各地の特徴を活かしたガストロノミーと、選び抜かれたワインのペアリングを提供する星野リゾート。その食体験をレポートする短期連載の第4回は「星野リゾート ブレストンコート ユカワタン」。伝統的フランス料理の技法をもちいながら、日本人の味覚や感性に応える形で表現した、究極の美食体験。果たして今回は、どのようなサプライズが待ち受けているのだろうか。【過去の連載記事】
ここでしか食べられない究極の料理
今回の行き先は星野リゾート創業の地、軽井沢。1914年に星野国次(二代目嘉助)が開業した星野温泉旅館がその礎である。現在、星野温泉旅館は「星のや軽井沢」にリニューアル。周辺には「星野温泉 トンボの湯」「村民食堂」「軽井沢ホテルブレストンコート」など、星野グループが運営する施設が集まっている。
さて、なかでも美食家たちの注目を集めているのが、軽井沢ホテルブレストンコート内のレストラン「ユカワタン」。風変わりな名前と思ったらこれは造語で、付近を流れる「湯川」にフランス語で時間を表す「Temps(タン)」を合わせたもの。「湯川の流れのようにゆったりした時間をお過ごしください」。そのような意味が込められているという。レストランはホテルとは別棟となっていて、緑に囲まれた空間の中にポツンと佇む一軒家。日常から完全に隔絶された世界を演出している。
ユカワタンの料理はひとつのコースのみで、そのコンセプトは「Nippon French」。川魚、野菜、キノコなど、信州長野の清らかな水に育まれた滋味あふれる素材を多く用い、とくに佐久名物の鯉は通年使用。フランス料理の技法をベースに、日本人の味覚や感性に応える料理を目指す。
シェフは二代目の松本博史さん。フランス料理の世界で最も栄誉あるコンクールとされる「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」で世界3位となった浜田統之さんが「星のや東京」に移ったのに伴い、2016年からユカワタンのシェフを務めている。
「フランスの伝統的な料理を現代的に解釈しながら、ここでしか食べられない料理を提供したいとつねに考えています」と松本さん。その、ここでしか食べられない料理というのが、「雛鶏のヴェッシー包み」(2022年9月上旬までの提供)。それがどのような料理かは、後ほどゆっくり解説しよう。
それではまずアペリティフから。天気の良い日は戸外のテラスで楽しめる。ワインはシャンパーニュと同じ製法で造られたフランス・ロワール地方ヴーヴレのスパークリングだ。シュナン・ブラン種のストレートな酸味にほのかな残糖が調和をとり、喉の渇きを癒しつつ食欲を誘う。
地元の木工所に特注したという六角形の器の上に盛られたアミューズは全部で5種類。ブラックオリーヴとチーズのシャーベット、イカと白エビのタルタル、アンチョビ風味のフィナンシェ、イワシのコンフィ、豚足のコロッケなど、見た目も美しく、味わいもバラエティに富んでいる。
「期待感が高まるように、アミューズから全開です」と言って笑う、マネージャー兼シェフソムリエの松原未那人さん。「前菜としてお出ししても満足できる内容をひと口サイズで提供しています」。
この後に続く料理は10皿。ワインも8種類(そのうちひとつは日本酒)。日も暮れ始めたので、ダイニングのほうへ移るとしよう。
手間がかかりすぎて世界中のシェフが敬遠する「ヴェッシー包み」
さて、いよいよコースに突入である。メインの魚料理と肉料理の前に前菜が5皿続く構成で、そのハイライトが先ほども申し上げた「雛鶏のヴェッシー包み」だ。
で、いったいぜんたいヴェッシーとはなんぞや? フランス語で書くと「Vessie」。意味は膀胱である。
フランス料理界の大御所、故ポール・ボキューズの「ブレス産肥育鶏のヴェッシー包み」が有名で、これはフォアグラやトリュフを詰めた肥育鶏を風船状にした豚の膀胱に入れて口を縛り、ブロード(出汁)の中に入れて火入れした料理。こうすることによって素材の油脂分やジューシーさを損なわずに火を入れられる。今のように調理器具が発達していなかった時代には、豚の膀胱が最適な容器だったのだろう。
