はじめて高級腕時計を選ぶビジネスパーソンのための用語集【時計7大機構】

クロノグラフ、トゥールビヨン、永久カレンダー、ムーンフェイズ、レトログレード、パワーリザーブ、ミニッツリピーター。いつの時代も大人の男たちを魅了し続けてきた機械式腕時計には、こうした数々の革新的な「機構」が存在する。はじめて高級腕時計を選ぶ、あなたが知っておくべき基本的な機構を時計ジャーナリストの篠田哲生氏が徹底解説する。


①クロノグラフ

要するに時間を計測する「ストップウォッチ機能」のこと。考案者は数々の時計機構を開発した天才時計師アブラアン-ルイ・ブレゲであり、二つの秒針を使うことで経過時間を計測する機構を1820年に考案。さらに1822年には愛弟子ファットンとの共作で、回転する秒針が文字盤上にインクがポタリを落下させて時間を計測する機構を作った。

ちなみに「Choronograph」は、時の神「CHRONOS(クロノス)」に“書き記す”を意味する「Graph(グラフ)」合わせた造語だが、これはインクを使っていたことに由来する。その後、クロノグラフの開発は進み、懐中時計のサイズまで進化。工場での生産管理や車や飛行機の計器、あるいはスポーツ計時のための実用的な道具として飛躍的に発展していく。

その一方で小さくて読みにくい腕時計に搭載する必要はほとんどなかったため、ハイレベルなメカニズムを堪能するための“知的な時計”として、医師や将校など知的職業人から愛されるようになる。初の腕時計式クロノグラフも開発したのはブライトリングで、1915年に実現。さらにスタート/ストップボタンとリセットボタンを持つメカニズムも考案し、現代的クロノグラフの始祖とされる。現在は高品質の汎用ムーブメントが多く出回っているため、クロノグラフ機構自体は珍しくなくなったが、「手巻き式クロノグラフ」だけは別格の扱いを受けている。

それは微細なパーツまで丁寧に磨き上げるという古典的な時計製造をこのしている数少ないジャンルだからであり、それゆえ極一部の雲上ブランドだけが製造している。また、ふたつの対象を同時に計測できるスプリットセコンド式クロノグラフも、ワンランク上の機構として評価される。


②トゥールビヨン

懐中時計は、普段胸ポケットに垂直に収まっているため、重力が一方向にかかる。こうなると時計の精度を司るヒゲゼンマイがたわんでしまい、精度が劣化してしまう。これを「姿勢差」と呼ぶ。この姿勢差を解消させるために、天才時計師アブラアン-ルイ・ブレゲが考案したのが「トゥールビヨン」。

フランス語で渦巻きを意味するこの機構は、姿勢差を解消するためにヒゲゼンマイを含む「脱進機」といわれるパーツ群を丸ごと回転させ、重力の影響を分散させてしまおうというものだった。初代ブレゲは1801年に特許を取得したが、難解な上にパーツ点数も多くなる機構だったため、さほど広がることもなく"知る人ぞ知る"機構であった。

この忘れられた高精度機構トゥールビヨンが脚光を浴びるようになったのは、2000年代に入ってから。高品質なトゥールビヨンムーブメントを製造するサプライヤーが誕生したことで、自社で製造する能力がない時計メーカーであってもトゥールビヨン機構を作ることができるようになったことにある。しかも携帯電話の普及に伴い、腕時計の価値基準が“複雑であること”にシフトしていったため、文字盤上で脱進機がクルクルと回転するトゥールビヨンは、非常に分かりやすかったのだ。

かくして複雑機構の象徴となったトゥールビヨンの現在は、さらに新しい進化を遂げている。一つは3次元回転。わずかな姿勢差であっても完璧に解消するために、縦横斜めに回転する機構が開発されている。もう一つは耐衝撃化。これは高級時計をデイリーに使いたいというニューリッチ層のニーズを汲み取ったものだ。いずれの場合も、単に複雑というだけでなく、表現力を広げる方法として評価されている。



③永久カレンダー

古代エジプト人は、太陽を克明に観察することで、太陽が東の空から上がってくる(1日)現象を、365回繰り返すと同じ季節が巡ってくる(1年)ことに気が付いた。さらに星や月を組み合わせて記録をつけることで、実は1年問というのは、365.25日であるということを理解した。

