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2018.12.24

愛ちゃん 〜Manners Makyth Man ハリー杉山の紳士たれ 第9回

英国王エドワード1世の末裔にして、父親はニューヨーク・タイムズ誌の東京支局長として活躍した敏腕ジャーナリスト。日本で生まれ、11歳で渡英すると、英国皇太子御用達のプレップスクールから、英国最古のパブリックスクールに進学、名門ロンドン大学に進む。帰国後は、4ヵ語を操る語学力を活かし、投資銀行やコンサル会社で働いた経験を持つ。現在は、活動の場を芸能界に置き、タレントとしてラジオDJやMC、情報番組のプレゼンターなど、さまざまな分野で活躍するハリー杉山。順風満帆な人生を送ってきたように感じるが、その人生は、情熱たぎる彼の、抜きん出た努力なしでは実現しなかった。英国の超エリート社会でもまれた日々、そして日本の芸能界でもまれる日々に、感じること――。

10年前のイブ、飯島 愛さんが亡くなった

クリスマス・イブ。輝くイルミネーションの下、寄り添う恋人たちもいれば、普段通りに仕事を終え、帰宅を急ぐ人もいる。遠くからはちょうど忘年会の一次会を終えた団体の酔った叫び声と、山下達郎の『クリスマス・イブ』が混ざって街に響く。前から歩いてきた大学生のカップルはお互いの手を握りしめ、彼氏の唇には淡いピンクの口紅の跡がイルミネーションによって照らされていた。どこで2人はキスしたのだろうか。思わず微笑んでしまう、クリスマスという時期の魔法だ。しかし僕にとっては愛に溢れる時期だけではなく、大切な人に突如訪れた別れの季節でもある。

2008年12月24日。ちょうど10年前のイブの夜。知人の家でシャンパンを飲んでいた時、テレビからそのニュースが飛び込んできた。飯島愛さんが亡くなったと。「え……愛ちゃん……?」 言葉を失った。理解不可能だった。何かしらのブラック・ジョークだと思ったが、現実は現実だった。36歳の若すぎる死。つい先日までゲラゲラと一緒に笑ってた人が聖なる夜にこの世を去る衝撃は受け入れられなかった。姉を失った思いであった。

愛ちゃんと出会ったのはその4年前の2004年11月だった。父の職場でもあった有楽町の外国特派員協会で彼女は海外メディアに向けて、著書の『プラトニック・セックス』について語る記者会見を行い、自分は父と共に参加した。

黒いシャープなジャケットに髪の毛をあげた彼女は外国の精鋭なジャーナリストを前に自分の経験を赤裸々に語るだけではなく、日本の性教育の欠点を熱弁し、皆のハートを掴んだ。とにかく人を助けたい、社会的に偏見の目で見られる人々の力になりたい。テレビで知る飯島愛との差に動揺してしまった。とにかくカッコいい女性だった。

記者会見が終わり、ダイニング・バーで彼女を記者たちは囲んだ。「なんなら皆一緒に飲むか!」の声と共に、彼女を中心に数十人の記者たちが集まり、記者会見 part2が始まったように思えた。このホスピタリティー……どんな人なんだろう? 勇気がなかった自分は父に頼んで発起人に紹介していただいた。「坊ちゃん! じゃあここ座りなよ!」座っても緊張しすぎて言葉が出ない。そして周りにいる有名な記者からの目が気になり、ろくに会話に参加できない。それを察した愛ちゃんは急に会話の中心に僕を置いた。

「坊ちゃん何が好きなの? 毎日何してんの?」

「サ……サッカーと音楽好きです……今はコンサルタント会社で働いたり……モデルやったり、いろいろ、や、やってます……」

「へー、好きなバンドは?」

「最近はカサビアンが好きです」

「マジで! あのギタリスト、カッコいいよねー!!」

ここから数十人の記者の前で僕はベラベラとUK音楽話を始めた。空気を読めてなかったのは気づいてなかった。完全に調子に乗ってしまった。その姿を見て愛ちゃんはシャンパンを飲みながらただただ笑っていた。弱者を助けるという彼女の人生の哲学のひとつがここで開花していたのは、僕はその時は理解できてなかった。「坊ちゃんいいねー 私もマッシブ・アタックとか音楽大好きだからライブ行きたい時は連絡してー」と携帯番号とメアドを書いたコースターを渡された。

これが愛ちゃんとの出会いだった。

後日会うことになり、ご飯を食べながら彼女は一切芸能界のことを話さず、今の若者たちの間で何が流行ってるのか、どう遊ぶのか、そして僕の家族や僕がどんな人生を歩んで来たのか聞いてくれた。何でもない自分にこんな興味を持ってくれて、何が面白いのかな……と自分は不思議に思った。特に父が取材し続け親交が深かった三島由紀夫の話を興味津々に聞き、父が書いた本を渡した数日後には読み切ってご自宅のリビングにも飾ってくれていた。頭の回転、行動力、理解力、探究心。すべてに置いて彼女はフル回転で僕と接してくれて、この人が将来日本のトップの政治家になったら日本がどれほど変わるのか妄想する程だった。

ある日メールが来た。

"暇だワン"

愛ちゃんがハマっていた言葉だ。絶対暇じゃないのに。何だろう?

"ハリーさ、ひとつお願いあるんだけど、いいかな?"

