食べログフォロワー数日本一・川井 潤の 「違和感の多い料理店」最終回

過去に広告代理店のマーケティング部門に在籍し、さまざまな食のプロジェクト(伝説のテレビ番組「料理の鉄人」のブレーンも!)を担当。現在は日本一の食べログフォロワー数を誇る、食に精通した筆者が、昨今のレストランや食のあり方に感じる違和感、そして変化のあれこれを綴るシリーズ。  


世界へチャンス。店と客は良きパートナーでありたい。

かつて北大路魯山人が共同経営していた星岡茶寮は「星岡茶寮の会員にあらざれば日本の名士にあらず」と選ばれし会員の特別感を醸し出していたようだ。

最近の人気料理店も予約が取りやすい人と、取れない人、つまりは食べられる人と食べられない人とに段々と分かれてきている。昔から多かれ少なかれそうであったのかもしれないが、基本はお金を使う人、昔からの常連、店とツテを持つ人が優先。品位ある紳士や名士であってもこうした条件が整わないと性格が良いだけでは受け付けてくれない。僕の知人で地方にいるステキなオジ様は東京人気店の直近予約が取れないため、相当前からスケジュールが決まらない限り食事を楽しみにすること自体を諦めたそう。ひたすらホテルで食事をする事にした。なんだか残念な話。もっと可能性を増やしてあげたい。

店側が客を選ぶ形が強くなって来ていて、気づかないうちに客側が予約を取らせてもらう、という卑下した形になっている事も多い。どうなんだろうなぁ、僕的には決してお客様は神様ではないと思うが、かといってお店様様でもなく対等の関係だと思うのだが。需給のアンバランスな関係がいくつもの違和感を生み出していると思う。

京都の人気料亭を訪ねるといくつかの店でアウェイ感を感じる事がある。東京在住の僕ら以外の地元客と料理人さんとで京都の中の話、芸妓さんの話をしていて、会話に入れない。こちらの様子を探りながら『あなたはんは仲間はずれどすえ』ってな感じの結界を張られ閉鎖されたコミュニティが作り出されている風に感じる。こういう店に媚びるつもりはないが、それでもなんとか話題を作ってみて、雰囲気に馴染めるか試してみるが、そこに気を取られていたら料理の味を楽しむどころの話ではない。

残念ながら店の作る雰囲気が自分と噛み合わなければ次にリピートすることはまずない。店が客を選んでもよいが、楽しく食事できるように空気を作るのは店と客のお互いの役割だと思う。だが残念ながらそうでもない店が増えている。

最近、相談し話し合うという機会すら店とは失われているケースもある。銀座の有名和食店のランチコース予約時でのケース。「ウチは11時半と13時スタートの2回転なので、お客様の希望する12時にはお受けできません」と結構冷たく言われ、『え? 日本人のランチタイムとして当たり前の12時がダメ……』と凹んだ経験がある。電話口の女将の口調はけんもほろろ。客の相談に乗る様子もなく、取りつく島もない。一切の融通はきかない。この店、これまでに何度か夜に利用したことがあったが、楽しく食事ができる感じがしなくなったのでこの件で縁が切れてしまった。お互いに努力してコミュニケーションを取るのは当たり前だと思うのだが。

店と客のコミュニケーション。楽しいはずの食事が気楽ではなくなってきたなぁ……。

「はい……」。正月休み明け早々に港区のレストランに電話を入れると、ちょっと、引き気味で電話に店主が出てきた。ミシュラン星獲得店。「初めてですか……?」と聞かれて、『ん? どんな人間か、様子を探ってるのかな?』と思って「はい、○○さんから、良いお店だと聞いて電話しました」と答えると、安心したようで急に対応が変わり、案外積極的な感じになった。

最近は店側もこちらの様子を探ったり大変だが、客側も普通に日時だけいえばスムーズに予約できるものでなく、ちょっと気を遣う。確かに客側にも変な人もいるらしい。「予約したいんですけど、3人から5人で、18時~20時の間には行きます」……。これでは確かに予約にならない。店側が怪訝な態度をとるのもよくわかる。

「ネットや電話帳には書いてあるんですけど、店の電話は取らないんです」「だから時々直接店に来ちゃう人もいて……困るんです」と公言はばからない店主も結構存在する。んー、どうなんだろ、電話番号が公開されているにも関わらず何度かけても連絡つかなければ、直接店に行ったろ、と客が思う気持ちも分からなくはない。それは店としては困るらしい。じゃあどう連絡するかは、最低限ルールを決めてホームページなりなんなりに公告して対応準備しておいて欲しい。対面型のサービス業なのだから。予約は店への最初のきっかけなのだし、お互いがキチンとコミュニケーションが取れるように仕組み作りには気を回して欲しい。

