2023年7月、東京都現代美術館で大きなデイヴィッド・ホックニー展が開催される。いよいよ待ちに待った展覧会の実現だ。初めてホックニーの作品を見たときから彼は僕にとってのアートのグル(導師)であり続けている。ホックニーがこれまで発表してきた作品の数々や彼自身のこと、世界のあちこちで見た彼の作品のことを思い出し、語り始めると止まらなくなってしまうのは仕方がない。連載「アートというお買い物」とは……
1960年代に描いたプールも、2020年代に描いたノルマンディの風景もぜんぶ好き
いきなり言い切ってしまうけれど、2023年のいちばんのお薦めは東京都現代美術館で7月から開催される「デイヴィッド・ホックニー展」だ。お薦めというか自分がいちばん楽しみにしているということだけど。
デイヴィッド・ホックニーは1937年、英国北部ブラッドフォード生まれ。地元の美術学校とロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで学ぶ。その後、米国カリフォルニアに移って活動し、人気の画家となる。現在はフランスのノルマンディで精力的に活動している。
ホックニーについて書こうとすると「僕とホックニー」という話になってしまうが、しばらく聞いてほしい。最初に彼の絵とホックニーの名前を知ったのはたぶん雑誌、1980年ごろの『ポパイ』か『ブルータス』だったと思う。
当時、アメリカ西海岸は大きなブームだったし、その雰囲気をアートで運んでくれる絵だと感じた。さらに、日本はイラストが全盛の時代で永井博さんや鈴木英人さんがスターイラストレーターとして華々しい活躍をしていた。同時にいわゆるヘタウマイラストも大流行していた。そういう時代にホックニーの絵はちょっと違う、現代アートというのはこっちに進んでいるのかもしれないと、雑ではあるけれどそんな印象を持ったものだ。
それから以後は雑誌の展覧会情報でホックニーの名前を探したり、洋書店に行って、ホックニーの画集がないかいつも探していた。確か、小田急グランドギャラリー(当時はどこのデパートも美術館やギャラリーを持っていた)でホックニーの個展があったので、見に行って、そのとき「メトロポリタンオペラ」のポスターを買って、それは今でも持っている。
そして、1988年、ニューヨークに行って、メトロポリタン美術館での「DAVID HOCKNEY A RETROSPECTIVE」(ひとつの回顧)を見た。回顧展という名をつけているものの、このときホックニーはまだ51歳。17歳で描いた《自画像》を処女作とすれば、今となってはその「回顧」は彼の活動のちょうど真ん中あたり。むしろあの回顧展から現在の方が長いことになる。そのメトロポリタン美術館でプールのポスターを買って筒に入れて持って帰って、日本で額装した。
同じ1988年だったと思うが、当時銀座にあった西村画廊でホックニーの展覧会があって、そのときは僕もある女性誌の美術欄担当になっていて、作家を囲むパーティにも招んでいただき、初めて会い、少しだけ話をすることができた。
その後、
2006年、ロンドン、ナショナル・ポートレイト・ギャラリー
2012年、ロンドン、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ
2017年、ロンドン、テート・ブリテン
とたまたま全部ロンドンなのだが、展覧会を見ることができた。
2021年、パリ、オランジュリー美術館の展覧会はコロナ禍のために出かけられなかったけど。
さて、今年、東京都現代美術館での展覧会について。
1960年代に描いた初期の代表作から、近年、精力的に取り組んでいる故郷ヨークシャー東部の自然を描いたビッグペインティング、新型コロナウイルスによるロックダウン中にフランス北部のノルマンディーで描いた全長90メートルにも及ぶ新作まで、なんと100点以上が紹介される。
ホックニーといえば、2018年のクリスティーズ・ニューヨークのオークションで《芸術家の肖像画―プールと2人の人物―》が当時のレートで102億円を超えて落札され、現存アーティストの落札価格レコードを更新した。いやでも展覧会の保険総額の心配をしてしまう。
ホックニーが描くのは身近な人物やホテルの風景、庭のスプリンクラー、プールなど。そういったわかりやすく、気持ちの良いものが多い。このことについて彼自身、こんなことを言っている。
「白状しなければならないが、僕の絵が非常にアピールしたのは、なによりも、その絵について人びとは何かを書くことができたからだ、と思っている。たとえば、もしもあなたがフランツ・クライン(筆者註:20世紀アメリカの抽象画家)のような絵について書くとしたら、おおむね、様式の意義や表示(ジェスチュア)について書くことになるだろう。具象画の場合には、あなたはその様式の意義について、いつでも語ることができる」(デヴィッド[デイヴィッド]・ホックニー『ホックニーが語るホックニー』PARCO出版局 1984年)
また彼は伝統的な絵画に加えて、その時代ごとの最新の機器を使って、作品を作ってきた。コンパクトカメラやポラロイドカメラで風景を分割して撮影し、繋ぎ合わせることで、キュビスムを体現したり、異時同図法を用いた表現をしている。カラーコピーが出現すれば「ホームメイドプリンティング」を作ったりする。そうかと思えば、ファックスで展覧会場に絵を分割して送りつけ、それを再びつなぎ合わせ、遠隔地からの展示をしたり。近年では最初、iPhoneで、さらにiPadのペインテイングで見事な仕事をしている。
近年特にノルマンディを、それ以外でも庭や自然の風景を描き続けてきたことについて、ホックニーはこんなことを言っている。
「聖書でもそのほかの昔の文献でも、重要な場所は庭と決まっている。それ以外のどこに住みたい? ロサンゼルスだって、私はいつも自分の庭を描いている。実は、ロサンゼルスは緑の多い都市なんだ。高速道路とコンクリートばかりだと思われているが、そういうわけじゃない」(デイヴィッド・ホックニー&マーティン・ゲイフォード『春はまた巡る デイヴィッド・ホックニー 芸術と人生とこれからを語る』青幻舎 2022年)
2023年7月から始まるこのホックニー展、どんな作品ラインナップになるか、どのような構成になるのか、情報が伝えられるのを今からわくわくしながら待っている。
デイヴィッド・ホックニー展
会期:2023年7月15日(土)~11月5日(日)
会場:東京都現代美術館
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。
■連載「アートというお買い物」とは……
美術ジャーナリスト・鈴木芳雄が”買う”という視点でアートに切り込む連載。話題のオークション、お宝の美術品、気鋭のアーティストインタビューなど、アートの購入を考える人もそうでない人も知っておいて損なしのコンテンツをお届け。