PERSON

2018.03.20

Manners Makyth Man ハリー杉山の紳士たれ 第1回

英国王エドワード1世の末裔にして、父親はニューヨーク・タイムズ誌の東京支局長として活躍した敏腕ジャーナリスト。日本で生まれ、11歳で渡英すると、英国皇太子御用達のプレップスクール(※1)から、英国最古のパブリックスクールに進学、名門ロンドン大学に進む。帰国後は、4ヶ国語を操る語学力を活かし、投資銀行やコンサル会社で働いた経験を持つ。現在は、活動の場を芸能界に置き、タレントとしてラジオDJやMC、情報番組のプレゼンターなど、さまざまな分野で活躍するハリー杉山。順風満帆な人生を送ってきたように感じるが、その人生は、情熱たぎる彼の、抜きん出た努力なしでは実現しなかった。英国の超エリート社会でもまれた日々、そして日本の芸能界でもまれる日々に、感じること――。

僕は、 “ジューベナイル・デリンクエント”

僕の本名は杉山ヘンリー アドリアン フォリオット スコット・ストークス。呪文のような長いこの名前を略して “ハリー杉山” と言う名前で現在タレントとして活動している。イギリス人の父は1964年に東京オリンピックを世界に伝えるために来日し、後にニューヨーク・タイムズ紙の東京支局長にもなった、我が父のことを言うのもだが、生粋の “エリート”。三島由紀夫、金大中、田中角栄に信頼され、高度成長期の日本をはじめ、めまぐるしく変わるアジアの最前線に身を投じ、仕事に人生を捧げてきた戦士。僕の永遠のヒーロー。一生超えられない壁と理解していながら、幼少時代にインクまみれのあの大きな手に握られるたびに、いつかは彼と肩を並べたい、彼に認められたいと強く思った。そして僕は1996年の夏、11歳の時、アムラーとルーズソックスが東京の街を賑わす中、日本を離れ、英国へと旅立った。

ロンドンに着いた感動もつかの間、僕は忘れられない日を迎える。入学の日。チャールズ皇太子の母校でもあるヒル・ハウス校へと不安に包まれながら母と歩いて向かった。保護者が穏やかに登校を見守り、その前を元気よく駆け抜けていく子供たちの姿はなく、日本の普通な朝の通学風景とは程遠い現実。なにしろ誰も歩いてないのだ。ただ整然と広がる赤レンガの家並みの前をゆっくり学校へと進むのは高級車のオンパレード。ロールズロイス、ベントレー、アストンマーチン。渋滞のフラストレーションを叫ぶランボルギーニ・ディアブロ。東京では日産セドリックが我が家の愛車だったと言うことが急に恥ずかしくなった。どんな車で通学するのかが自然とクラス内のヒエラルキーと直結するのであろうと考え始めた自分は、一刻も早くその場から逃げ出したくなった。

背中にのしかかるような不安に襲われた自分の猫背に鋭い刺激が伝わる。“さぁ、行きなさい”。サングラスの奥から母親の “NO” を受け付けない眼差しを感じる。さすが我が母。小さな日本娘がパリへ一人で旅立ったのは18の時だった。誰よりも日本人に向けての差別や偏見を知っている彼女が言葉にしなくても、意図していることはわかった。新しい世界へ自分を放り込めということだ。

ようやく教室に着き、初めてクラスメートと会った。アーリア人のような金髪碧眼の白人もいれば、金のネックレスをぶら下げるアラブ人もいた。東洋人は自分一人。ただそんなビジュアルより刺激を受けたのが教室に漂うCK Oneの香り。おそらく何の躊躇も無く全身に振りまいたのだろう。普段は嫌味のない爽やかな香りがエレガンスを失い鼻腔に突き刺さる。実に不愉快と感じながら、憧れる香りをいくら野蛮でも豪快に使えることには嫉妬心も芽生えた。

会話にも耳を寄せてみた。卓球のラリーのように飛び交う、エリート層が使うイギリス英語がまったく理解できない。テンポはもちろん、使っている形容詞の文字数が異常に長く、お互いを揶揄する言葉も変にオシャレに感じた。”You juvenile delinquent!!!”

