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2024.10.19

企業に乗り込んだ経済ヤクザM氏。機転をきかせ選んだ「交渉の場」とは?

理論武装、いちゃもん、因縁、いいがかり、難クセ……。さまざまなテクニックを駆使する「ヤクザ」の交渉術は、意外や意外、ビジネスパーソンにも参考になる部分が多々あります。そのテクニックを豊富な実例とともに紹介。『ヤクザに学ぶ交渉術』から一部を抜粋してお届けします。

交渉は場所選びから始まっている

経済ヤクザとしてつとに名を馳せる広域系三次団体組長のM氏。

「交渉というのは、どこで行なうかという、最初の場所選びの段階からすでに始まっているもんなんだ」

とM氏はいう。

企業との交渉で、M氏たちが3人ほどで相手側の会社に乗りこんでいったときのことだ。

「どんな内容の交渉だったか、いまとなっては忘れたが、それは圧倒的にわれわれに有利、企業側には不利な交渉だったわけだよ。企業にすれば、申し開きの余地もないような失態でね」

当然ながら、M氏たちは応接室に通され、会社の偉いさんたちが応対に出てくるわけである。

そこでM氏はハタと考えた。

〈待てよ。会社の応接室というのは、いわば密室だ。こんな自分たちのほうが圧倒的に正しく、誰が考えても悪いのは企業だという交渉ごとに、密室を使うという手はないわな。

それでなくても、世間じゃわれわれのほうが悪者で通ってるんだ。こういう状況じゃ、分のいい話も悪くなってしまう。あとでこいつらに、右翼やヤクザに脅かされたって、ありもしないことをでっちあげられてもかなわんしな……よし、ここはガラス張りの交渉というもんをやろう〉

M氏はさっそくその考えを企業側に申し出た。

「どうですか、われわれとすれば、密室でこそこそ話したくない。いっそ下の受付け前のホールで話しあいませんか。誰に見られようが、誰に話を聞かれようが、やましいことはひとつもありませんから」

「えっ、あそこでですか」

M氏の提案に、企業のお偉いさんたちは少なからず意表を突かれたようだった。

そこは、会社を訪ねてくる客が必ず通る、人の行き来が最も激しい場所であった。

「そうですよ。構わないでしょ」

M氏は有無をいわせなかった。すでに応接室を出てそこへ向かおうとしている。

あえて人目につく場所で交渉した結果…

企業側にすれば、

「いや、あそこでやるわけにはいきません」

と拒否したいのは山々だったが、それをできないところが、交渉は端からM氏側のペースで進められていることを証明していた。

※写真はイメージです

さて、会社のお偉いさんたちと、いかにも裏社会の住人にしか見えない、怖そうな連中がゾロゾロ目の前に現われたのを見て、まずびっくりしたのは受付嬢であった。

一行はホールの目と鼻の先のソファーにすわって、何やら話しあいを始めだした。

その様子は、そこを通る社員や来客たちには、嫌でも目につき、みなが、

いったい何ごとだろう?

と興味津々といったふうに、それでも恐々とうかがいながら通りすぎていく。

なかには立ち止まって眺め、聞き耳をたてる好奇心の旺盛な者もいた。

それはどう見ても話しあいという様子ではなく、ガラの悪い、怖いお兄さんたちに企業側がさんざんやりこめられ、頭をさげているという図にしか見えなかった

事実、その通りであったわけだが、会社のお偉いさんたちにすれば、針のムシロである。

来客の目に、この場の情景がどう映っているかと思うと、気が気でなかった。

〈何だ、この会社は。あんなヤクザみたいな連中に脅かされて、ペコペコ頭さげて、そんなに何か良からぬことをしてるのか?〉

というふうに見られているとしたら、社会的信用はガタ落ちであった。

「わかりました。そちらさまの納得するような形でやらせていただきますので、どうか今日のところはひとつこのへんで……」

追いつめられた会社側は、一刻も早くこの状況を終わらせたかったから、ほとんど相手のいいなりに話を進めるしかなかった。

M氏にすれば、してやったり──といったところで、内心でかいさいを叫んだのだった。

作戦勝ちであろう。

この記事は幻冬舎plusからの転載です。
連載:ヤクザに学ぶ交渉術
山平重樹

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