この暦をきちんとまとめ、ルール化したのが、紀元前に活躍したローマ皇帝ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)であった。彼は紀元前45年に「ユリウス暦」を発令。これは12が月を30日の月と31日の月に分け、年末扱いだった2月を日数調整に用いるものだ。

その後ユリウスの後を継いだアウグストゥスを称えるために、彼が政務官についた8月も31日として調整し、1月=31日、2月=28日(29日)、3月=31日、4月=30日、5月=31日、6月=30日、7月=31日、8月=31日、9月=30日、10月=30日、11月=30日、12月=31日という日の並びが完成する。

しかしこの暦が1600年近く運用されていくうちに、やはり何日分のズレが生じることが分かった。そこでローマ教皇グレゴリウス13世が、1582年に「グレゴリオ暦」を制定。これはズレを修正するために、「西暦紀元(西暦)の年数が、100で割り切れるが400では割り切れない年は、平年とする」という閏年のルールを加えたもの。これが現在まで使用されるカレンダーのルールである。

永久カレンダー機構は、こういった複雑な暦の定理を全て歯車とレバーのみで表現するカレンダー機構のこと。数百年後の未来まで計算されているというロマンに溢れた時計であり、孫子の代まで受け継いでいく価値がある。


④ムーンフェイズ

地球が光を遮ることで発生する月の満ち欠けは、肉眼で簡単に観察できるうえに、一日ごとの変化がはっきりしているため、古代から暦作りの基準だった。いうなれば月は“巨大な時計”でもあるのだが、そんな月の満ち欠けを時計上で再現するのが「ムーンフェイズ機構」である。

その仕組みはとてもシンプル。月を隠すかまぼこ状の凸部を持った窓の下に、月の姿をあしらうったディスクをセット。規則的に回転させることで、月の満ち欠けを再現するのだ。ちなみに月の満ち欠けの周期(新月~満月~新月)は約29.5日なので、59枚歯の歯車を使うと、満ち欠けの二回分を的確に表示することができる。

しかしこれは安価なムーンフェイズ機構の場合に限る。実はムーンフェイズ機構にも、高精度化の波が訪れているのだ。というのも、本当の月の満ち欠けの周期は、国立天文台によると29.530589日とされており、59枚歯のムーンフェイズディスクを使うと、約3年で一日分の誤差が生じてしまうのだ。これは精度にこだわりを持った時計ブランドには看過できない誤差である。

そこで各社はムーンフェイズの高精度化に力を入れている。基本的にはムーンフェイズディスクの歯数を増やすことで回転を細かくコントロールしている。ムーブメントの設計にもよるが、おおむね90~160歯にすることで、122.6年に1日の誤差になるという。さらには1000年以上も誤差が生じない高精度ムーンフェイズも作られており、この高精度競争はまだまだ続きそうである。ちなみにムーンディスクの表現方法にも工夫を凝らしており、古典ブランドは顔を描くことが多い。またディスクに細かく星を書き込む手法も増えているようだ。


⑤パワーリザーブ

機械式ムーブメントは香箱と呼ばれる動力ゼンマイが歯車を回す力を、脱進機というパーツ群で正確に制御している。脱進機はテンプとアンクル、ガンギ車で構成され、このテンプというパーツが常に正確に振動することが、回転をコントロールするカギとなる。

振動するバランスが悪くなると、正しいタイミングで回転させることができなくなり、精度に誤差が生じるのだ。テンプの振動は香箱から伝わる力の変化にも左右される。常に安定した力が供給されれば、それだけテンプの振動も安定し、高精度を保てるということになる。それゆえ時計ブランドはなるべく長時間駆動すなわちロングパワーリザーブのムーブメントを作るのだ。長時間時計が駆動するメリットは他にもある。繊細なパーツをたくさん使っている機械式時計は、外部と内部をつなぐリュウズが弱点になる。ここを頻繁に触ると故障の遠因になるし、締め込みが甘くて内部に水が浸入してしまうかもしれない。

