時計技術と工芸技術の美しき融合
カシオにおいて、「メタルアナログウォッチ」のジャンルをけん引してきたのが、2004年11月にスタートしたオシアナス。ブランド名の語源は、ギリシャ神話における“海の神”を意味するオケアノスにあり、発足当時から美しいブルーをテーマカラーとしてきた。
カシオが得意とする高性能&高機能を追求するだけでなく、薄型ケースの洗練された造形美や、ブルーの表現にもこだわってきたのが特徴で、最高峰ラインである「マンタ」では、日本の伝統工芸とのコラボレーションを強化している。なかでも好評なのが蒔絵シリーズだ。’21年の6月に「水の煌めき」をイメージした第一弾モデルが誕生し、その繊細な表現で話題となった。そして’22年の10月には、水の躍動感を表現する蒔絵第二弾モデルとして「OCW-S5000MB」をリリースしている。
第一作に続き、二作目も蒔絵を担当したのは、京蒔絵師の下出祐太郎氏。1912年に創業された蒔絵工房「下出蒔絵司所」3代目である下出氏は、伝統技法を受け継ぎ、神祇調度蒔絵、御神宝制作などに携わってきた。
そもそも蒔絵とは、東アジアにしか植生のない漆の樹液を用いた、日本独自に発達してきた伝統技法で、漆器の表面に漆で絵や文様を描き、その上に金属粉を蒔いて美しく表現した伝統工芸である。その歴史は古く、奈良の正倉院には7世紀につくられた作品が残されている。そして技法として確立されたのは平安時代というから、およそ1200年以上にわたってその伝統と技術を継承してきたということになる。
伝統×最先端。
ハイブリッドされて生まれた
「カシオが、伝統工芸と時計を積極的に結びつけようとしていることは知っていましたし、私のところに話があった時にも面白い試みだと思いました。しかし蒔絵を深く知らずして、時計のデザインはできません。そこでカシオのデザイナーさんたちに京都迎賓館の私が手がけた作品をご覧いただきました。そこからデザインを考えてくださいました。それが第一弾モデルですね」と下出氏。
しかしそもそも蒔絵は漆器に対して施すものであり、透明なサファイアクリスタルガラスに対して蒔絵を施すというのは、極めて異例なことであった。
「模様を漆で描き、それを接着剤として金やプラチナの粉末を蒔き、さらに上から漆で塗り固めて木炭で研ぎだすのが通常の工程ですが、漆は樹液ですから透明ではない。しかも強度のことも考え、サファイアクリスタル製のベゼルの裏側に蒔絵を施し、それを表側から見るというつくりになりました。ですので、新たに開発した透明の樹脂を使っていますし、蒔絵自体も反対側から見た際の仕上がりから始めた逆工程を施すなど、完成形をイメージしながらの難しい作業になりました」
第一弾モデルは、技術も素材も試行錯誤しながらの作業だったが、そこで得たノウハウを生かした第二弾モデル「OCW-S5000MB」は、工房で何度も実験を重ねることで、さらに時計×蒔絵の技術の精度を高めていった。完成形をイメージし、そこからさかのぼって作業工程を組み立てていくロジックは、今までの蒔絵の技法とはまったく異なっている。しかも透明の樹脂やブルーの蒸着といった新技術を取り入れた「OCW-S5000MB」は、まさに伝統と最先端技術によるハイブリッド時計なのである。
伝統工芸のエッセンスを巧みに表現する
OCW-S5000MBでは、サファイアクリスタル製のベゼルにプラチナ蒔絵を施して、滝が巻き上げるしぶきの躍動感を表現している。そしてダイヤルには、流れ落ちる水をイメージした縦ラインのモチーフが入る。これは伝統的な漆芸技法のひとつである螺鈿をイメージしており、鏡面仕上げで輝きを高めた白蝶貝の板の上に、スリット状の隙間をあけたダイヤルを重ねることで表現している。
「本来の螺鈿技法であれば、もうちょっと貝の存在感が欲しいところですね。しかし時計の文字盤として考えると、この穏やかな表情のほうがバランスは取れています。螺鈿に対する新しい解釈も面白いですね。私たちが螺鈿細工を行う場合、貝を0.3㎜幅くらいに手作業で切っていくわけですが、どうしても限界があります。しかし『OCW-S5000MB』では、うまく機械化してデザインしている。天然素材を利用しながら、ある意味で手仕事を超える表現をつくる。それもひとつの在り方でしょう」
“伝統”があるからこそ、新しい表現が生まれる
伝統工芸の世界は、歴史を重んじる。それはもちろん正しいのだが、そこに固執することはない。伝統とは革新の繰り返しであり、新しい価値を取り入れなければ、時代を乗り越えることはできない。
「オシアナスの『OCW-S5000MB』は、工業的につくられる高精度な時計ですが、そこに私たちが使っている伝統的な材料や技法を融合させるというのは、素晴らしい発想です。そして工業製品としての一寸違わぬ技術と仕上がりのなかに、一品制作の私たちの匠の技が入る。いうなれば”芸術的な豊かなばらつき”を加えることができたのではないでしょうか」と下出氏は語る。
伝統工芸品は、時を経るごとに価値が上がっていくものだ。一方工業製品は、完成した時が最も価値がある場合がほとんどである。だからオシアナスは、精密な工業製品に伝統工芸技術を加えることで新しい価値を創造するのだ。
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TEXT=篠田哲生
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