【中田英寿×バティストゥータ】夢の対談・前編 ~’98年フランスW杯&引退後について

イタリア・セリアAに移籍して20年。名門サッカークラブ・ASローマを去って17年。今も現地の人々に根強い人気を誇る元サッカー日本代表の中田英寿氏(41)がこの度、ローマを訪れた。その理由は、ASローマ時代に共にピッチで戦ったアルゼンチンの英雄、ガブリエル・バティストゥータ氏(49)と会うためだった。 18年前、ASローマをセリエA優勝に導いた英雄同士が時を越えて再会。前編では、ふたりが初対戦した1998年フランスW杯の思い出や現役引退後の活動について、大いに語った。


久しぶりとは思えぬほど瞬時に距離が縮まるふたり

中田 ガブリエール!

バティストゥータ 調子はどう? 久しぶりに会えて嬉しいよ! 元気そうだね。

中田 君もね。いつも元気そうで何よりだよ。

バティストゥータ いやいや。痩せてるでしょ。

中田 いやいや。イタリアは? たまには戻ってくるの?

バティストゥータ ほとんどないよ。リーグ優勝して以来、来てないよ。

中田 え? 本当?

バティストゥータ 18年前かな? 僕たちが戦ったのって。

中田 2000年かな? 18年になるね

ふたりの初めての対戦について

バティストゥータ 6月からワールドカップが始まるけど 世界中の人が注目してるよね。どこに行ってもサッカーの話になるし。サッカー、サッカー、サッカーってね。でも、イタリアは負けちゃったね。サッカー選手の夢だったのに出場できないなんてね…。

中田 サッカーの歴史が始まって以来2度目の出来事でしょ?

バティストゥータ そういうこともあるさ。

中田 何と言っても’98年だよね。僕もはじめての出場だったし。対アルゼンチン戦で君はゴールを決めて、僕たちは黒星。

バティストゥータ こぼれ球を拾ってゴールを決めたね。でも厳しい試合だったよ。

中田 一生忘れることはないよ、あの試合は。僕にとっても日本にとっても初めての経験で。あそこから歴史が始まったんだ。だから君はいつでもその思い出の中にいて、感じ悪いまま残っているんだ。

バティストゥータ 感じ悪いんだ(笑)。じつは僕はあの試合の日、足首を捻挫していたんだよ。前日最終調整のときに足首を捻って一晩中で冷やしてマッサージしたんだけどかなりの痛みがあったんだ。あの試合はそうだったんだ。ゴールは決めたけどね。

中田 そうじゃなきゃ、3ゴールぐらい決めてたんじゃないの?

バティストゥータ そうかもしれないね(笑)。

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現役引退後のふたりについて

バティストゥータ サッカー選手になって初めて稼いだお金は牧場の経営に使ったんだ。小さい牧場から始めて、少しずつ大きくしたんだよ。

(アルゼンチンの首都ブエノスアイレスかあら北へおよそ800km。バティストゥータは、人口10万人の地方都市サンタフェ州レコンキスタ近郊に複数の牧場を所有し、馬、牛、山羊、鶏などを飼育しているという)

中田 僕たちはよく似ていると思うよ。僕はサッカーから引退した後、3年間世界中を旅して周ってそれから日本に戻ったんだ。それから日本の文化を勉強しようと思って日本中を旅して見て周ったんだ。クルマでね。

バティストゥータ クルマで?

中田 そう。クルマで。すべての街では農家、職人、酒蔵、お寺などを訪れたんだ。すべて見るのに7年もかかってしまったよ。

バティストゥータ 全部見るために?

中田 そう、すべてを知るためにね。で、今はその彼らと仕事をしているんだ。素晴らしい仕事だよ。人々は表裏ない人たちなんだ。農民や職人ね。彼らと一緒に仕事をしたり、話をしたりして時間を共にすることは本当に素敵だと思うんだ。

(日本中を旅して、伝統文化に感銘を受けた中田は今、それを海外に広める活動をしている)

中田 今がちょうどいい機会なんだ。日本食レストランの数は今世界中でどんどん増えているんだ。どの日本食レストランにも日本酒は置いてあるし、日本酒の市場は急成長してるんだよ。でもレストランでワイン頼むときって「白ワイン持ってきて!」っていう頼み方はしないでしょう? 銘柄を言うでしょう? 白ワインと一緒で日本酒にはたくさんのブランドがあるんだ。でも誰も銘柄を知らないんだよね。日本酒市場は成長しているけど、実際には誰もよく知らないんだよ。だから僕は今、酒蔵と一緒に仕事をしてマーケティングや酒造、ブランディングのお手伝いをしているんだ。今は国内より海外で仕事をする機会がどんどん増えているんだよ。

バティストゥータ 素敵な仕事だね。

人生でふたりが最も大切にしていること

中田 でもビジネスとしてしているというよりかは、好きだからやっているという感覚なんだよね。サッカーをしているときみたいな。サッカーは好きだからしていたんだから。同じだよ。好きだからしていたんだ。最初から有名になって、お金をたくさん稼ぐためにプロになろうと思ったわけじゃなくて。好きだから始めたんだよ。

バティストゥータ お金はあとからついてくるからね。

中田 最近のサッカーをしている子どもたちは言うんだよね。

バティストゥータ お金が欲しいってね。

中田 そうじゃないんだよね。

バティストゥータ まずは情熱を持ってはじめないと。お金のことを考えるのは後だよ。

後編に続く

Hidetoshi Nakata
元サッカー日本代表。引退後100以上の国や地域の旅を経験した後、2009年より日本国内47都道府県の旅を開始。これらの経験から日本の伝統文化、工芸等の新たな価値を見出し、その継承と発展を促すことを目的とした「Revalue NIPPON Project」や、お酒の素晴らしさや面白さ、魅力を多くの人々に知ってもらうことを目的に、'12年ロンドン五輪、'14年ブラジルW杯、'15年ミラノ万博と、日本文化や日本酒の魅力を世界で伝えるプロジェクトを実施。現在、国際サッカー連盟(FIFA)の諮問機関である国際サッカー評議会(IFAB)の諮問委員を務める。


Gabriel Batisututa
牧場経営者。元サッカーアルゼンチン代表。1990年代を代表するフォワードのひとりで、長くイタリア・セリエAで活躍。アルゼンチン代表にも選抜され、歴代2位の得点記録保持者である。2005年に引退後、牧場を経営しながら、新たな挑戦を続けている。


Text=鈴木 悟(ゲーテWEB編集部)


元サッカー日本代表の中田英寿氏と元サッカーアルゼンチン代表のガブリエル・バティストゥータ氏による対談のもようは下記サイトで公開中。