“ジューベナイル・デリンクエント?” 何だそれは。神獣を召喚する呪文のような響きを持つこの言葉は“愚かな少年”と言う意味を持ち、日本語で言う“バカ”のように日々聞くようになった。口ずさもうとしてもなかなか発音できなかった。

五感を刺激する情報に圧倒されながら自己紹介が始まった。僕と新入生もう一名以外は6歳からの仲。僕は、膝の裏にじわりと汗をかいていた。完全にアウェイな空間に自分を放り込み、震えながら自己紹介を始めた瞬間ざわつく教室。何故だ? 何故笑う? 軽蔑に輝く目の光がスポットライトのように僕をくらませる。自分が日本人だからなのか? 流暢なイギリス英語を話せないからなのか? 高級車で通学しなかったからなのか? 明確な理由もわからず、顔に血が集まっていく。何か聞かれても質問さえ理解できなかった自分は聞く耳を持たず、ずっと床を見ていた。そこから半年間、クラスで自分は出来るだけ発言を控え、目立たないように自分の個性や存在を殺し、周りの話にただ首を縦に振ることしかできない “イエスマン” へと自分を変身させた。僕は “凡人” になりたかったのだ。たとえ空気であっても、空気になれることの幸せを自分に言い聞かせていた。

凡人の日々が半年続いた。

ただこの “沈黙の半年” にも結末が訪れた。クラスメートにはお城が実家の貴族から石油王の息子など恐ろしい肩書きを持つ者がいたが、不思議なことに彼らは人の出身や肌の色にあまり興味を持たないことがわかった。すべては実力主義であり、面白いのか面白くないのかに存在価値が与えられた。自分が勝手に意識過剰になり、自分で自分の首を絞めていたのも理解した。逆に議論の中、肯定することしかできない者はいくら11歳でも “つまらない” というレッテルを貼られ、先生達からも敬遠されるようになっていく。クラスでしっかりと問題提議できる者こそ勝者。個性が無い者こそ敗者である。濃く生きる者へこそ輝けるチャンスが与えられ、凡人は無用と理解した。

そこで自分は脱 “凡人” キャンペーンを打つことになる。死ぬほど目立ってやろうじゃないか。その年人生初めて触れて、苦手としていたフランス語とラテン語の一年上の教科書を本屋に行き購入。丸暗記した。同級生達は6歳からこの2科目を勉強していたので自分より5年の経験と知識がある。それに勝つためには極端なことをやるしかなかった。フランスにも住んでいた父と母には日々フランス語で日記を書き、時間があれば地元のフランスパン屋さんに行き会話を練習した。そこにはアンナ・カリーナのような大きくすました瞳が印象的な女性が働いており、たとえ拙いフランス語でも、笑いながらパンを買った時のみ教えてくれた。身体も鍛えた。鼻血を常に出していた弱い身体に鞭を入れ通学は片道2kmを全速力で走っていた。通学中、信号待ちをするクラスメートの高級車のボネットを跳び箱代わりにした時の優越感は別格だった。その時習ったのだ。攻撃こそ最高の防御だと。

ヒル・ハウス校にて。後列中央が僕。

この目論見は結果を呼び、自分はクラスメートの信頼、先生方の信頼を勝ち取り、一年後生徒会長に選ばれた。英語をバカにされることもなくなり、“ジューベナイル・デリンクエント”と呼ばれることも無くなった。砕かれた自尊心がジグソーパズルのように形になり始め、暗闇の奥に閉じ込められた笑顔も、また光を見るようになった。挫折を繰り返すうちに、自分の中に新たな個性が培われていくのを感じた。何よりも自分にとっては当時異国、父にとっては母国の英国で認められたと言う勲章を、父に見せつけたかった。

若輩の自分が言うのもなんだが、皆さんにも凡人になって欲しくない。生まれつきの天才はごくひと握り。唯一無二な個性こそ自分の最大の武器。平凡な人生の何が楽しいのか? 個と言う刃を研ぎ澄ませ、自分の道を切り裂いてほしい。どんな人でも“声”があれば時代を変える力がある。一生の後悔を選ぶより、己に潜む無限大の可能性を現実に。この連載で、自分なりの人生の歩み方を伝えていきます。

(※1)プレップスクール= パブリックスクールに入るための準備を行う私立小学校のこと

-Manners Makyth Manについて-
礼儀が紳士をつくる。これは、僕が英国で5年間通学した男子全寮制のパブリックスクール、Winchester College(ウィンチェスター・カレッジ)の教訓だ。真の紳士か否かは、家柄や身なりによって決まるのではなく、礼節を身につけようとするその気概や、努力によって決まる、という意味が込められている(ちなみに、Makythは、Make を昔のスペルで表記したものだ)。日本で育ち、11歳から英国で暮らし始めた自分にとって、上流社会に身を置いてきた級友たちとの青春は、まったくもって逆境からのスタートだった。そんなアウェイな状況を打破した経験から、僕は思う。人生は生まれや、育ちで決まるわけではない、と。濃い人生を送れるかどうかは、自分自身にかかっている。この連載を通して、その奥義を、僕の実体験を踏まえて、できる限り語っていきたい。

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