豚の膀胱の入手が困難なことや、なにより手間のかかる料理なので、今どきメニューに載せるレストランはフランスでさえ少ない。しかし、「ここでしか食べられない料理」の提供を標榜する松本シェフは、なんとヴェッシーそのものを自作し、コースの一品に加えることにした。
業者から生の豚の膀胱を手に入れると、それを空気入れで膨らませて風船状に。「なるべく大きくしたいけれど、破裂のリスクが大きい。たまに破裂させてしまい大騒ぎになることもあります」と松本シェフ。風船状の膀胱をキッチンで提灯のようにぶら下げて乾燥させ、使う時は水で戻すという。
本場では肥育鶏を入れるほど巨大な風船になるが、日本の豚が小型なのか膀胱の大きさに限界があり、ユカワタンでヴェッシー包みに使うのは、生後40日ほどの雛鶏だ。
それでお味はというと、雛鶏ということも相まってじつにジューシー。ブイヨンで長時間炊いて骨ごとすり潰し、バターでモンテしたソースが濃厚に絡み合う。この料理に松原さんが選んだワインはシャンパーニュ。ヴェッシー包みは4皿目の前菜として出てくるので、「ここでシャンパーニュか」と驚くと同時に、実際に合わせてみて感心した。シャンパーニュはルノーダンの2004年ヴィンテージで、しかもマグナム。熟成感たっぷりの複雑なフレーヴァーと旨みが凝縮したこのシャンパーニュが、ヴェッシー包みの繊細ながらも濃密な風味ときれいに同調するのだ。
もうひとつ挙げておきたいのが鯉の料理。泥臭さが苦手な人も多い鯉だが、活けの状態でレストランに届く鯉を、松本シェフ自らが絞めて完全に血抜き。こうすることによって大半の臭みが取り除けるという。
今回の料理「鯉のコントラスト ビーツのベール」は、薄いビーツのゼリーの下に2種類の鯉の身が隠れている。一方は1週間熟成させたもの、もう一方は絞めて間もないものだ。前者は旨み成分のアミノ酸が増え、身質は柔らか。後者はさっぱりした風味で、こりこりとした食感が楽しめる。
正直なところ鯉は苦手な食材のひとつなのだけど、これがまったく泥臭くない。やはり生ものは下処理が大事と痛感した次第。合わせたワインはフランス・ロワール地方のサンセール・ロゼ。ややオレンジがかった深いピンク色は、まず視覚的にビーツの赤とマッチする。2018年という暑い年もあってか、「少し甘味が感じられるロゼで、ビーツの風味に合うと思いました」と松原さん。
甘味と言っても同じロワール地方のロゼ・ダンジューのような甘さではなく、ほんのりフルーティに感じられる程度なのだが、その上品なフルーティさがビーツのソフトな甘味とバランスを取る。熟成鯉と締めて間もない鯉、どちらにも合っていたけれど、柔らかなテクスチャーがキーポイントで熟成鯉により合っていた。
四半世紀熟成した北部ローヌの銘醸ワインにうっとり
今回のラインナップ中、純粋に最も感動したワインは、メインの「鴨胸肉のロティ ジュドカナール」に合わせたエルミタージュ・ラ・シャペルの1997年。知る人ぞ知る北部ローヌの銘醸ワインで、今ではけっこうなお値段がする。松原さんによれば昔に仕入れたボトルで、当時は今よりもお値打ち価格。それでこうしてペアリングに組み込むこともできるのだとか。
1997年は決して恵まれたヴィンテージではないが、いやはやどうして。さすが偉大な造り手は難しい年でもすごいワインを造る。四半世紀を経てきれいに熟成し、鉄分や血っぽさの感じられる妖艶なワインとなっていた。口当たりも滑らかで球体のごとし。メインの肉料理は鴨と牛が選べるのだけど、このワインとのペアリングなら鴨一択だと思う。
また、なかなか芸が細かいと思ったのが、前菜2皿目の「鰻とフォアグラのコンビネゾン」に合わせた日本酒。前回の「星野リゾート リゾナーレ那須」でも登場した、酒を仕込み水の一部に使って醸した貴醸酒ながら、造り手が頑固なあまり「貴醸酒」として申請しなかったという甘口だ。フォアグラと相性の良い貴腐ワインをイメージしてのチョイスだが、「フレーヴァー的には問題なし。ただ酸味が欲しい」と思ったという松原さん。サービス時にシェリービネガーをスポイトで一滴ポタリ。すると、想像通りのバランスに落ち着いたという。
