ENTERTAINMENT

2018.06.29

宮川サトシ ジブリ童貞のジブリレビュー vol.3『紅の豚』

​幼少期に兄から「ジブリを見るな」といわれた漫画家・宮川サトシは、40歳にしてなお頑なにジブリ童貞を貫き通してきた。ジブリを見ていないというだけで会話についていくことができず、飲み会の席で笑い者にされることもしばしば。そんな漫画家にも娘が生まれ、「自分のような苦労をさせたくない」と心境の変化が……。ついにジブリ童貞を卒業することを決意した漫画家が、数々のジブリ作品を鑑賞後、その感想を漫画とエッセイで綴る。

『紅の豚』レビュー

最近、ブラックの珈琲をカッコつけとか見栄のためじゃなくて、心から「美味しい」と思えるようになりました。そりゃレモンスカッシュも美味しいですが、加齢と共に「甘み以外の美味しさ」の窓口も増え、昔は「なんでわざわざ食べるんだよ……」と思っていた銀杏やセロリ(浅漬け)もどんどん美味しく感じられるようになりました。おっさん化が進むことは、そんなに悪いことばかりではないのだなと。

前回のトトロを鑑賞した後、SNS上で「次は大人向け作品である〝紅の豚〟なんかどうですか?」というご意見をいただきまして、トトロこそ本当の意味で大人に向けた作品だとも思ってたけど、まだその上があるの? なんて、ちょっとジブリをわかってきましたよ的なことを思いつつ、ブラック珈琲が楽しめるようになった勢いに任せて、意気揚々と「紅の豚」をチョイスしたのでした。

初のジブリ挫折、私にはまだ早かったのかもしれない

嘘を書いても仕方ないので、正直に書きますが……個人的には『紅の豚』、ちょっとピンとこなかったんです。なんでだろう……? 『風の谷のナウシカ』『となりのトトロ』と観てきて、やや心を許しすぎていたのかもしれません。20分ぐらい観たところで、「あ、俺、調子に乗ってたな……」と思いました。

”ホヤ”にハマった時がまさにそうで、初めて食べたホヤが予想外に美味しくて、調子に乗って行く店行く店でホヤを注文してたら、ちょっと変なホヤにあたってしまい、深く反省したあの夜。ホヤが変だったのか、私が変だったのか……。ともかくあの感じ、人生はそんなことの繰り返し。

アニメ作品としてのクオリティの高さは、それはもう本当に凄いの一言で、戦闘機が図面から作られる工程とか、ドッグファイトシーンとか、そのこだわりには圧倒されました。監督むちゃくちゃ飛行機好きなんだな〜ってのがもうひしひしと伝わってきました。ただ……これどうなんだろ……何度も観るのかな? と、amazonで5,750円で買ったBlu-rayを手に取ってちょっと考えてしまったりもしました。

ちなみにトトロはもう10回は観ていて、娘が何かテレビが観たいと言い始めたら、とりあえずトトロを観ようよと言うようになりました。どこから再生しても好きなシーンが必ずあって、娘も大喜びで。ああ、こんなにジブリの呪いが浄化できているのなら、このレビューの連載もいつ終わってもいいのかもな……なんて思ってしまう自分もいて。でも、まだまだでした。

……ここは敢えて、勇気を振り絞って、私が『紅の豚』をちょっと苦手に思った理由を中心にレビューを書いてみようと思います。

監督の趣味が強く出過ぎていた可能性が無きにしもあらず

冒頭で、空賊のおっさんたちの人質になった幼女たちがワラワラーっと出てきた時、少し嫌な予感がしたんですね。違う違う……そうじゃ……そうじゃない(©鈴木雅之)、と自分の中で否定してきた監督の若い女の子好き説。

主人公(ポルコ)と新しい飛行機を設計する美少女フィオとの関係の描かれ方にもそれは感じられて、気っ風の良い飛行機技師の美人女子大生と太ったおっさんとのタンデムって、夢のシチュエーションというか……フィオが半ば強引にグイグイと飛行機に乗ってついてくる感じがちょっと気になったんですよね。

