暗号資産やブロックチェーンが持つ世界を変える大きな可能性について、さまざまなキーパーソンを取材していく新連載。今こそ知っておくべき、暗号資産の知識とビジネスへの活用例とは? 連載「キーパーソンを直撃! 暗号資産は世界をどう変えるか?」vol.5
ビットコインの歴史は『Bitcoin:A Peer-to-Peer Electronic Cash System2009)』というわずか9ページの論文から始まった。著者であるサトシ・ナカモトの正体は今だ謎に包まれたまま。今回の連載では、慶應義塾大学の坂井豊貴教授に、研究者の視点で見たビットコインの思想や設計、サトシ・ナカモトの人物像、暗号資産投資への向き合い方について、話を聞いた。
マネーゲームだけじゃない暗号資産の奥深さとロマン
ビットコインに興味を持ったのは、2017年にTV番組で経済学者の野口悠紀雄(ゆきお)さんと対談したのがきっかけです。当時私はビットコインに「怪しいもの」というイメージを持っていましたが、彼が情熱的にビットコインについて語っていたんです。これは何かあるに違いないと思い、その日のうちにサトシ・ナカモトの論文を見つけて読み始めました。
人々を魅了するサトシ・ナカモトの神話
最初の1ページ目を眺めた瞬間に、これはすごいものだと確信しました。佇まいのレベルで論文が美しいんです。内容の画期性はもちろんですが、文章や構成の美しさに背筋が伸びました。あれは美学的作品ですね。
P2Pのキャッシュシステムを作るために必要なことが書いてあるんだけど、余計なことはいっさい書いていない。情緒的でない。そういう人間が作るものは信頼できますよね。誰かを信頼せずともシステムが動くトラストレスの精神には反するのですが(笑)。それからすぐにビットコイン、そして暗号資産にハマりました。
暗号資産をネガティブに考えている人はまだ多いですよね。人間は目新しいものには難癖をつけたがる生き物だから。それに、日本円は為替の価値が安定しているので、ビットコインのよさはわかりにくいのかもしれない。でも人類の歴史上、宋銭(そうせん)とか私鋳銭(しちゅうせん)とか、政府が発行したわけでないお金なんてたくさんある。何かが「交換の媒介として使える」というコンセンサスが社会に生まれれば、それはお金として機能します。電子情報であるビットコインでも構わない。ビットコインには物理的実体がないので朽ちないし、持ち運ばなくてよいので、お金として向いています。
メカニズムデザイン(制度設計)の研究者としては、ビットコインは分散システムとして見事だと思います。いろんな人々が全体のエコシステム維持に関わっていますよね。記録をつけるマイナー、ソフトウェアを更新するコア・ディベロッパー、他の通貨と交換する取引所など。各自がそれぞれに局所最適化をして、エコシステムが大域的に最適化されている。
サトシは’11年にオンラインのコミュニティから姿を消しましたが、彼がいなくなったことで分散管理というものが完成した。信じられないくらいよくできた話です。この話をするときはいつも鳥肌が立ってしまう。こういう〝神話〞に私を含むたくさんの人々が惹かれています。サトシの正体を詮索したがる人もいるけど野暮というもの。〝神〞ということでいいじゃないですか。
私はインセンティブ設計の専門家だけど、利益のインセンティブだけで維持できるコミュニティはないと思います。利益だけを求める人は、好調の時はいいんだけど、不調の時に去ってしまうから。どんなコミュニティも、結局は信念や公共心をもつ人間が不調の時期を支えるんです。そういう人間を神話は支える。
体験することで見える世界がある
投資的な面からみると、暗号資産は素人でも比較的勝ちやすいと思っています。株だとプロには敵わないけど、暗号資産はまだプロの参入も多くない。個人的には、あまり広く経済の情報を集めなくていいので、株より楽な気がします。暗号資産には独特の動きがあるから、最初は慣れる必要があるとは思いますが。
投資は自己責任の世界ですが、売買だけが面白さではない。投資を通じて、暗号資産やブロックチェーンの世界が見えてくるのが醍醐味ではないでしょうか。いま自分がどういう時代を生きているのかわかるようになると言っても過言ではないと思っています。
慶應義塾大学経済学部教授
Economics Design Inc.共同創業者・取締役
坂井豊貴
1975年広島県生まれ。ロチェスター大学経済学博士課程修了。売買市場や集団的決定の方法などのビジネス実装に注力している。主著に『多数決を疑う』(岩波書店)。
Illustration=細山田 曜