人との距離が近いからこそ、カウンターはいつもドラマティックだ。ワインとボサノヴァのバーを営み、文筆家としても活躍する林伸次氏が素敵なゲストであるための術を伝授する。
スマートに振る舞うには? 鮨店とBARにみるカウンターでの作法
再開発によって、急スピードで変わり続ける渋谷に店を構えて25年。バーのマスターとして、カウンターからの風景を眺めてきた「bar bossa」の林伸次氏に、鮨店とバーのカウンターの性質、その距離感が生みだす作用や粋な立ち振る舞いなど、大人のカウンターの作法について話をうかがった。
「ひと口にカウンターと言ってもお鮨屋さんとバーでははっきりとした違いがありますよね。最近はフードが充実しているバーもあるので、飲食をする場所という共通点はあるのですが、お鮨屋さんは食べ終わってお客様が帰られる時間がだいたい決まっているのに対して、バーはそうではありません。軽く一杯というお客様もいらっしゃれば、今日はゆっくり飲みたい気分とおっしゃる方もいる。
カウンターは基本的に、店主と対面になる形式なので、昔はお鮨屋さんもバーもちょっと敷居が高い場所というイメージを持たれる方も多かったように思います。今はカウンターのカジュアルなフレンチやイタリアンも増えたので、若い方もカウンター慣れをしているのではないでしょうか。そのぶん、マナーとして、気をつけたいこともあります」
意外と知らないカウンターのマナー
カウンターの鮨店やバーでは店主はもちろん、隣席との距離も近いぶん、最低限のマナーは守ってしかるべきだ。だが、うっかりやってしまいがちな落とし穴がある、と林氏は言う。
「いつの頃からか、レストランでも床にカバンを直置きしないようにとカゴを出す店が増えました。僕も最初は見栄え的な面で抵抗があったのですが、お客様にとってそれがベストならと置くようになったんです。
ところが最近、特に女性のお客様でカウンターの上にバッグを置かれる方が多い。お洒落なバッグをそばに置いておきたい気持ちはわかりますが、実はこれはバーではあまり歓迎されない行為。お鮨屋さんの白木のカウンターに鞄をどんと載せる方はいらっしゃらないと思いますが、この頃はコースターと同じようにスマホ置きを並べているお店もあると聞いて驚きました。時代の流れもあるでしょうが、お鮨屋さんとしても携帯のケースなどでカウンターが傷つかないようにという苦肉の策なのではないかなと想像しています。
もちろん、それぞれのお店によって考え方は違いますが、バーもお鮨屋さんもカウンターの上に置いていいのは、お店で出された物だけということを頭に入れておくと、店側はスマートなお客様という印象を持つはずです」
カウンターは座る席にも個性が出る
他にカウンターの店で注意すべき点はあるのだろうか。
「基本的には、ほとんどのお店はお客様にとって居心地のいい場所でありたいと思っているはずなので、気を使いすぎなくて大丈夫です(笑)。これは女性へのアドバイスなのですが、誰も座っていないカウンターで店主から好きな席を勧められた時、意見を聞かずに真ん中に座る男性は危険信号。もちろん、行きつけの店ならばマスターに彼女を紹介したいという気持ちもあるでしょうから問題ありません。長年の経験で、初めて行く店でカウンターの真ん中に平然と座る方は、わりとクセが強い傾向にあるのを体感しているので、ご参考までに(笑)」
物理的な距離の近さと親密度は比例する
カウンター席は距離が近いため、会食やデートで親密度を高めたい時に最適、というのはよく聞く話。本当のところはどうなのだろうか?
「例えば、うちのバーでカウンター席に座った場合、ふたりの距離は10㎝程度になります。カウンターでもハイスツールのお鮨屋さんはあまり見かけないので、バーと鮨店のカウンターの構造上の違いは、そうしたところにもあると思います」
ハイスツールの浮遊感とお酒の力、照明の暗さも相まって、バーのカウンターは恋仲に発展しやすい?
「それはどうでしょう(笑)。ただ、お鮨屋さんのカウンターで恋愛話をする人はあまりいないと思いますが、バーでは女性の2人組のお客様はたいてい恋バナをされています。それで距離感の話をしますと、鮨店やうちのようなワインバーでもタブー視されている香水。これ、10cmくらいの距離になった時、男性からふわっと香ってくるとドキッとするという女性がとても多いんです。みんなが気づくようなつけ方ではなく、カウンター席に座って、距離が近づいた時に、さり気なく香る程度の微量使いは、男の色気をグッと上げるかもしれません」
カウンターは大人のセンスを磨ける場
鮨店もバーも、相性のいいお店を見つけたらなじみの客になりたいが、最初から馴れ馴れしくするのは、大人として無作法。カウンターが似合うセンスのいい男になるためには?
「場慣れすることが一番です。昔はトレンディドラマでもよくバーのカウンターでの男女の修羅場が描かれることがありましたが、僕もそういう場面に遭遇したことがあります。女性が怒って、お酒をかけて出ていってしまったり。でも、男性が手練れというか、カウンターだから当然、周りのお客様の目もあるのだけれど場の取り繕い方が上手なんです。距離が近いカウンターだからこそ、距離の取り方がうまい方は男女問わず、素敵だし、いい意味で遊び慣れているなと思います。
バーのマスターに最初からタメ語を使わない、仕事に集中しているお鮨屋さんの大将にむやみに話しかけない。もちろんフランクさを歓迎する方もいらっしゃるので、そこは空気を読む。その店にいる時間は、カウンターを隔てて大人同士で向き合うのですから、相手に配慮するのは当然のこと。物理的に距離が近いからと、相手の領域に無理に入ろうとするのはマナー違反です。会食でもデートでも、しつこくなんべんも同じ話をする、下ネタを連発する、説教をするの“3S”には、カウンターの主も目を光らせています(笑)」
健全かつスマートに、お酒や食事を楽しむ姿勢と余裕があれば、鮨店やバーのカウンターで過ごす時間は、さらに魅力を増すはずだ。
林伸次
1969年徳島県生まれ。渋谷「bar bossa」オーナー。幅広いメディアで音楽や恋愛などの執筆活動を行う。2018年に小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)を発表。近著に『大人の条件 さまよえるオトナたちへ』(産業編集センター)がある。Instagram:@barbossahayashi