"なんでも鑑定団の時計担当"に学ぶ手巻き式クロノグラフ入門【ヴィンテージウォッチガイド⑤】

時短とは無縁。手間暇を惜しまず掘れば掘るほど面白くなるヴィンテージウォッチの魅力を、さまざまな角度から掘り下げる本企画。テレビ東京「開運!なんでも鑑定団!」の鑑定士としても知られるケアーズ会長・川瀬友和さんをゲストに迎え、ヴィンテージならではの醍醐味が味わえる“手巻き式クロノグラフ”について話をうかがった。


小ぶりなサイズ感が魅力の手巻き式クロノグラフ

手巻き式のクロノグラフは、ヴィンテージウォッチの中でも最も奥が深いジャンルのひとつだと言われ、その鉱脈は掘り尽くせないほどの幅と奥行がある。

「ヴィンテージウォッチを熱狂的に収集している方々の中には、“クロノグラフ好き”が非常に多いです。彼らがクロノグラフに魅了されているポイントとして外せないのが、その当時ならではの作りのよさが感じられる“手巻き式のムーブメント”なんですね」

手巻きであるか、自動巻きであるべきか。機械式時計の製造において、そこでの正解は一概には言えないが、機能を司る心臓部のムーブメントが外装やデザインに与える影響は極めて大きい。

「自動巻きのクロノグラフは、ただでさえ分厚いクロノグラフ専用ムーブメントの上にローターが重なるため、少なからずケースに厚みが出ます。これに対して、手巻きの場合、ムーブメントの厚さをかなり抑えられるため、時計全体をコンパクトにまとめることができます。つまり、手巻きが中心の1970年代以前のクロノグラフが小ぶりである理由は、そこにあるのです」

ブライトリングとの蜜月を物語るヴィーナスの名機

クロノグラフのコレクターは、いわゆる“ジャケ買い”に近い感覚で搭載されているムーブメントの製造会社で時計を選ぶことが多い。その中で外せない2強が、バルジューとヴィーナス。どちらも錚々たるブランドにクロノグラフ専用ムーブメントを提供してきた名門中の名門である。

「ブライトリングはヴィーナス社のムーブメントを長い間にわたって採用し続けていたことで知られています。こちらはクロノマットの2ndです。1942年頃に登場したファーストモデルは非防水でしたが、このモデルからスナップ式の防水ケースに変更しています。現行モデルとの根本的な違いは、心臓部を支えている手巻きムーブメントの存在に尽きるでしょう。搭載されているのは、ヴィーナスの名機Cal.175です。右側のインダイヤルは45分の積算計。当時のパイロットたちは回転計算尺を使いこなすことで、クロノグラフの機能をフル活用していたのです」

パイロットウォッチとして誕生したクロノマットとは、計算尺がついた回転ベゼルと45分の積算計を搭載するクロノグラフ。2ndモデルは、普段できる実用性と親しみやすいデザインが人気。このほかにブラックの文字盤がある。 1960年代製、手巻き、SSケース、径37mm、¥650,000
今はなきヴィーナス社の名機Cal.175は、クロノグラフ好きなら誰もが知る傑作ムーブメントのひとつ。2カウンター専用で高級機らしいピラーホイールを使用しているが特徴。  

幅広いブランドから見つかるバルジュー製のムーブメント

続いて登場するのは、パテック フィリップやロレックスなどの高級ブランドがこぞって使用していたバルジュー社のムーブメントを搭載したボヴェのクロノグラフ。

「ボヴェも数多くのクロノグラフを手掛けていたブランドです。基本的にヴィンテージのクロノグラフは、年代が古ければ古いほど防水性に難がありがちですが、このモデルは裏蓋がスナップ式の防水構造のケースであるため、普段使いに適しています。本題に入ると、タキメーターとテレメーターを同時に表示する複雑な文字盤を用いています。搭載されているバルジュー社のCal.84は、ストップウォッチの計測中に簡易的な操作で中間タイムを計測することができ、稀少性という視点からも注目に値する機構です。また、一般的に『バルジュー=高級機』というイメージが浸透していますが、実は無名のメーカーでも数多く見掛けられます。そこでのクオリティの差とは構造の違いというよりも仕上げにありますね」 

いかにもツウ好みなボヴェのクロノグラフ。この年代の時計らしく非常に手が込んだ文字盤のデザインにも注目したい。紹介した3本の中で一番大きなケースサイズであり、ベルトの幅が太いことから一段と大きく見える。1940年代製、手巻き、SSケース、38径mm、¥1,280,000 
簡易的な操作で中間タイムが計測できるバルジューのCal.84。「稀少性」という視点からも注目に値する機構である。  

超複雑機構を搭載する傑作トリコンパックス

川瀬さんが選んでくれた3本のクロノグラフの中でも別格の人気を誇るのが、ユニーバーサル社のトリコンパックス。ロングセラーであったことに加え、マイナーチェンジを繰り返したことから多くのバリエーションが存在する。

「当代切っての実力派のマニュファクチュールであったユニバーサルは、名門ロンジンと並び、この当時ではめずらしい自社でクロノグラフ専用ムーブメントを開発できる数少ないブランドでした。クロノグラフ、トリプルカレンダー、ムーンフェイズの3つの複雑機構を備えたトリコンパックスは、ヴィンテージのクロノグラフマニアなら知らない人はいない定番です。こちらのピンクゴールドケース製のモデルは、数あるトリコンパックスの中でも極めてレアな1本だと言えるでしょう。スクリューバックの防水ケースであること、“スモールプッシュ”と呼ばれる極小のプッシュボタンも、このモデルの特徴的なディテールであり、ヴィンテージウォッチとして評価に繋がる見逃せないポイントです」

クロノグラフマニアの登竜門的なモデルとして不動の人気を誇るトリコンパックス。現代のクロノグラフと比べ、明らかにコンパクトなサイズであることから、ドレスウォッチのような感覚でコーディネイトに取り入れることができる。1950年代製、手巻き、18KPGケース、径34.5mm、¥2,000,000  
心臓部を支える手巻きムーブメントCal.281。小型のムーブメントであるからこそ、このような絶妙なサイズ感が生まれる。



ケアーズ森下本店
住所:東京都江東区森下1-14-9
TEL:03-3635-7667
営業時間:10:00~19:00(月~金曜)、11:00~19:00(土曜・日曜・祝日)
休み:水曜(祝・祭日を除く)
https://www.antiquewatch-carese.com/  


Tomokazu Kawase
1957年東京生まれ。1989年、地元の江東区・森下でケアーズを創業。以来、30年以上もの間、厳選したヴィンテージウォッチのセレクションと自社に工房を構える独自のスタンスが内外で支持されている。現在は同店の会長に就任。テレビ東京「開運!なんでも鑑定団」の鑑定士としても知られている。  

Text=戸叶庸之 Photograph=江藤義典