パテック フィリップ×宮本 輝 運命と人生を彩る腕時計

 パテック フィリップ、その筆舌に尽くしがたい魅力と幸運な出合いを、作家・宮本 輝さんに訊く。

英国人セレブに教わったパテック フィリップ

「パテック フィリップのすごさって……、何でしょうね、言葉では表現できないんですよ」

小説家・宮本 輝さんの口から、意外な言葉が漏れた。40年もの長きにわたり読者を魅了し続ける言葉の達人をして、こう言わしめるほどに、パテック フィリップの魅力は、深く、広い。

「パテック フィリップの名前を初めて知ったのは大学生の時。異人館が建ち並ぶ神戸・北野町にあるイギリス人のお爺さんの邸で、芝刈りのアルバイトをしていたんです。神戸で紅茶の輸入・販売を一手に引き受けていた人で、必ず15 時のお茶の時間に熱い紅茶を飲むんです。その姿を見ていて、すごくいい懐中時計をしていることに気がつきました。『その時計、何ていうんですか?』とたずねると、パテック フィリップといって、祖父から受け継いだものだと言うんです。同じブランドの腕時計もあるからと見せてくれたのが、楕円形のケースに七宝風のクリームがかった文字盤のモデル。後で調べてみたら、とても若造がはめられるような代物じゃない。それからその時計のことが、ずっと記憶に残りましたね」

そもそも宮本さんが時計に関心を寄せるきっかけは、父親の時計だったという。

「親父が、まだ日本に数本しか入っていなかったスイスブランドの自動巻き腕時計を買ってきたんです。親父が亡くなった後、しばらく遺品として使っていました。大学卒業したての新入社員時代、先輩に『いい時計はめてるな』と驚かれたものですが、事情があって質屋に入れてしまって(笑)。その当時から、いい時計には何か大きな存在感が備わっているのを感じていました。いつか自分に甲斐性ができたら、時計だけはいいものを買おうと決めていたんです」

その後、太宰治賞の際に授与された時計ほか、幾つかの〝いい時計〞を手にしながらも、あの時計のことは心を離れなかった。

ウィーンの再会を果たしたあの日の時計

月日は流れ、1990年。取材のために訪れたウィーンで〝邂逅〞が待っていた。

「オペラ座に続く、老舗が軒を連ねる通りをぶらぶら歩いていたら、いかにも敷居の高そうな時計宝飾店があったんです。ちょっと覗くだけ覗いてみようと入ったら、あのイギリス人のお爺さんの時計とよく似たパテック フィリップがあるじゃないですか。僕も43歳になっていたし、何や知らんけど『いてまえ!』と買ってしまいました(笑)」

偶然の出合いから「ゴールデン・エリプス」が宮本さんのコレクションに加えられ、若き日の思いが達せられることとなった。

「自分のだけ買って帰るのは気が引けたので、家内用にクオーツの『カラトラバ』も買いました。手巻きのほうが、何となく時計らしくて好きだったし、ク
オーツには低価格なイメージがあったんですが、タキシードを着た支配人に『パテック フィリップの場合は、心臓部がクオーツなだけで、それ以外の作りや仕上げは、機械式のものとまったく違わない。それにパテックは、クオーツも100年先でも修理できる』と説明を受け、それに決めました。僕のも家内のも、一見何でもなさそうなのに、らしいスタイルで、確かな存在感と品がある。その点に於いて、パテック フィリップ以上のものはないと思います」

腕時計は、これで終わり。そんな思いで求めたパテック フィリップの2モデル。しかし、次なる出合いが、宮本さんを待っていた。それには、あの阪神淡路大震災が深く関わってくる。

ウィーンで購入した2モデル。右は「ゴールデン・エリプス」。 左は夫人に贈った「カラトラバ」。

大震災を乗り越える気力をくれた「アクアノート」

1995年1月17日未明、かつて経験したことのない激しい揺れが関西を中心とする地域を襲った。阪神・淡路大震災ーー、20年以上経った今も、あの激甚災害の記憶は薄れることがない。宮本輝さんは、取材で訪れていた富山でこの大地震に遭遇した。

「初め北陸が震源かと思うほど激しく揺れました。その後、長男から安否確認の電話がきて、地元の関西はもっと大変なことになっているのを知ったんです。
帰ると、自宅は倒壊。いたる所で火災が発生。なんだかヤケクソな気持ちになっていました」

そんな鬱々たる思いのなかで、雑誌で見かけた、当時発売されたばかりの「アクアノート」のことが、ふと頭をよぎった。

「生きていた証しに買おうか!? と思ったんです。だって家は壊れるし、新しい家は建てなあかんし、ここで自分を鼓舞する時計を買って、また小説の2、3本も書いて頑張らなあかん、と」

そうして「アクアノート」が、コレクションに加えられた。その後も宮本さんは精力的に執筆活動を展開、新居も完成する。「アクアノート」が、文字どおりのラッキーチャームとなった。

還暦記念の〝覚悟の〞「カラトラバ」 

時計道楽はこれで終わりーー、そう思って10余年が過ぎた。しかし還暦を迎えた時、人生の節目を祝う1本と出合うことに。

「家内に『せっかく60まで生きたんやから、時計買うてくれ』と頼んだら、『そんなアホなこと!』と言いながら、買ってくれたんです(笑)。これで本当に最後と思って『カラトラバ5296』、文字盤に同心円状の装飾が入っているモデルを選びました。1番シンプルなのにも惹かれたんですが、パテックの場合、シンプルであるほど、その存在感にこっちが負けてしまいそうで……。いまだに迷ってます、もう手遅れやけど(笑)」 

「カラトラバ」はスーツに、「アクアノート」はジャケットやカジュアルに、と使い分けている。 

「執筆の時もどちらかの時計をつけています。還暦で腕時計を手にした時、あと20年この時計と付き合えるかな、なんて思いましたね。高額な時計は、年齢を重ねないと買えないですが、年齢を重ねるほど、一生連れ添えるかなという、覚悟がいるんです。パテック フィリップの場合は、100年先でも修理して使えますから、息子や孫に受け継いでもらえる安心感がある。そうしたら、これはもうパテックであることを越えて、宮本家の腕時計になる。そういうものを、一家が何かひとつ持っておくことは大事なことです」 

現在、畢生の大作『流転の海』最終章となる第9部を執筆中だ。「未完の大作では意味ないですから。完結させないと、読者に申し訳ない。責任感もプレッシャーもあります。今70歳ですが、71歳までに書きあげたい」 大仕事を達成した時、新たな〝最後の〞パテックが宮本さんの手首を飾るのかもしれない。

1982年から35年にわたり書き続けられている自伝的大河小説『流転の海』。 第8部までが刊行され、 最終章となる第9部を連載中。「70歳(現70歳)で完結したかったが、少し延びそう」だとか。
右は宮本さんが所有するパテック フィリップ「アクアノート」のファーストエディション、左は「カラトラバRef.5296」。


パテック フィリップ正規販売店
ビジュピコ 名古屋本店
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Teru Miyamoto
1947年兵庫県生まれ。広告代理店勤務を経て文筆活動に入る。’77年『泥の河』で太宰治賞、翌’78年『螢川』で芥川賞受賞。以降、吉川英治文学賞を最年少で受賞した『優駿』、35年もの長きにわたって書き続けられている畢ひっ生せいの大作『流転の海』ほか、精力的に執筆。近著は『草花たちの静かな誓い』。


Text=まつあみ 靖 Photograph=和田野 久

*本記事の内容は17年11月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)