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2018.06.28

人生の灯火 〜Manners Makyth Man ハリー杉山の紳士たれ 第4回

英国王エドワード1世の末裔にして、父親はニューヨーク・タイムズ誌の東京支局長として活躍した敏腕ジャーナリスト。日本で生まれ、11歳で渡英すると、英国皇太子御用達のプレップスクール(※1)から、英国最古のパブリックスクールに進学、名門ロンドン大学に進む。帰国後は、4ヶ国語を操る語学力を活かし、投資銀行やコンサル会社で働いた経験を持つ。現在は、活動の場を芸能界に置き、タレントとしてラジオDJやMC、情報番組のプレゼンターなど、さまざまな分野で活躍するハリー杉山。順風満帆な人生を送ってきたように感じるが、その人生は、情熱たぎる彼の、抜きん出た努力なしでは実現しなかった。英国の超エリート社会でもまれた日々、そして日本の芸能界でもまれる日々に、感じること――。

クレイマー先生から教わったこと

梅雨。僕はこの季節の音が好きだ。空虚な心を埋め尽くし、時には優しい眠りを誘う雨の音。時には夢の中から現実へと叩き起こす、ガラス戸を突き破りそうな雨の音。歌声に聞こえる時もあれば、何百人が一斉に呻いてる声にも聞こえる。傘に当たる雨、コンクリートに当たる雨、葉っぱに当たる雨、人に当たる雨。色んな顔を持つ雨音。思わず聞き入ってしまうと、雨の国イギリスの田舎の風景と共に、ある懐かしい顔が浮かんでくる。中分けされたロマンスグレーの髪、ハリー・ポッターのような丸メガネ、渋い緑のチェックが飾られたウェイストコート。僕の若き日々の師匠。彼の名はドクター・クレイマー。

ドクター・クレイマー

ドクター・クレイマーは僕が通ったウィンチェスター・カレッジの歴史の“don”だった。 “don” は日本語で言う”ボス”と言う意味ではなく、オックスフォード大学、ケインブリッジ大学、そしてウィンチェスター・カレッジで働く”先生”の事を指す言葉だ。ただクレイマー先生は単なる先生ではなく、皆の”don”だった。1382年に設立されたイギリス最古の伝統を誇る学校の先生とは思えない程親近感が湧く、面白くて、パンクな先生だった。彼の授業を受けたい生徒は多く、ドクター・クレイマーは学校のスターであった。そんな彼が僕のHousemaster=寮長になったのは2000年の秋、僕が3年生の頃からだった。

寮長の仕事は決して簡単ではない。思春期真っ只中の13~18歳の男子たち60人と住み、まとめてバランスをとらなければならない。学生たちと距離が近づきすると軽視され、独裁主義で治めようとすると反乱が起きる。褒めるべき時と叱るべき時を求められ、優しいだけでは絶対成立しない仕事だ。ましてや全寮制の男子校なので刺激を求めるティーンネイジャー達は数々のドラマを繰り広げてしまう。そんな日々を支えて、最終的には英国屈指の大学へ入試試験だけではなく人として学生達を準備させていかなければいけないのだから、大変な仕事だ。一般企業の株主のように、お偉いご両親達も相当なプレッシャーを与えてくる。

ただドクター・クレイマーは見事に各方面の期待に答えた。ハウスマスターに就任しても彼は変わらなかった。心慌意乱になってもおかしくない事が起きても、彼は常に笑いながら問題を解決した。一度生徒がこっそり実家からウオッカを忍び込ませて、飲み干した結果アルコール中毒になった所を発見したクレイマー先生は、意識不明だった生徒の嘔吐にまみれながら肩に担いで、応急処置を自分でしたあと救急車を呼ばず、彼を病院まで運び、朝起きるまでずっとベッドサイドで見守っていた。お酒関連の事件は一年通して何回か発生し、事件が発覚する度にパジャマのガウン姿で水とバケツを両手に持ち、マーベルコミックのヒーローのように走りながら登場する彼の伝説は今でも語り継がれている。

そのヒーローっぷりは日常の中でも生まれた。保護者参観に来た両親たちとテニスコートを訪れた時、彼は学校代表のコーチにラリーを出来ないかと突然申し込んでみた。青いサマースーツに、足元はレザーの靴。両親たちが笑う中、彼はスタイリッシュに靴と靴下を脱いでコートを飛び回り、最後は見事なフォアハンドを決めた。唖然としたコーチと大人たちの顔。数々あるクレイマー伝説の一つだった。

