伝統的なロングノーズ&ショートデッキスタイルの体躯には、アルミニウム製モノコックのプラットフォームを採用。Fタイプシリーズ最上級仕様となる「Rクーペ」は、最高出力575psへと拡大された5ℓV8エンジンを搭載。2025年に全車EV化を目指すジャガーにとって、Eタイプの血脈につながる最後の大排気量ガソリンエンジンのスポーツカーだ。連載【NAVIGOETHE】Vol.65
コーナリングを駆けるブリティッシュロケット
英国紳士とはどんな人か? 優雅な身のこなしの穏かな人物を想像しがちだけれど、ジェントリーの祖先の多くは中世の騎士だったという。つまり相手に一杯食わせて溜飲を下げるファイターの末裔が英国紳士で、日本だったら公家よりも武士に近いイメージ。そして、決闘はよくありません、節度をわきまえて闘いましょうという時代になり、ケンブリッジやオックスフォードの学生とOBが中心となって、ラグビーやボクシング、ボートなどのスポーツを今の形に整えたのだった。
だから紳士はスポーツ! スポーツは紳士の嗜みと言われる。仕事を激しくこなすビジネスパーソンほどトライアスロンとか柔術とかキックボクシングとか、自分を追いこんで闘っている人は多い。
クルマも同じだ。平日はショーファーカーの後ろの席でTeamsの会議に耳を傾けていても、ガレージにはギラリと光るナイフのようなスポーツカーが鎮座している。とりわけ、このジャガーFタイプRクーペみたいなクルマだったら最高である。
まず、野蛮な音とともに怒涛のパワーが盛り上がるV8エンジンがいい。エンジンの回転数が低いところではブスブスと不機嫌そうに回っているのに、3000rpm、3500rpmと回転が上がるにしたがって、俄然元気になる。だから漠然とアクセルを踏むのではなく、目を三角にして気合を入れたくなる。運転をしているとちょっと体温が上がる感じは、まさにスポーツドライビングだ。
ラテン系スポーツカーのエンジンが「ファン!」と軽やかに、華やかに回るのとは対照的で、そのフィーリングは野太くて蛮カラだ。例えばラテン系スポーツカーのエンジン音がオペラ歌手の歌声だとしたら、FタイプRのV8サウンドはまるでトライをとったラガーマンの雄叫びだ。
「蛮カラ」という表現を使ったけれど、それは内外装のデザインにもあてはまる。飾ったり盛ったりするのではなく、あくまで機能を優先したストイックな佇まい。ツイードのジャケットやオイルを染みこませたコートと同じで、「お洒落より使うことが大事ですから」という姿勢がブリティッシュだ。
そして乗れば乗るほど身体にじんわりと沁みてくるのが、コーナリング時の自然でなめらかな反応。ハンドルを切った瞬間に「パキッ! 」とデジタルに曲がるのではなく、動物が筋肉に力を蓄えてから動きだすように、一瞬のタメがある。乗り心地も快適だから、機械を操っているというより、馬にまたがっているフィーリングだ。
タイムを測ればもっと速いクルマはいくらでもある。でも数値に表れないタッチのよさは、GDPでは劣っても文化的豊かさでは圧倒する、大英帝国らしいスポーツカーなのだ。
Fタイプもデビューから10年。熟成モデルとなり、年次ごとにじわじわと磨きこんでいく姿勢はいかにも英国的だといえる。事実、路面からのショックを上手に逃がす乗り心地のよさは、年月とともに磨かれたものだ。もちろん、モデル名に「R」を冠したスーパースポーツゆえ、とびきり速い身のこなしなのだけれども、何よりもこのジャガーは心地よく走ることを重視しているように感じる。精密な機械を操るというよりは、人との距離が近い存在なのだ。
ジャガー Fタイプ R クーペ P575
ボディサイズ:全長4470×全幅1925
全高:1315mm
ホイールベース:2620mm
エンジン:V型8気筒DOHC+スーパーチャージャー
排気量:4999cc
最高出力:575ps/6500rpm
最大トルク:700Nm/3500rpm
駆動方式:AWD
変速機:8速AT
乗車定員:2名
価格:¥16,190,000~