……いや、わかるんです。自分が主人公だったら、そんなの絶対ワクワクしますから。個人的には「こち亀」で両さんが擬宝珠檸檬(ぎぼしれもん)とやたらと接近した時のような、やや複雑な気持ちになったのも事実。

ただ、その趣味が出過ぎていることが悪いことなのか? と言えば、そういうことでもなく、前述したあの緻密な飛行機の描写は、趣味を丸出さないと描ききれないわけで。ポルコの新しい戦闘機が桟橋の間を駆け抜けて、離陸するあのシーンとか、作ってて楽しかっただろうなぁとも思うわけです。そういう作品は見ていて清々しい気持ちになりますよね。なので、創作はその人の趣味の塊で何の問題もないのです。悪いのは趣味の幅をいつまでもアップデートできない私なのです。

私の中で飛行帽と言えばこの人。

ダンディズムの押し付けが過ぎていた可能性が無きにしもあらず
公開時のコピー「カッコイイとはこういうことさ」にもあるように、この作品の大きな見所って「ギャップ萌えの美学」とか、「大人のダンディズム」なんですよね。兄の影響で幼少期から観ていた『コブラ』(シルベスタスタローンのじゃなくて片腕がサイコガンの方)も大好きだし、この映画がカッコイイことはよくわかるんだけど……『紅の豚』はその「カッコイイ」がちょっと連続し過ぎている印象がありました。松屋のゴロゴロチキンカレーの鶏肉ぐらい「カッコイイ」がゴロゴロしているというか。

そのうち、もしかして自分はカッコイイと思うように仕向けられてるんじゃないか? と疑ってしまったりもして……素直にカッコイイと思えばいいのに、損な性格ですよね。

ただここで思ったのが、カッコイイものというのは、本当は自分で「カッコイイ」と気づきたいものなのかもしれない、ということでした。

じゃあお前はどんなことがカッコイイと思うんだよ! と、自分でもちょっと思ったので、昔から私がカッコイイなと思っているシチュエーションをひとつご紹介します。

私の場合、こういう庶民的な要素が含まれるとカッコ良さレーダーが反応するのかもしれません。

「紅の豚」にまつわる、しょうもない個人的な思い出が原因である可能性も無きにしもあらず

もうこれは超個人的な話で、上手に伝えらえる自信がないので、ひとまずエッセイ漫画にしたのでそちらをお読みください。

結論:幼稚な自分には『紅の豚』はまだ早かったけど、エンディングの加藤登紀子さんの曲はめちゃめちゃ沁みる

ラストに流れる加藤登紀子さんの「時には昔の話を」が、これが魂消(たまげ)るほど良い曲で、私が好きな河島英五さんの「時代おくれ」を彷彿とさせるような、カラオケパブで隣のテーブルにいた年配のお客さんが歌い始めたら、思わず聞き入ってしまう感じの大名曲でした。

これ聴きたさに、今度は妻を呼んでもう一度最初から『紅の豚』を観たのですが、最後に妻が横で「……で、なんで豚になったの?」と質問してきまして……不思議とそれがなんだかとても粋じゃない発言に感じた私は、「いや、豚だからいいんだよ」と答えていました。

人間の姿で欲にまみれた人間の生き方を皮肉っても面白くないだろうと。自分も時々、悲しいニュースを連続で目にすると「人間が嫌いになってしまう」なんて、自分も人間のくせに言葉にしてしまうことがあるけど、人間にとって家畜でもある豚の姿で言うからこそ、全てのセリフが味わい深いものになるのだろうと。

……あれ? ちょっと待った、やっぱりこれ、凄い良い映画なんじゃ……あれ……? 登場人物も全員イイ奴だったし、ポルコの刈り上げ部分可愛かったし……ごめんなさい、もう一回だけ観てきます!

さて、次回のジブリレビューは?

いかがでしたか? また『豚』を見返したくなったでしょうか。次回のレビューも読者の皆さまのご意見を反映して作品を選んでいきたいと思っています。『紅の豚』の次に見るべき、あなたのおすすめ作品を教えてください。ツイッターやfacebook、Instagramなどで「#ジブリ童貞」のハッシュタグをつけて投稿を。参考にさせていただきます。

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