トゥールダルジャン 東京のシェフが栄誉あるM.O.F.を受章! そのM.O.F.て何?

1582年から続く長い歴史と無数の逸話を持つパリの名店、「トゥールダルジャン」。その世界で唯一の支店である東京店の歴史に、今年、新たな1ページが加わった。去る5月、エグゼクティブシェフのルノー・オージエ氏がマクロン大統領からフランス料理界最高峰の称号である「M.O.F.(エムオーエフ)」、すなわちフランス国家最優秀職人章を授与されたのだ。


M.O.F.とはフランス版人間国宝

「M.O.F.」とは、フランスがあらゆる分野の伝統を継承してゆくために、20世紀初頭に設立した章のこと。評価の対象となる分野は、料理、帽子、傘、時計、木工など約180に及び、日本の人間国宝にも例えられている。受章者の平均年齢は50代で、37歳のオージエシェフは2019年度の料理部門の最年少だとか。しかも日本在住のシェフがM.O.F.に選ばれたのは37年ぶりで、今世紀初の快挙だという。

オージエシェフの身を包むトリコロール色の襟のコックコートと金色のメダルは、見る人にはひと目でわかるM.O.F.の証。メダルの中には、「joie(幸せ)」と「travail(仕事)」という2つの言葉が刻まれている。

「『仕事を通して幸せになる』という意味ですね」と言って破顔するオージエシェフに、受章前後の変化を尋ねると、こう答えてくれた。

「M.O.F.は、料理人にとっては最高の栄誉です。過去のM.O.F.の中には、ポール・ボキューズ氏やジョエル・ロブション氏といった偉大なシェフたちが名を連ねています。そういう先輩の仲間に入ったことで、自身の責任を強く感じるようになりましたね。これまで自分が色々な先輩から教わってきたことを後輩にしっかり伝えていかねばならないと、自覚を新たにしています」

M.O.F.の審査が行われるのは4年に1度で、選考は4回。今回の受章者は、753名中の7名だ。狭き門をくぐり抜けるまでの過程は、一体どんなものだったのだろう?

「選考過程には仏語・英語・数学の試験も、面接もあります。最終試験の実技に関しては、2週間前に与えられる課題に対して、自分でレシピを考えるところから勝負が始まります。私は最初の1週間はレシピをまとめることに専念し、次の1週間は制限時間内に作るトレーニングに費やしました。パリ本店の厨房で、朝から晩まで練習しましたよ」(オージエシェフ)

実技の際は、料理の腕だけでなく、人間性も評価される。そのため、実技では他のシェフと1台のオーブンをシェアして使わねばならないし、さらに忙しい時には学生アシスタントがわざと頓珍漢な質問をするように仕組まれている。それは、シェフのとっさの対応が適切かつ紳士的であるかどうかをみるためだ。

フランスでの受章時のオージエシェフ。

「シェフは優しすぎてもダメですし、もちろん暴力的でもダメ。5時間半の時間内に料理を仕上げる能力と共に、技術だけでなくクリエイティビティ、オリジナリティ、そして人間性までも試されるのがM.O.F.の試験なのです」。そう説明するのは、日本代表総支配人のクリスチャン・ボラー氏。オージエ氏にM.O.F.へのチャレンジをすすめ、影になり日向になり支えてきた応援者だ。

「『トゥールダルジャン』は、単なるレストランではなく、フランスと日本の架け橋です。ですから、フランスで本当に認められた、最高峰のシェフが活躍していくことが大切です。私は彼の育った環境や経歴を鑑みて、彼こそフランス料理の伝統を伝えられる人物だと思いました。だからM.O.F.に挑戦することをすすめたんです」(ボラー氏)。

オージエ氏の故郷は、フランスの昔ながらの文化が残る、グルノーブル地方の小さな村。そこで祖母が営むオーベルジュを遊び場のようにして育ち、ラグビーなどのスポーツに励んできたオージエ氏には、生粋のフランス人として伝統を継承する資質があるはずだ。ボラー氏は、そう看破したのだろう。

伝統に対する考えをオージエ氏に尋ねれば、「伝統とは進化していくもの。なにも石炭や薪を使って料理をするということではなく、伝統の芯を取り入れることが大切だと思っています」という答えが返ってきた。

"伝統の芯"とは?と思ったならば、「トゥールダルジャン」の名物「幼鴨のロースト マルコポーロ」を食べてみるといいだろう。

本店でも愛され続けるこの料理は、フランス最高峰の鴨肉の生産者として知られるビュルゴー家の鴨肉のローストに、4種類の胡椒を使ったオリジナルのソース"マルコポーロ"を添えたもの。かつてこれを食べたことがある方ならば、鴨肉の旨みと胡椒の香りが、今まで以上にしっかりと楽しめるようになったことに気づくはずだ。これこそまさに、時代とともに進化する伝統料理の一例である。

『トゥールダルジャン 東京』は今年で35周年。オージエシェフは目下、35周年のためのレシピを考えているところだという。華麗なる伝統のアップデートをしかと見届け、味わいたいものだ。

トゥールダルジャン 東京
住所:東京都千代田区紀尾井町4-1 ホテルニューオータニ 東京 ザ・メイン ロビィ階
TEL:03-3239-3111
営業時間:17:30~L.O.20:30 ※ランチは不定期開催
休み:月曜
料金:コース¥18,000~
http://www.tourdargent.jp/


Renaud Augier
1981年フランス グルノーブル出身。数々の三ツ星レストランで修業を重ね、トゥールダルジャン パリ本店を経て、2013年春に世界唯一の支店であるトゥールダルジャン 東京のエグゼクティブシェフに就任。32歳という若さでトゥールダルジャンのそれぞれの時代を担ってきた偉大なシェフたちの歴史に新たに加わった。


Text=小松めぐみ Photograph=太田隆生