いつでも好きな日に使える自分の店を持つオーナーもいるが、最近はお金持ちが普通の予約困難人気店に一部資金を出して自分が使いやすくするケースも出てきている。優先的に入れたり個室が用意されているケースが多い。つまりはご自分と自分周辺の人たち優先のおもてなし用。銀座の和食屋さん、お寿司屋さん、港区のお寿司屋さん、出資者が集まって会員制を敷いている港区、渋谷区の店などがそう。

明治時代、初代総理大臣伊藤博文などは懇意だった民間の店、三田の「東洋軒」を核に次々と料理人を海外に研修派遣させていく。その結果が現在にも脈々と西洋料理への影響を残している。今年リニューアルで注目の「東京會舘」、その初代料理長の今川金松氏も、「資生堂パーラー」の初代料理長飯田清三郎氏もこの伊藤が応援した東洋軒から輩出している。お大尽の遊ぶ花柳界あたりもその後、出前料理を発展させるのにひと役かっている。

個人のお金持ちや要人が専属料理人を雇っていたケースもあった。当時は自分の為の毒味も含め信用できる料理人から食事をとりたい、という意味合いも強かったようだが、小島種三郎氏は元々「築地精養軒」で修行、第3代総理大臣山縣有朋に認められて専属料理人になった人。その後彼は人形町「小春軒」を開業、その時に作られた元祖「カツ丼」などは今でも僕らが普通に口にすることができるメニューになって残っている。

淡路町にある洋食屋「松榮亭」の初代、堀口岩吉氏は明治時代にドイツから東京帝国大学に招聘された講師のフォン・ケーベル博士の専属料理人だった人。夏目漱石と幸田 延(露伴の実妹)に思いつきで出した「洋風かき揚げ」は今でもこの店の人気メニューだ。

そう、明治時代は公爵、子爵などの華族やお大尽、政界トップクラスが食べていたものがその後庶民に流れて行って日本の食文化の一翼を担う事になっていった。ヨーロッパも同様で貴族が食べていたものがその後庶民に普及していく。

先述の資金を出して腕の良い料理人をお抱えにし始めている方達へのお願いだが、単純に自分の席確保のような小さい話ではなく、伊藤博文、山縣有朋、当時のお大尽のように今後の新しい時代の食文化を創造するくらいの気持ちで資金提供を考えてくれるとその投資が将来を明るくさせる。例えばその資金で料理人さんが余裕を持ち、休みが増え、良い食材や生産者に出会うために全国を周って視察できたり、海外に研修に行けたりとか。さらなるステップアップのために勉強できる環境を提供する事を考えて欲しい。

海外に店舗展開する投資家と料理人もただ値段を高くしても外国人客が利用するという計算だけでなく、日本人の作り出す料理が世界に認められひいては日本ファンが世界に増える工夫をして欲しい。結果それが一度本場日本に行って食事をしたいとインバウンドに繋がり新しい文化創出にもなるのだから。

日本の料理界のこれからのために投資が役に立つのならステキなのだけれど、今のままではそうは行きそうもない。世界から高い評価を得始めている今だからこそ、日本の料理界と料理人さんがリスペクトされるチャンスだと思う。

そんな応援団になりたいと思って昨年から連載をさせていただいた。その中でこの業界を外から見て気づいた事、直した方が良いと思ったことを書かせていただいた。だが未だにパワハラやら一旦出した料理の再利用話やら程度の低い噂も聞こえてくる。料理人さんの立ち居振る舞い、そこに来る客自身のマナー、相互が一緒になってリスペクトされる料理界がしっかり出来る事を期待したい。

連載のお陰で料理人さんたちの目安箱のような意味合いもできたようで、料理界の課題や意見も内部からもたくさんいただいた。この誌面を借りて感謝いたします。ありがとうございました。

食周りのことで違和感はまだまだたくさんある。取り上げるべきタイミングがまた来たら再度連載を再開したいと思う。ここまで読んでいただき感謝しています。ありがとうございました。

おわり

参考文献
※池波正太郎「散歩のとき何か食べたくなって」(新潮文庫)


vol.13 2018年、食の総括。光と陰。ボーっと食べてんじゃねえよ!


vol.12 ハレとケのメリハリが重要


vol.11 飲食店からの選民が進む時代。SNSやらあれこれ



川井 潤
川井 潤
元博報堂DYメディアパートナーズ。テレビ番組「料理の鉄人」ブレーン(1992年〜97年)。現在、食品メーカー、コミュニティ運営会社、新聞社等アドバイザーを務める。ここ数年は、滋賀県近江地区の美食プロジェクト、愛媛県真穴地区のみかんのブランディングなど地域や食のため、料理人の地位向上のために日本中のみならず海外まで出かけている。食べログフォロワー数日本一。食雑誌dancyuなどへの執筆多数。現在新たな食ビジネスへ料理人とコラボ企画進行中。
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