探し求めたレベルソに託した三國連太郎の夢とは?【名優の時計愛物語】

百人の時計愛好家がいれば、そこには百の物語がある。 では、時計好きで知られている人たちは、いったいどんな時計に惚れこんでいたのだろうか。時計ライターの名畑政治氏が実体験をもとに、 時計を愛したあの伝説の男たちの知られざるエピソードを掘り起こす。 


念願叶って手にした「レベルソ・デュオ」

スイスでの取材を終え、チューリッヒ空港で帰国便を待っていた1996年5月のとある日、空港内の時計店で、あの人物が時計を購入するのを目撃した。それが名優・三國連太郎さん。私はそれを見て、三國さんが、どんな時計を手に入れたのか取材したいと考えた。 

だが、三國さんのようなビッグネームの場合、正攻法で取材を申しこんでも事務所が許可しないことが多い。だから、私は一計を案じた。それは三國さんと懇意のカメラマンに取材をお願いすること。私は以前からそのカメラマンに大変お世話になっており、三國さんのご自宅にも何度か一緒にうかがったことがあったのだ。
 
そこでカメラマンに連絡すると三國さんもあっさり了承。早速、ご自宅を訪ねた。

まず三國さんと時計の関わりを聞き、やがて空港で入手したモデルの話となって、それがジャガー・ルクルトの「レベルソ・デュオ」だとわかった。聞けば三國さんにとってレベルソは、ずっと気になる時計だったという。

「レベルソはずっと探していて。親しい友人たちに『見つけたら買ってきてくれ』と頼みましたが、見つかりませんでした」

そこで似たような他社のレベルソ・タイプを入手したのが、やはり三國さんはそれでは満足できなかった。

「これはこれで悪くはないのですが、やはり本物がいいかな、と。そう思っていた時、とうとう発見したのです。ドイツでの仕事の帰国便がスイス航空だったので、チューリッヒで乗り換えのための空き時間ができたんです。そこで空港内の時計店を覗くと、このモデルがありました。以前から探していたとはいえ、ほとんど衝動買いですよ」

そういえば、三國さんは、こんなことも話してくれた。

「なんでもレベルソには毎年、限定品が出るそうですね。僕はあれを毎年ひとつずつ買っていったら楽しいかな、と思っています。あるいは映画を1本撮り終えた記念に違ったモデルを買うとか。今、僕はちょっとそんなことを考えております」

もう三國さんにうかがうこともできなくなってしまったが、果たしてその夢はかなえられたのだろうか?


JAEGER-LECOULTRE
レベルソ・クラシック・ミディアム・デュオ・スモールセコンド

三國さんがチューリヒ空港で入手した「レベルソ・デュオ」の現行がこちらの「レベルソ・クラシック・ミディアム・デュオ・スモールセコンド」。基準時間と第2 時間帯の時刻を知ることができる。

手巻き、SSケー ス、縦42.9×横25.5mm。¥930,000(ジャガー・ルクルト TEL 0120-79-1833)


Rentaro Mikuni
1923年群馬県太田市生まれ。本名は佐藤政雄。’51年、木下恵介監督の『善魔』で映画デビュー。この時の役名を芸名とする。以後、’56年の『ビルマの竪琴』、’65年の『飢餓海峡』’76年の『犬神家の一族』など180本以上の映画に出演。徹底した役作りで名優としての地位を確立。2013年、急逝呼吸不全で死去。享年90歳。


Text=名畑政治 Illustration=芦野公平