あるF1レーサーが結んだ、マックイーンとホイヤーの絆【名優の時計愛物語】

百人の時計愛好家がいれば、そこには百の物語がある。 では、時計好きで知られている人たちは、いったいどんな時計に惚れこんでいたのだろうか。時計ライターの名畑政治氏が実体験をもとに、 時計を愛したあの伝説の男たちの知られざるエピソードを掘り起こす。


傑作レース映画に登場するホイヤーの名作クロノグラフ

熱心なカー・エンスージアストとして知られた映画俳優のスティーブ・マックイーン。彼が情熱と資産を存分に注いで完成した映画が、1971年公開の『栄光のル・マン』だ。

この傑作映画は時計愛好家も必見。何より興味深いのは、マックイーン扮するカー・レーサー、マイケル・デラニーが着用する腕時計が、ホイヤー(現タグ・ホイヤー)の名作クロノグラフ「モナコ」であることだ。

このマックイーンに多大なる影響を与えたのが、’69年にホイヤーと契約したスイス出身のF1レーサー、ジョー・シフェールである。

シフェールはスイス・フリブールの生まれ。21歳で125㏄のイタリアン・バイク「ジレラ」でレースに初参戦。’59年には350㏄クラスでスイス選手権に優勝し、翌年、四輪レーサーに転向。ジュニア・フォーミュラのヨーロッパ・チャンピオンとなった。

そして’62年にはプライベーターとしてF1に参戦して着実にキャリアを積み上げ、’68年のイギリスGPではスイス人初のF1優勝者となった。

これに注目したのが、他ならぬホイヤーだった。当時、時計の機能性向上のための実験場、あるいはマーケティング戦略の重要ポイントとしてモーター・スポーツに着目していたホイヤーは、’69年に地元スイス出身のシフェールと契約し、レースへの積極的なサポートを開始したのである。

そして、ホイヤーとシフェールのサポートを得て制作されたのが『栄光のル・マン』だった。

『栄光のル・マン』でのマックイーンはシフェールにうりふたつ。ジャケットのストライプやパッチの位置など、まるでコピーといってもいいほどだ。また、「モナコ」の着用も、契約ドライバーであるシフェールがマックイーンにアドバイスしたと伝えられる。

また、この映画のためにマックイーンのプロダクションはシャシーナンバー022の「ポルシェ917」を購入したが、他にシャシーナンバー024の917も使用。これはシフェールの個人所有だった。

レース映画の傑作として語り継がれる『栄光のル・マン』。その陰にはマックイーンが憧れた、ひとりのスイス人レーサーの姿があった。

※参考文献「スポーツカープロファイルシリーズ① ポルシェ」(檜垣和夫著 二玄社)


TAG HEUER
モナコ ホイヤー キャリバー11 クロノグラフ
1969年3 月3 日にジュネーブとニューヨークで同時発表された世界初の角形自動巻きクロノグラフ「モナコ」を、現代のテクノロジーで忠実に復刻したモデル。

自動巻き、SSケース、 サイズ縦39×横39mm。¥630,000(LV MHウォッチ・ジュエリー ジャパン タグ・ホイヤー TEL 03-5635-7054)


Steve McQueen
1930年アメリカ・インディアナ州生まれ。’52年、ニューヨークで演劇を学ぶが、’55年、ハリウッドに移る。’56年、ポール・ニューマン主演の『傷だらけの栄光』の端役で映画デビュー。’58年には『マックイーンの絶対の危機(邦題:SF人喰いアメーバの恐怖)』で主演デビューする。その後、数々のヒッ
ト作に出演。’80年、死去。


Text=名畑政治 Illustration=芦野公平