スイス・ジュネーブでの2018年新作時計見本市、現地最新レポート

今年28回目を迎えた、リシュモングループを中心とするジュネーブでのウォッチエキシビションSIHHが、1月15~19日の日程で開催された。場所は例年と同じく、ジュネーブのエキシビションホール、パレクスポ。新たな時代を迎えた時計業界のトレンドや進化をレポートする。

バーゼル縮小傾向のなかで重要視されるジュネーブ

今年からSIHHに参加したエルメスは会場入り口に最も近い位置にブースを構えた。

今年のSIHHは、3月に開催される世界最大のウォッチ&ジュエリーショー・バーゼルワールドを離れて初参加となったエルメスを加え、主要18メゾンが参加。これに加えて、独立系ブランドを集めたカレ・ドゥ・オルロジェというスペースには、1減5増の計17メゾンが名を連ねた。合わせて35メゾンという規模に拡大。来場者も前年比20%増の2万人、メディアも12%増の1500社を数えた。

さらには、会場とは別のスペースで開催されたフランク ミュラーグループによるエキシビジョンWPHHには、フランク ミュラー、バックス&ストラウスに加え、一度バーゼルに転じたクストスが復帰し、3ブランドが新作をお披露目した。LVMHグループからは、ウブロ、ゼニス、タグ・ホイヤーの3ブランドが、昨年に続きレマン湖畔のボートやケンピンスキーホテルで、ブルガリもリッツ・カールトンホテルで、プレ・バーゼル的な新作を発表。このほか、自社アトリエや市内のホテルで、いくつかのブランドがエキシビションを開催した。
 
3月のバーゼルワールドは参加ブランドが減少し、出展スペースも縮小傾向との情報が伝わる。主要ブランドは継続して出展する見通しだが、ジュネーブウォッチウィークの重要性が増してきたなかで、今後の時計業界内の勢力図や、中堅ブランドの新作発表の方法にも変化がもたらされることを予感させた。ちなみに、IWCのCEOなどを務めたジョージ・カーン氏がリシュモングループを離れ、ブライトリングCEOに就任、今年のバーゼルを最後に、来年からジュネーブで新作発表することもアナウンスされている。

堅実な印象ながら、ジュネーブの時計市場は上昇気流の気配

さて、新作についてだが、全体的な印象は、ポジティブに言えば堅実、ネガティブに言えばいささか意外性に乏しい印象もなきしもあらず。思えば、2年前のSIHHには、そこはかとなく危機感が漂っていた。原点回帰を掲げ、ブランドアイデンティティの再構築に努めるブランドが目立ち始め、アーカイブを生かした確実性のあるモデルが幅を利かせるようになり、それがビンテージテイストのトレンドと結び付いた側面もあった。しかし、昨年のSIHHでは、徐々に明るい兆しが見え始め、今年は上昇気流の乗り始めている印象。欧米市場の堅調に加え、一時失速気味だった中国でも、国際感覚豊かな“第二世代”というべき富裕層が成長してきたことが、その背景にある。

とはいえ、まだ手綱を緩めるときではないようだ。ブランドアイデンティティに直結したアイコン的な名作をアップデートし、確実性の高いモデルに注力する動きは継続中だ。また、リシュモングループ内で、昨年来ブランドCEOの交代など、人事の刷新が進行中であることも、それを物語っているように思う。ジョージ・カーン氏の移籍は前述したが、パネライの復興以来、舵取り役を続けてきたアンジェロ・ボナーティ氏も、近く勇退。現在ロジェ・デュブイCEOのジャン=マルク・ポントルエ氏が、後任に決まっている。CEOの交代でブランドの方向性が変わるのは当然のことだが、今回のSIHHでも新作はもちろん、ブースの作り込みなどにも変化が見られた。なかでも、ピアジェはブースをリゾート的なイメージにリニューアルして新コンセプトをアピールした。

リゾート的なイメージにリニューアルしたピアジェのブース。

ここ数年、大きなトレンドが見えにくくなっている(あるいは、なくなりつつあるのかもしれない)傾向も、相変らずだった。そんななかでも、印象的だったのは意欲的なクロノグラフが豊作だったことや、オープンワークを駆使したモデルがますます増殖したこと。特にハイエンドなコンプリケーションで、機能美や構造美をアピールしたモデルが数多く目についた。また、大半のブランドが、インターチェンジャブルストラップ、つまり手軽にストラップ交換できるシステムを発表したことも、今年の大きな傾向だろう。レディスでしばしば見られたものだが、ラージサイズのメンズウォッチでも採用するブランドが少なくなかった。

