原点にして頂点! 名実ともに世界最高と称されるシングルモルト「グレンフィディック」とは?

ゲール語で「鹿の谷」という名を持つ「グレンフィディック」。独特の三角ボトルとラベルの鹿のマークでお馴染みのウイスキーは、シングルモルトの先駆者として広く知られる。1963年、世界初のシングルモルトウイスキーとして発売されて以降、その売り上げは世界トップクラス。世界中で愛され続けるその魅力とは?


1世紀を経ても変わらない哲学が新たな伝統を築く

ウイスキーを飲むならシングルモルト、という人も多いように、単一蒸溜所の原酒で作られ、蒸溜所やその土地の個性を感じる魅力を持つのがシングルモルト。この10年で全世界の販売数量を1.6倍(※IWSR2017調べ)に伸ばしていることでも、その人気は明らかだ。

しかし、安定した味わいの実現と効率化のため、豊かなフレーバーのモルト・ウイスキーを比較的生産性の高いグレーン・ウイスキーにブレンドするという、ウイスキー造りの歴史的経緯もあり、かつて世界の主流はブレンデッド・ウイスキーだったという。

そんななか、自らのシングルモルト・ウイスキーの可能性を信じて、初めて世界に打って出たのがグレンフィディックだ。

「周囲の反対を押し切り、1963年当時ブレンデッド・ウイスキーが盛況のNYへ乗り込んだのが、グレンフィディック3代目のサンディ・グラントでした」

そう教えてくれたのは、グレンフィディックのグローバルブランドアンバサダー、ストゥラン・グラント・ラルフ氏。

グレンフィディックのグローバルブランドアンバサダー、ストゥラン・グラント・ラルフ氏

「NY~シカゴ間の列車でオンザロックやハイボールを提供するなど、プロモーションも功を奏し、その味わいにアメリカの消費者も納得。その成功がシングルモルトというカテゴリーを創造したんです。このエピソードが象徴するように、グレンフィディックが持つ大事な哲学は2つ。それが“受け継がれる挑戦心”と“ウイスキー造りへのこだわり”です」

創業者ウィリアム・グラントが自身の蒸溜所の建設に着手したのは、47歳の時。当時であれば人生の幕引きを考え始めてもおかしくはない年齢だが、「最高の1杯を造りたい」という強い思いこそがまさに挑戦の始まりに。

1909年には早くも海外に進出、以降、大恐慌や禁酒法の時代には他の蒸溜所が閉鎖するなかでも、不遇な時代が終わることを信じ生産量を増大し、そして先に述べたシングルモルトの世界への拡大と、時代は変わってもその挑戦心は脈々と受け継がれてきた。

それはウイスキー造りの現場でも同様。そのひとつが、樽を空にせず常に原酒を半分以上残し、つぎ足していく製法だ。シェリー酒の熟成に用いられるこのソレラシステムを、世界で初めてウイスキーに応用。醸しだされる複雑で濃厚な味わいは「グレンフィディック15年ソレラリザーブ」として楽しむことができる。

そしてその挑戦心は現在にも。この3月にリリースしたグレンフィディックIPAは、その名の通りIPAビールで風味づけされた樽で後熟。グレンフィディックのパイオニア精神があふれる、世界初のウイスキーだ。

「グレンフィディックIPA」¥8,000(希望小売価格)

そんな挑戦心を支え実現させるのが、もうひとつの大切な哲学である「ウイスキー造りへのこだわり」。

使用する水は、創業時から変わらず地元ダフタウンに湧くロビーデューの泉から。また、熟成過程で重要な要素となる樽は自社内に作業所"クーパレッジ"を保有している数少ない蒸留所。さらに、蒸溜器を叩くだけで薄さなどの状態がわかるという蒸溜器職人も常駐させている。

「成功するためには自動化やコンピューターを駆使することも重要かもしれません。でもより卓越したものを造り出すには、素晴らしい職人技や伝統こそが必要だと感じています」という、ラルフ氏の言葉通り、43年以上勤務する麦芽を糖化させるマッシュマン(糖化職人)や、2代にわたって働くスチルマン(蒸溜職人)など、グレンフィディックのあるべき姿を知り尽くした職人たちが、伝統の製法を守り続けている。

受け継がれた伝統と挑戦が生み出す結果は、伸長するシングルモルト市場において販売数量ランキング世界第1位(※IWSR2017調べ)と最多の受賞歴が証明する。創業以来1世紀以上たった今でも、創業者一族が自ら現場に立ち、同じ場所で、同じ原料を使い、造り続けている類まれなるウイスキー、それがグレンフィディック。

"変わらない挑戦心"と"揺るがないこだわり"、それこそが名実ともに世界最高たる所以なのだ。


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Text=牛丸由紀子