日本酒「獺祭」の蔵元、旭酒造の桜井一宏社長が愛用する腕時計とは?

ビジネスにおいて腕時計は必須のアイテムと言われるが、実際に"デキる"ビジネスパーソンはどのような腕時計をつけているのだろうか? 人気の純米大吟醸酒「獺祭」の蔵元である旭酒造代表取締役社長・桜井一宏さんに、愛用する腕時計を見せてもらった。


「伝統を受け継ぐ機構、ムーンフェイズに惹かれる」

2017年に現職に就任した桜井一宏さんは、旭酒造に入社以来、海外戦略の先頭に立ち、営業マンとして「獺祭」の売上を伸ばすことに尽力してきた。このほかにも、2018年6月に故ジョエル・ロブション氏との協業によるレストラン「ダッサイ・ジョエル・ロブション」をパリに出店、ニューヨークでの醸造所の建設プロジェクトなど、日本酒業界の発展に向け、さまざまなプロジェクトを手掛けている。

「仕事で海外へ行く機会が多く、その時はシチズンのアテッサを使っています。現地に着いた途端、自動的に時刻が調整できるのが便利だし、針が回り出すと海外に出張に来ている実感が湧いてスイッチが入ります。その一方で、数年前からクラシックな顔立ちの機械式時計に惹かれはじめていました。ところが雑誌などで調べてみると、僕が想定していた価格よりもゼロがひとつどころか、ふたつ違うんじゃないかって時計ばかり(笑)。踏ん切りがつかない日々が続いていましたが、昨年重い腰を上げて買ったのが、ジャガー・ルクルトのマスター・ウルトラスリム・ムーンでした」

月の満ち欠けを表示するために考え出されたムーンフェイズの誕生は、数百年前の置き時計の時代にまで遡る。少なくとも現代においては伝統工芸的な側面で評価されている複雑機構だと言っても過言ではない。

「ムーンフェイズが搭載されている時計をいくつか見比べてみると、複数の機構を組み合わせているパターンが多いように思えました。それに対して、この時計は文字盤がすっきりしている分だけムーンフェイズの小窓が強調されている。要するに、コストパフォーマンスや機能性云々でなく、単純に見た目が気に入ったことが購入の決め手です。ジャケットを羽織ってレストランに行く機会が多いのでドレッシーなデザインであることがプラスに働いてくれます」

シンプルで美しい佇まいゆえ、スーツと抜群の相性を誇るジャガー・ルクルト「マスター・ウルトラスリム・ムーン」。

「変化を受け入れる柔軟な姿勢が伝統を紡ぐ」

時計製造の背景や職人の文化を知るにつれて、機械式時計に対する考えに変化が生まれたという。

「誤解を恐れずに言うなら、機械式時計は不便なところが魅力というか、そこに人間味や温かさが感じられます。スマホでも何にしろ、簡単に時間がわかる時代ですから、実用品という意味でなら機械式時計は生活には必要ないモノなのかもしれません。だからこそ存在意義が顕在化されていて、そこには機能や品質だけでは計りきれないパワーがあるように感じれます」

スイス時計産業の伝統は日本酒との共通点が多いと桜井さんは語る。

「スイスのジュウ渓谷の文化に感銘を受けたことは、伝統を守り続けながらも常に革新的なイノベーションを起こしているところです。我々の業界もそこは見習わなければなりません。日本酒には、紀元前700年頃から常に時代と向き合い、進化を繰り返してきたという歴史があります。端的にいうと、非常に自由度の高いお酒なのです。ところが最近、伝統という言葉に縛られて、その本質が見失っているように感じてしまうことが増えています。僕にとって酒造りで一番大切なことは、本当に美味いと思ってもらえるお酒をつくること。生まれ育った山口の風土や食文化、日本人として感性を大切にしながら、今後も新しいことにチャレンジしていきたいです」


Kazihoro Sakurai
1976年山口県生まれ。早稲田大社会科学部卒。2006年、旭酒造に入社。2010年より取締役副社長として海外マーケティングを担当。2016年9月、代表取締役社長に就任、4代目蔵元となる。

Text=戸叶庸之 Photograph=吉田タカユキ