これをどう見るか? 決して“小手先の進化”ではなく、これまで以上にユーザーの声に耳を傾けようとするスタンスと捉えることもできるだろう。総じて新作の発売時期が、従来より早まってきたのも、この流れに位置づけていいのではないだろうか。ブランドサイドからすると、堅実に数字を作っていこうという意図があるのかもしれないが、ユーザーとしては歓迎すべき動きと言えるだろう。

SIHHの各ブランドのブースへとつながる通路。

既存勢力と新興勢力の関係性から感じ取れた変化の予兆

いくつか、気になったトピックを紹介しておきたい。

SIHHの開幕直前の1月12日、カレ・ドゥ・オルロジェに出展するH.モーザー&CieのCEOエドゥアルド・メイラン氏から、気になるステートメントが配信された。同ブランドは、「スイスメイドの素晴らしさを改めてアピールするため」に、ケース、ベゼル、リュウズガード、トゥールビヨンブリッジなど、各パートに、スイスを代表するウォッチブランドのアイコン的要素をちりばめた『スイス アイコン ウォッチ』の発表を予告し、その画像も公開されていたのだが、発表を中止することが記されていた。

同ブランドのCEO、エドワール・メイラン氏は、オーデマ ピゲ社のCEOを務めるなどした時計業界の重鎮ジョージ=ヘンリー・メイラン氏を父に持つ、言わば名家の出身。伝統性を重視しつつも、思い切った手法で注目を集めている人物で、一昨年にはアップルウォッチを皮肉った『スイス アルプ ウォッチ』、昨年はスイス特産のチーズをケースに使用した『スイス マッド ウォッチ』を発表し、話題を撒いた。そして今年、『スイス アイコン ウォッチ』が公開前から注目を集め、賛否両論が渦巻き始めようとしていた矢先の発表中止。このコンセプトモデルにエールを送る時計業界関係者も少なくなかったと伝えられてはいるが、しかるべきところから「待った」がかかったことは、想像に難くない。

この現象は、既存勢力と新興勢力との軋轢という「よくある話」かもしれないし、独立系メゾンの“ジョーク”に対して、大人げない対応という感想や、特許や知的財産権の見地からすれば発表中止は当然という意見もあるだろう。やや穿った見方かもしれないが、今回の一件は、スイス時計業界内の守旧派や凝り固まった制度・システムに対して、何かしら風穴を開けなくては、という思いを抱いている勢力の動きが本格化する予兆ではないだろうか? それは、巨大エキシビションが変容を余儀なくされつつあることと、通底するのではないか? つまり、スイス時計業界が、次世代に向かう胎動を見せ始めたのではないか、と思うのである。バーゼルでも、そんな予兆が感じられるかどうか、アンテナを張っておきたいと思う。

独立系ブランドを集めたカレ・ドゥ・オルロジェというスペースには、1減5増の計17メゾンが参加。

そして、もう1件。

昨年のSIHH期間中に、A.ランゲ&ゾーネの中興の祖というべきウォルター・ランゲ氏が逝去したことに衝撃を受けた人も少なくなかっただろう。今年、そのランゲのブースには、氏の遺品を展示するコーナーが設けられ、改めて故人を偲ばせた。そして、ジャンピングビセコンド機構を搭載した『1815“ウォルター・ランゲへのオマージュ”』が発表されたことは感慨深い。そのSSケースのユニークピースは、5月にフィリップスのチャリティオークションに出品される。この動向にも注目しつつ、改めて氏の冥福を祈りたい。

一方、昨年秋にこの世を去った偉大な時計師のことも、ずっと筆者の心に引っ掛かかっていた。ロジェ・デュブイ氏、その人である。今回のSIHHのロジェ・デュブイ周辺には、取り立てて創業者を偲ぶような雰囲気は感じられなかった。逝去からあまりにも日数が経っていないことで、十分な準備が出来なかったのかもしれない。近い将来、その功績を称える新作が登場することを期待したい。

去る人があれば、新たに来る人があり、受け継がれるもののなかに、また新たな予兆が芽生える。2018ジュネーブウォッチウィークは、そんな移ろう“時”を感じさせながら、幕を閉じたのだった。


Text=まつあみ 靖