師匠か、恩師か、目をかける若手か、はたまた一生のライバルか。第8回は、ニューヨークで過ごした幼なじみふたり。
平井 日本航空のラウンジで「弊社の西尾から預かっております」とスタッフの方から手紙を渡された時には、本当にびっくりした。えぇーっ、もしかして、たあちゃんか?と。その場で読んで、本当に感動した。
西尾 ソニーの復活をテーマにしたテレビ番組を見ていて、思わず手が止まっちゃったんです。あのカズオちゃんじゃないか、と。最後に会ってから約40年。いてもたってもいられなくなって手紙を書きました。そうしたら、すぐにメールをいただいて。
平井 お互い親の転勤でニューヨークに来て、一緒に遊んだのは50年近く前。あの3年間は鮮烈に覚えてる。刺激的で楽しかった。僕がひとつ年上でパブリックスクールにも一緒に通って。
西尾 クイーンズのリフラックシティ。団地で棟まで同じでしたよね。学校はPS13。終わったら、一緒に街に繰り出した。
平井 日本人は他にもいたけど、どういうわけか、妙にウマが合った。ホワイト・キャッスルで10セントバーガーを食べたり、テイクアウトのチャイニーズでグレービーライスを食べたり。
西尾 まだ小学校低学年。毎日のひとつひとつの行動が大冒険でした。冬になって雪が降ると真っ先に誘いに行きましたよね、ソリを手に持って(笑)。
平井 地下鉄のところに大きなスロープがあって、降りて登って何度も滑ったなぁ。猪突猛進(ちょとつもうしん)で、行動力があって、最後までやり切るところは今もまったく変わっていない気がするね。隣の部下が、頷いてるぞ(笑)。
西尾 やさしいお兄さん的な存在で、イタズラして一緒に叱られても全部、受け止めてもらえたのを覚えています。あの頃から本当に包容力が大きかった。一緒にいて安心できる存在でした。今も当時のことは、最高の思いでになっているんです。
平井 その後もお互い転校の連続だったもんな。幼なじみは、貴重だと改めて思う。だから、久しぶりの食事も楽しかったけど、せっかくだから他の幼なじみも誘って旅に行こう、なんて言いだしたら本当に実現して(笑)。しかも旅のプロだから計画が緻密で早い!
西尾 日本のいいところ、ということで、城崎温泉をチョイスしました。よかったでしょう。
平井 うん。友達はたくさんいるけど、一緒に旅をする、というのは、やっぱり稀だと思うよ。今度は昔なつかしい、ニューヨークを見に行こう。その時は、もちろん日本航空で(笑)。
西尾 楽しみにしてます。
日本航空 執行役員 西尾忠男(左)
1961年生まれ。成蹊大学卒業後、85年に日本航空入社。国内旅客部門を歩み、2013年、ジェットスター・ジャパン常務執行役員を経て、13年より現職。
ソニー 代表執行役 社長 兼 CEO 平井一夫(右)
1960年生まれ。国際基督教大学卒業後、84年にCBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)入社。北米勤務を経て2012年より現職。