その点ロングパワーリザーブモデルであれば、頻繁に使わなくてもゼンマイがほどける可能性は低くなるので、時刻合わせのためにリューズに触れる機会は格段に減るだろう。長時間駆動ムーブメントを作る手段として最も明快なのは、香箱の数を増やすこと。数が多いほど長く動くようになるが、その分スペースが必要になるので、設計担当者はかなり頭を悩ませている。

さらにパーツを軽くしたり加工精度を上げたりすることで、効率的に機構を動かすのも重要。ロングパワーリザーブとは総合力の表れなのだ。最近のトレンドは、金曜日の夜に帰宅して時計を外しても、月曜日の朝まで動き続ける“3日巻き”。中には1000時間(約42日)も連続駆動するモデルも存在する。


⑥ミニッツリピーター

機械式時計における超複雑機構は、トゥールビヨンと永久カレンダー、そしてミニッツリピーターである。その中でもミニッツリピーターは、最も歴史と権威がある。もともと時計は教会の塔などに取り付けられ、任意の時間になると鐘を鳴らして、祈りの時間を知らせた。つまり時間とは音で知るものだったのだ。

懐中時計の時代に入ると、貴族は時計を個人所有できるようになったが、当時は満足な照明もないので暗闇で時間を知る方法がなかった。そこで時計内部にゴングとハンマーを組み込み、音で時間を知らせる機構「ミニッツリピーター」が考案されたのだ。

誕生は17世紀のイギリスだったが、現代のようなリング型のゴングを考案したのは、アブラアンールイ・ブレゲである。メカニズムは非常に難解ゆえに割愛するが、時計内部には高音と低音に調律された二本のゴングが入っており、それを叩くハンマーも二本内蔵。ケースサイドのスライダーを動かすと作動する。

現在時刻が9時21分だとすると、まずは低音(アワー)が9回鳴り、そのあと高音と低音の組み合わせ(クオーター)が1回鳴り、最後に高音(ミニッツ)が6回鳴る仕組み。

つまり、9回(9時)+1回(15分)+6回(6分)で9時21分を表している。ゴングやハンマーを4組も搭載し、複雑な音を奏でる「ウエストミンスター・カリヨン」はその上級モデル。さらには正時になると、その数だけ鐘を鳴らす「ソヌリ」や15分ごとにキンコンと奏でる「プティ・ソヌリ」という機構もある。こういった機構は“鳴り物”と呼ばれ、極めて高価になる。それはどれだけ技術が進化しても、最後は人間の耳で音を聞き、調整しなければいけないから。時計は楽器なのだ。


⑦レトログレード

時計は円運動の集合体。ムーブメントの内部では歯車が回転し、その動きをに合わせて針も円運動を行う。カレンダーやムーンフェイズのディスクも、もちろん円運動だ。円は終わりも始まりもない「永遠の象徴」であり、ひいては、止まることのない時間の流れを表現しているともいえるだろう。

ところが、こういった規則性のある動きを、あえて崩すのが「レトログラード」という機構だ。フランス語で逆行を意味する言葉であり、扇形に運針して、終点に到達すると瞬間的に始点へとフライバックして再び動き出すというもの。動きがダイナミックで見栄えが良いので、時分秒針やカレンダーなど、様々な表示に用いられる。何かのために役立てるというよりは、時計に遊び心を加え、表現力を高める機構といえるだろう。

ちなみにレトログラード機構はどれだけ精密に作っても、フライバックする瞬間は"時間の空白"を作ってしまう。カレンダーのような大きな時間軸で動いている機構であれば問題ないが、秒針の場合コンマ何秒が後々大きく響いてくる。そのため各ブランドでは如何に素早く美しく動かすかに腐心しているのだ。

この機構を芸術的なレベルまで昇華させたのが"レトログラードの魔術師"こと時計師ピエール・クンツ。彼は20秒レトログラードを3つ搭載し、まるで秒針がリレーして動いているかのような不思議な世界を作り出した。もちろん、ドレスウォッチに取り入れても効果的。端正なデザインや円運動の中に加わると、格好のアクセントになるだろう。スマホ時代に入り、時計デザインの幅はかなり広くなっている。レトログラードはクラシックスタイルを守りながらも、デザインにもこだわりたい愛好者向けの機構だ。

Text=篠田哲生