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2024.10.20
天才昆虫学者が編み出した、人の気配に敏感なカエルをだます驚きの方法
異常なまでに虫を愛する姿から「裏山の奇人」と呼ばれる、昆虫学者の小松貴さん。そんな小松さんが幼少期から青年期までに出会ってきた、国内外の奇怪な生き物の生態を紹介。今回は、人間の気配に恐ろしく敏感なカエルを捕まえるために編み出した「一人二役作戦」の話。『カラー版 裏山の奇人 野にたゆたう博物学』から一部を抜粋してお届けします。
小松友人帳
2001年の4月、信州大学理学部生物科学科に入学し、私の住処は長野県松本市となった。
入学後しばらくは、休日や授業の合間に大学周辺を自転車で巡る状態が続いた。
そして、足繁く通えそうなフィールドを品定めしたのだった。
大学では、今日この授業が終わったら行く場所、狙う虫、引きちぎる枝、裏返す石のことだけを夢想した。
当然、誰かと一緒に行くはずもなく、私は1人でフィールドに行って生き物と戯れた(のちに、たまの遠出に車を出してくれる程度の友人はできたが)。
後述するが、4年次の研究室配属までは、授業の合間には常に大学の裏山にいた。私にとっての学校は信州大学なのか裏山なのか自分でもわからなくなるくらい、すさまじく長い時間を裏山で過ごした。
一秒でも長くフィールドの生き物と触れ合うため、大学の授業はギリギリ卒業必須分の単位が取れる程度まで減らしたのである。そんな生活は、ナチュラリストとしての私をますます鍛えるとともに、人間としての私をますますダメにしていくのだった。
大学生活後半からは、本格的に生き物の研究に没頭していくことになった。
そのなかで、私は幼いころに出会った、アリの巣に住むあの不思議な生き物を見つめ直すのである。
詐欺まがい作戦――カエルの話
入学したころ、私がとくに頻繁に足を運んだのは、山沿いの田んぼだった。
大学の東には水田地帯が広がり、例年入学シーズンを少し過ぎたころに田植え作業が始まる。
その水田地帯を抜けるとすぐに大きな裏山がひかえており、そこへ向かう道すがら、田起こしした水田に水を入れている様子が見られる。
それから数日も経てば、水田のあちこちでカエルの声が聞こえるようになるのだ。
とくに夜、日が落ちてからは、人のしゃべり声が聞き取りづらいほどの大合唱となる。
喉をふくらませて大声で鳴くカエルを見ていると、これから生命の躍動する季節がはじまるのだと思って、気分が高揚したものだった。
この地域の水田で一番多いのはニホンアマガエルDryophytes japonicusだが、トノサマガエルPelophylax nigromaculatus も多い。
ただし、松本市近辺で見られるトノサマガエルは、ほとんどダルマガエルR. porosus との交雑個体になってしまっているらしい(Shimoyama, 1999 など)。
より山手のほうに行くと、段々になった谷津田(谷地にある田んぼ)があり、ここではシュレーゲルアオガエルRhacophorus schlegelii が多くなる。
「ココココッ」という、木琴ともカスタネットとも付かぬ声は、耳に心地よい。たくさんの個体が合唱するのを聞けば、心まで弾んでくる。
私は、このカエルの姿を見てみたくなった(*)。
* 私がなぜ姿を見ていないのにシュレーゲルアオガエルだとわかるのかというと、1~2歳の頃、自宅周辺の水田でこの声を再三聴きながら育ったため、カエルの声であること自体は幼少期から知っていた。小学生の頃、テレビの自然番組でたまたまこれが鳴いているシーンを観て、シュレーゲルアオガエルという種名とこの鳴き声が結びついた。
ところが、シュレーゲルアオガエルは声こそあちこちからすれど、探してもまったく姿が見えない。
それもそのはず、このカエルは水田の畦の土中に穴を掘り、そのなかで鳴く習性があるからだ。
しかも、このカエルはアマガエルなどに比べて恐ろしく人の気配に敏感である。
