パネライを手首に巻く、水深139mに辿りついたフリーダイビング界のレジェンドとは?

プロフリーダイバー、ギョーム・ネリー。過去に4度の世界記録を更新したフリーダイビング界のレジェンドは、現在、パネライのアンバサダーを務めている。その彼に雑誌「ゲーテ」編集長・二本柳陵介は素潜りを教わるという、なんとも贅沢な機会を得た。なぜ彼は潜るのか、そして、彼にしか見えていない風景を少しでも知るべく、南仏の港町アンティーブに向かった。

恐れがあるからこそ、生きている実感が得られる

空を見上げ、肺と対話をするかのように呼吸をしていく。左手でロープを持ちながら、無駄な力を身体に入れず、精神を統一する。次の瞬間、身体をゆっくり回しながら、頭から海深くへと落ちていった。やがて、濃紺の海にギョーム・ネリーの身体がまるで溶けていくかのように見えなくなってしまった。

素潜りの前に、3 分ほど呼吸と心を整え、神経を研ぎ澄まし、50m潜っていった。

それから数分後、ネリーが戻ってきた。ただ、ゆっくりと海に身体を委ねているかのようだった。

海面に出て、酸素を補給した彼の手にはいくつものお土産が握られていた。「ここの深さはだいたい50m。これは海底にあった貝殻だよ」。彼はそういって、お土産を手渡してくれたのだ。

フリーダイビング史上、最も深いところまで潜った

ギョーム・ネリーは、プロのフリーダイバーである。14歳でこの競技に惹かれ、2002年の20歳の時に、史上最年少で水深87mの世界新記録を樹立した。以降、96m、109m、113mの世界新記録も達成。2011年には117m で世界チャンピオンになった。2015年には129mに挑戦したのだけれど、運営側のミスで139mまで潜ったという。これは公式記録にならなかったのだが、ダイビング競技史上、最も深いダイビングといわれている。

現在は、競技を引退したが、さまざまな活動を行っている。代表的な作品のひとつに、歌手ビヨンセのために制作されたミュージックビデオ「Runnin’」への出演がある。これは世界中で視聴され、ネリーの名が広まったキッカケのひとつとなった。

6月3日の朝、私はネリーが待つニースの公園に向かった。そこで彼に呼吸法を教わり、近くにあるヨットハーバーへと移動した。ウェットスーツに着替え、腰に重しを巻いて小さい船で海に出た。

ダイビングポイントに着き、呼吸を整え、素潜りに挑戦してみた。正直、10mくらいはいけるのではないか、と考えていたのだけれど、入って4mくらいで耳への圧力が相当強くなり、うまく耳抜きができなかったので、ほんの5mほどで水面に戻るしかなかった……。情けない。

闘争心やライバル心はまったく必要ではない。

水面に帰ってくる残り30mが一番きついという。なるべく落ち着き、身体を海に委ねて、ゆっくりと浮上する。

――ネリーさんのダイビングを映像などで拝見すると、その美しさに目を惹かれます。やはり美しさを意識していますか?

「身体的な美しさはもちろん、波の動き、海洋生物との出合いなど、海の美しさと調和することを意識しています。また、美しい身体の動きというのは、無駄な力がかかっていないという証明でもあると思います」

――日々、どんなことを念頭に置いて生活と訓練を続けているのですか?

「常に新しい技術や経験を探して、試すようにしています。クリエイティヴであることが私のこだわりで、そうすることによって情熱とモチベーションも保つことが可能なのです。トレーニングもある程度同じことを繰り返すものですが、そのなかでも何かしら新しいことが生まれますし、それを感じ取れるようにしています」

――海の深くに潜った時に、どのような感覚を得ているのですか?

「海に挑んでいるというよりは、海の中を飛んでいるような自由と楽しさを感じますし、海との一体感は、平穏な気持ちをもたらしてくれます」

――この競技は、他のスポーツと大きく違って「闘争心」や「ライバル心」が不要だと聞いたことがあります。他者や記録を意識すると、脳の酸素消費量が増えて、パフォーマンスが落ちるものなのでしょうか?

「まったくそのとおりなんです。ダイビングは自分との戦いです。自分がベストを出しても他の競技者がそれを上回る結果を出せば、自分にはどうすることもできない。水の中では水圧、暗さ、冷たさに打ち勝つことが必要で、誰かに勝つことではありません。フリーダイビングとは、自然との対話であり、自分自身の限界を押し上げる挑戦なのです」

――実際にほんの少し潜っただけでも、強い恐怖を覚えました。恐怖について、どう対処してきましたか?

「恐れ、もゲームの一部です。若い頃は恐れを避けて、恐れていないふりをしていました。でも、恐れがあるから注意深くなれるし、生きている実感がある。それに無茶もしなくなる。重要なことは、恐れに支配されないこと。恐れに支配されると、身体が酸素を消費しすぎてしまいます。恐れに向き合い、しっかりリスクに対する準備をすることが重要です。恐れのなかには、思い描いていたようなベストな結果が出せないかもしれないという類いのものもありますが、チームのみんなとリスクを最小限に抑えられるようにしてきました。私は水の中では、息を止める、時を止める、考えることを止める、そして正直であるようにしています」

――ネリーさんにとって、パネライの魅力とは何ですか?

「地中海で生まれたパネライとニースで生まれた自分とは、同じDNAを持っていると感じています。アンバサダーになれたのは誇りですし、責任もある。パネライが築いてきた歴史や伝説を引き継いで伝えていきたい。時計には信頼性を求めています。地上でも水中でも変わらず身につけているのは時計だけです。3月には氷の下に潜ったし、その翌月には暑い海で潜った。パネライは自分の一部であり、最高の相棒なんです」

ボサボサの髪型で少年のようなダイバーは、そう言いながらパネライを愛おしそうに眺めていた。


GUILLAUME NÉRY
1982年生まれ。フランス・ニース出身。プロフリーダイバー。2度フリーダイビング世界チャンピオンになり、4度世界新記録を樹立。2015年に競技は引退したものの、さまざまなジャンルで海の魅力を伝え続けている。オフィチーネ パネライのアンバサダー。@guillaumenery


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Text=二本柳陵介(本誌編集長)