"英語教えて欲しいの、マジで"

そこから3年ほど定期的に僕は愛ちゃんに英語を教えることになった。週1の時もあれば、急に数ヵ月開く事もあったが、基本は英語の先生として接した。場所はレストランか愛ちゃんの自宅。基本的な会話も教えたが、どちらかというと理解する為ためはもっと専門的な用語の知識が必要な記事を通して教えた。この人は将来何か国際的に何かをやりたいのでは? そう思わせる程吸収力はよく、積極的であった。

そして、彼女は身の回りの親しい方々を僕に紹介してくれた。大竹しのぶさんと一緒に炎天下のサマーソニックを楽しみ、大竹さんを通してまだ学生だったIMALUちゃんとも親しくなった。ただ愛ちゃんから一方的ではなく、僕の仲間にも僕と同じように接してくれていた。様々な人生の道を照らしてくれて、今でも自分はその道を辿っている。

2009年、愛ちゃんが亡くなった1年後、IMALUちゃんとともに。

改めて思い返すと、常に全力で生きていた愛ちゃんは強かった。天才的に強かった。しかし、並ならぬ集中力と知性を持っていた一方繊細でもあった。その一面は僕にあまり見せないように気を使っていたが、一度だけ本当の飯島愛、大久保松恵の顔が覗いたような時があった。

ある日、ご自宅にお邪魔した時。コールドプレイというアーティストの "Fix You "と言う曲の歌詞を教えて欲しいと言われた。このコラムの最後に僕の訳を書くが、様々な訳し方があるので解釈は人による。基本は "Fix You" = "あなたを治したい"、"あなたを救いたい"という意味を持つタイトルだ。愛ちゃんはたくさんの人を救ってきた。彼女の発する言葉、彼女の存在を生で感じた人は彼女の内から輝くエネルギーから力をもらう。なので愛ちゃんはFixする方に自然となるはず。

ただこの曲を何度も聴きながら、解説していると愛ちゃんの目の奥から熱い一滴の涙が落ちた。「この歌の主人公は救われたのかなぁ……」今まで一度も涙を流す姿を見たことはなかったので自分は驚いた。もしかして、いやあの愛ちゃんがまさか救われる側に感情移入したのかな……と思った。深読みなのかもしれない。

最後に会ったのは2008年の10月。IMALUちゃんの帰国パーティーの時だった。当時テレビのお仕事を始めて間もなかった僕は愛ちゃんに急遽その場で司会を頼まれても、不発。結局その場にいたクリス・ペプラーさんが場を収めてくれた。この時は愛ちゃんは笑いながらこう言った。

「だから売れてないんだよ!!」

愛ちゃんから出た、笑いながらでも珍しく厳しい言葉だった。中途半端とごまかしが大嫌いな彼女らしい言葉でもあり、今思うと僕のことを期待しての言葉であったと思う。そんなヘラヘラして仕事できるわけがない。せっかくのチャンスだったのに。

最後の電話は12月の頭だっただろうか。

「暇だワン」

「愛ちゃんなんすか……笑」

「ハリー、アダルトグッズ興味ある?」(※)

「え? 朝からなんすか!!!」

「いや仕事にしようと思って。マジおすすめだから。彼女にもね。」

「愛ちゃん……」

「つか二日酔いか! おんめぇ楽しんでんなぁ! じゃあまたね!」

「は、はい!」

これが最後に愛ちゃんの声を聞いた時だった。

暇だワンが恋しいな。

一流にならねばならぬ。

(※)愛ちゃんは女の子の悩みに応える、オリジナルのコンドームなどアダルトグッズを売るメーカーを起業しようとしていた。そのショッピングサイトがオープン直前だった。

COLDPLAY "Fix You" 訳:ハリー杉山

Fix you
あなたを救う

When you try your best
but you don"t succeed
全力を尽くしてるのに
成功から逃げられてしまう時
When you get what you want
but not what you need
欲しい物を得ても 必要な物は得られない
When you feel so tired
but you can"t sleep
耐えられない疲れに襲われても眠れない
Stuck in reverse
逆戻りが止まらない
And the tears come streaming
down your face
そしたら涙が頬を伝って流れてくる
When you lose something
you can"t replace
代わりうる物は無い物を失った時
(唯一無二な物を失った時)
When you love someone
but it goes to waste
愛しても報われない時
Could it be worse?
これ以上辛いことはあるのか?
Lights will guide you home
灯りが君を家へと導いてくれるだろう
And ignite your bones
そして君を心の芯から温めてくれる
And I will try to fix you
そう僕は君を救う

And high up above or down below
思いは上へと下へと踊らせれる
When you"re too in love to let it go
愛にまんまとハマってしまったね
But if you never try, you"ll never know
でも試してみないとわからない
Just what you"re worth
君がどれほどの価値があるのか

Lights will guide you home
灯りが君を家へと導いてくれるだろう
And ignite your bones
そして君を心の芯から温めてくれる
And I will try to fix you
そう僕は君を救う

Tears stream down your face
涙が頬を伝って流れていく
When you lose something
you cannot replace
代わりうる物は無い物を失った時
(唯一無二な物を失った時)
Tears stream down your face
涙が頬を伝って流れていく
And I
僕はどうすれば

Tears stream down your face
涙が頬を伝って流れていく
I promise you
I will learn from my mistakes
過去の失敗から僕は習った事を
Tears stream down your face
涙が頬を伝って流れていく
And I
僕はどうすれば

Lights will guide you home
灯りが君を家へと導いてくれるだろう
And ignite your bones
そして君を心の芯から温めてくれる
And I will try to fix you
そう僕は君を救う

Manners Makyth Manについて
礼儀が紳士をつくる――僕が英国で5年間通学した男子全寮制のパブリックスクール、ウィンチェスター・カレッジの教訓だ。真の紳士か否かは、家柄や身なりによって決まるのではなく、礼節を身につけようとするその気概や、努力によって決まる、という意味が込められている(ちなみに、Makythは、Make を昔のスペルで表記したものだ)。人生は生まれや、育ちで決まるわけではない、と。濃い人生を送れるかどうかは、自分自身にかかっているのだ。

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