2.0」の部分を担当する。これからのエイベックスの見本になるか、基本になるかという事業を作っていく。僕は、僕にしかできない仕事をしていく。