鳴き声の出所に近寄ると、だいたい10メートルくらいまで距離を詰めたところで鳴き止んでしまう。
しばらく動かずにいると鳴きはじめるのだが、接近を再開するとまた鳴き止む。
そして不思議なことに、接近すればするほど鳴き止んでからまた鳴きはじめるまでの時間が長くなるのだった。
鳴き声の出所ギリギリ手前まで接近すると、いつまで経っても鳴きはじめない。
こちらはピクリとも動かず、コトリとも音を立てずにいるのに、向こうは何らかの方法で私がそこにいることに気づいているらしいのだ。
こちらがしびれを切らして立ち去ると、数メートル離れた辺りでまた鳴きはじめる。奴は千里眼でも持っているのだろうか。
私は幼いころ、とあるナチュラリストが同様にシュレーゲルアオガエルに翻弄された話を本(たねむら、1987)で読んでいた。
*たねむらひろし,1987. カエルノコーラス―たんぼのコンサート(生き生き動物の国).東京, 誠文堂新光社
その人は、このカエルの「妖術」を攻略するため、面白い方法を考え出したのである。
すなわち、カエルが鳴いているところへ誰かと2人で近寄り、そのうち1人がそこへ留まり、もう1人がそのまま歩き去るという方法である。
歩き去る足音を聞かせて、そこから人間が立ち去ったようにカエルに思い込ませるのだ。その結果、見事にカエルはだまされて鳴き出し、その人は地中からカエルをつまみ出すことに成功したと書いてあったように思う。
残念ながら、当時の私にはそんなくだらないことに付き合うよう、気安く頼める人間がいなかったので、みずから一人二役を演じてみることにした。
まず、鳴き声が聞こえる場所までめいっぱい接近した。
そして一息ついてから、その場で高らかに足踏みをし、だんだんその足踏みを鎮めていき、そして止めた。
いま、奴は私がその場から歩き去ったと勘違いしているに違いない。息を殺して、じっと待ち続けた。
しかし、なかなか鳴きはじめなかった。やはり、2人でやらないとカエルをだませないのか?
そう思いはじめたとき、なんとカエルが鳴きはじめたのである。
そこで、私はすかさず鳴き声の出所の地面に指を突っ込んだ。
やわらかい畦の泥を指先で探ると、地中のある場所に空間があるのがわかった。
そのなかに泥ではないぬめっとした感触を得て、「これだ!」と思って握りしめ、泥だらけの拳を開いて見ると、なかにはしっかりとカエルが収まっていた。
大学の周辺において、シュレーゲルアオガエルは、春先の繁殖期には水田にたくさん集まって鳴くが、それ以外の時期にはほとんど姿を見かけない。
アマガエルは繁殖期以外でも水田の畦の草むらに多いのに、シュレーゲルアオガエルはまず見ない。
おそらく、森の樹上のかなり高いところで過ごしているのだと思う。
それを反映するように、いくら水田ばかり広がっていても、ある程度の規模の山林が隣り合う立地でなければ、繁殖期でもシュレーゲルアオガエルの声は聞こえてこない。
考えてみれば、この種に限らず繁殖期以外のカエルが野外で何をして過ごしているかについては、わかっていないことのほうが多い。
この21世紀にもなって、日本全国どこにでもいるアマガエルですら、越冬場所を見つけただけで簡単な論文のネタになるほどなのだ(坂本ら、2013)。
たったいま水田で握りしめたこの小動物は、この水田へ来る前にどんな景色を見ていたのだろうか。
そんなことを、夜露に濡れた田んぼの畦でひとり考えた。
Shimoyama, R., 1999. Interspecific interactions between two Japanese pond frogs, Rana porosa brevipoda and Rana nigromaculata. Japanese Journal of Herpetology, 18: 7-15.
坂本洋典,小松貴,高井孝太郎,2013.ニセアカシア倒木樹皮下で越冬するニホンアマガエル観察例.爬虫両棲類学会報「スガリ」2: 131-132.
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