2002年。テニスコートでラリーをするクレイマー先生。

憧れの人を寮長に持ち、寮にも不思議な団結力が生まれた。弱小と言われた我が寮はサッカー、マラソン、オーケストラなどで様々な脚光を浴びるようになった。圧倒的な知識と行動力、身体能力とユーモアだけではなく、その気さくな人柄も魅力的だった。どんな生徒にも関心を示し、何よりも”個性“は受け入れるべき事であり、それを自分の長所として育てるべきと教えてくれた。

同学年に否定的な発言しかしない、肩まで髪を伸ばし、爪を黒く塗ったカートコバーン信者が一人いた。登校する時もダボダボなパンツにシャツを出し、秩序を乱す彼は触れてはいけない存在と化し、完全に孤立していた。いわゆる問題児であった。しかしさすがクレイマー先生、彼の信頼を勝ち取るべく、その生徒が大好きだったオカルトや文学を日々勉強し、彼と平等に話せるようになった。気が付いたら目の上のたんこぶだったその生徒は”freak” (変人)からone of usになっていた。

そんなクレイマー先生を僕は裏切った事がある。四年生の夏 (5年制度)、生徒会長に任命された1週間後、ファッションに夢中だった僕は、当時崇拝していたブランドがロンドンでサンプルセールをやると聞いて、向かった。無断外出、ましてや町を離れるのは厳禁。バレると思っていなかったが、読みが甘かった。サマーストームによる雨が、砂利を弾く夕方に僕は帰ってきた。両手にはロンドンで買った戦利品の袋を持ち、生徒たちが深夜に脱出する為に使っていた寮の外壁を登る瞬間、糸のように細くなった雨の中を走る緑のツイードが視界に入ってきた。彼は珍しく激怒していた。

“What the bloody hell did you think you are doing!!!???”
“クソ!! 何を考えてるんだ!!!???”

で始まった彼の言葉はFワードを多々引用した、シェイクスピア劇のカタルシスのような大噴火であった。しかし声は上げず、極めて冷静。なおさら恐怖を感じた。停学は当たり前、退学処分になっても文句は言えない愚行を自分は犯してしまったのだから……。

30分ほど書斎でクレイマー先生はスコッチを飲みながら話した後、僕を許してくれた。生徒会長という立場の人間の行動が他の生徒にどう言う意味を持つのか、彼は自分自身の過去の過ちやファッションへの思いを含めて語ってくれた。僕の行為を理解すると共に叱ってくれた。

" I like you Harry but this is totally unacceptable. This hurts. "
"君は良い奴だが、これは受け入れ難い。私は傷付いた"

その言葉は深く僕を反省させながら、なんとかこの状況を挽回させたい思いを芽生えさせた、温もりに溢れたスピーチだった。寛大な心を持つ事、人を許すハートを持つ事、派手に失敗してももう一度チャンスを与える事、今の日本社会も参考にしてほしい、真の紳士の顔の一つとあの時感じた。

そして外は雨が耳を包むように優しく降っていた。

2014年10月。クレイマー先生と、ウィンチェスターカレッジにて再会した。卒業してから11年経っても彼は僕の師匠。先生と生徒ではなく、友達としてスコッチを飲んだ。">2014年10月。クレイマー先生と、ウィンチェスターカレッジにて再会した。卒業してから11年経っても彼は僕の師匠。先生と生徒ではなく、友達としてスコッチを飲んだ。

ーManners Makyth Manについてー
礼儀が紳士をつくる。これは、僕が英国で5年間通学した男子全寮制のパブリックスクール、Winchester College(ウィンチェスター・カレッジ)の教訓だ。真の紳士か否かは、家柄や身なりによって決まるのではなく、礼節を身につけようとするその気概や、努力によって決まる、という意味が込められている(ちなみに、Makythは、Make を昔のスペルで表記したものだ)。日本で育ち、11歳から英国で暮らし始めた自分にとって、上流社会に身を置いてきた級友たちとの青春は、まったくもって逆境からのスタートだった。そんなアウェイな状況を打破した経験から、僕は思う。人生は生まれや、育ちで決まるわけではない、と。濃い人生を送れるかどうかは、自分自身にかかっている。この連載を通して、その奥義を、僕の実体験を踏まえて、できる限り語っていきたい。

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