ほかにもグルナッシュ・ブラン、グルナッシュ・グリ、グルナッシュ・ノワールを混醸したワインや、フルミント、ソーヴィニヨン・ブラン、ヴェルシュリースリングをブレンドしたスロヴェニアのワインなど、新たな発見も。王道のみで通さず、ところどころ「おやっ?」と思わせるワインを挟み、緩急使い分けるのが星野リゾート全体に通底するペアリングの極意。今回も退屈さとは無縁のおもしろラインナップだった。
究極の料理は究極の食材探し。信州上田の養鶏場を訪ねる
ユカワタンのこだわりが徹底した食材選び。地元信州産を最優先に、旬の滋味あふれる食材を使用する。この日もキッチンには北信地区からキノコが到着。香茸、アカヤマドリ、タマゴタケ、チチタケ、アンズタケ、カワリハツなどさまざまな種類のキノコが香りを放っていた。
ヴェッシー包みに使われる雛鶏について松本シェフに伺うと、この鶏を育てているところを見に行きませんかと誘われ、ディナーの翌朝、松本シェフとともに上田のオオサワ農園へ。軽井沢からクルマで1時間ほどして目的地に到着した。
ヴェッシー包みに使われたのは、「紅しぐれ」というロードアイランドレッド種の雛。この種は胸が大きくしっとりしていて、ヴェッシー包みに向いていると松本シェフは言う。この紅しぐれのほか、オオサワ農園の大沢重夫さんが飼育してる鶏が「信州上田地どり 真田丸」。
なにやら某公共放送の大河ドラマを思い出させるネーミングだが、堺雅人主演の「真田丸」が放送されたのは2016年。大沢さんが「真田丸」を商標登録したのは2007年で、決してドラマにあやかってつけた名前ではない。もともと信州上田は真田一族ゆかりの地なのだ。
で、この真田丸。シャモと白色プリマスロックを掛け合わせた鶏で、地鶏ならではの歯応えがありながら、ジューシーな身質が特徴。この真田丸をヴェッシー包みにはできないのかと松本シェフに尋ねると……。
「真田丸は紅しぐれと比べて大型なので、これを使うには相当大きなヴェッシーを用意しなくてはなりません」。
しかし、ユカワタンでも真田丸を使うことはあり、メインの肉料理としてローストや炭火焼きにしたことがあったのだそう。次回はぜひ真田丸のローストを、極上のブルゴーニュとともに味わってみたい。
ここでしかできない究極の美食体験が実現する「ユカワタン」。素材選びといい、調理の手間といい、そしてまたペアリングのワイン選びといい、すべてが緻密で工夫に富んだ、スタッフの情熱を感じさせる体験だった。
【今回の食事とワイン】
アミューズ5品/プティ・コトー ヴーヴレ メトード・トラディショネル 2019
鯉のコントラスト ビーツのベール/アルフォンス・メロ サンセール・ロゼ 2018
鰻とフォアグラのコンビネゾン/古屋酒造店 深
羊のコンソメ/レ・クロ・ペルデュ レクストレーム・ブラン 2019
雛鶏のヴェッシー包み/ルノーダン・ブリュット・レゼルヴ・ミレジメ 2004(マグナム)
サラダヴェール/グロース ハロゼ・ブラン 2018
岩魚のムニエル/フォラン・アルブレ アロース・コルトン・プルミエ・クリュ・ヴェルコ
2011
鴨胸肉のロティ ジュ・ド・カナールまたは牛肉のロティ ジュ・ド・ブフ/ポール・ジャブレ・
エネ エルミタージュ・ラ・シャペル 1997
パンペルデュメースの薫る黒糖のグラス/ビッソーニ ロマーニャ・アルバーナ・パッシー
ト 2016
星野リゾート ブレストンコート ユカワタン
住所:長野県北佐久郡軽井沢町星野
TEL:050-5282-2267(受付時間10:00~20:00)
営業時間:17:30〜
料金:1名¥22,000、ワインペアリングは別途¥12,100(税込、サービス料別)
予約:公式サイトより要予約
アクセス:軽井沢駅よりクルマで約15分
※「雛鶏のヴェッシー包み」は2022年9月上旬までの提供
※日帰り利用可
※食材の入荷状況により、料理やワインが変更となる場合がございます