【知られざるヒーロー列伝】問題児横綱に「喝!」 ~トレーニング界の伝説、遠藤光男 第4回~

すごい男がいたもんだ! 話を聞きながら、昔流行した、ビールのコマーシャルのワンフレーズが、脳裏をかすめた。 遠藤光男氏、75歳。戦後、黎明期の日本ボディビル界を語る上で欠かすことのできない人物であり、まだ方法論が確立されていなかったウェイトトレーニングに、独自の合理的なメソッドを導入した、パイオニア的存在でもある。ここに示すのは、そんな知られざるヒーローの物語。

エンドウジムのチーフトレーナーを務める長男・克弘氏(左)とともに


北尾の新日本プロレス入りに尽力するも…

北尾(横綱昇進後は双羽黒)は大相撲界で十両のころからずっと来ていて、幕内に行って、横綱にまでなったんですが、揉め事を起こして、部屋を出ちゃったんですね。

それで「プロレスやりたい」って、私のところに来たんですよ。「本当にやりたいのか?」と聞いたら「やりたい」と。「耐えられるか」と言ったら「頑張ります」と言うから、新日本プロレスに入れることを前提に、自分がある程度納得するまでジムでトレーニング教えました。

私の友達で、元プロレスラーのジョーダイゴー、大剛鉄之助というのが、カナダのカルガリーにいて、新日本プロレスや国際プロレスに外国人レスラーを呼んだりするブッカーをやっていたんですよ。

そいつに連絡して、「よし、北尾をルー・テーズ(編注:「鉄人」の異名を取り、20世紀最強と言われた伝説的なプロレスラー。日本のプロレス界にも貢献。2002年没。享年86)のところにつれて行こう」という話になって、カルガリー経由でルー・テーズの道場があるバージニアービーチまで連れて行ったんですよ。
全部ボランティアですよ。自分は一銭ももらってない。渡航費用も全部自分で出して。喜ばれることをやることに、自分は燃えてたからね。

それで連れて行って稽古させたら、5分で息が上がっちゃうんですよ。情けないなと思いましたけどね。

元横綱・双羽黒こと北尾光司氏(左)と記念撮影する遠藤氏(右)。写真は遠藤氏提供

それから帰ってきて、六本木のテレビ朝日の近くに事務所があった頃の新日本プロレスに連れていって、正式に契約させました。

デビュー戦が東京ドームで、クラッシャー・バンバンビガロだったんです。私もそばで、表に出ないように見ていたんですけどね。それで、しばらく巡業なんかしていたんですが、長州選手と揉めたんですね。

いろいろあったんですよ。長州に「なまくら横綱」と言われた。そしたら、カーッとなって、つかみあいなって、みんなが止めて。それで「新日本プロレスやめる」と言い出した。そこで私が、また事務所に連れて行くハメになったんです。

その頃、新日本プロレスの社長は坂口征二さん。事務所には、リングアナウンサーから専務になる倍賞鉄夫もいましたね、倍賞千恵子、美津子姉妹の弟ね。事務所の外には、新聞記者もかぎつけて、写真撮ろうとして、20人ぐらい待ち構えていましたよ。

北尾は、契約解除に際して「いくらの契約金もらったけど、半分持ってきました」なんて言ってましてね。もうだらしなくてね、私はそれを聞きながら、だんだん頭にきちゃって、テーブルの上にガラスのでかい灰皿があったのをこう持ちあげて、「北尾! これで額をかち割って血だらけにして、みんなに写真撮らせるぞ」と。坂口さんにも怒鳴りつけて、「あんたも社長のくせに、だらしねえじゃねえか。なんで契約選手の一人もちゃんと指導できないんだ!」って。オレはふたりに対して頭きちゃったの。

北尾がびっくりして、「会長、暴力はやめてください」と。顔が真っ青になっちゃってね。坂口さんも「いや、遠藤さん、申し訳ない」と、平謝りで。「あんたたちふたりともダメだ。社長としてもだらしない。契約したのになんだ! オレはがっかりしたから」と言って、帰ってきたんですけどね。北尾は、その後、他の団体にちょろちょろ行ってましたね。空手家になるだとか、冒険家になるだとか。

北尾はなぜ大成できなかったのか?

身長が2メートルもあって恵まれた体格で、素質はあるんだけど、努力するのは嫌いだった。さっきも言ったように、トレーニングと一緒で、素質のある人はあんまり一生懸命やらない。ない人の方が努力する。ものごとってみんなそうかなって思いましたよ。北尾は、トレーニングしていても、たとえば10回できるところを、5回ぐらいでやめちゃうから。「もっと力出せ」と言うと「これ以上追い込むと、けがをしちゃうから。けがが怖いから嫌です」と、こう言うんですよ。

相撲の時も力を発揮できなかったんでしょうね。持っているものの60%ぐらいしか出していなかった。もしも、出し切って横綱でやっていれば、本当に、すごい横綱になったと思いますよ。

第5回に続く

Text=まつあみ靖 Photograph=吉田タカユキ


【知られざるヒーロー列伝】<予告>トレーニング界の伝説、遠藤光男


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遠藤光男
遠藤光男
1942年東京都生まれ。日本ボディビルディング界の第一人者で、24歳だった'66年のボディビル・ミスター日本となる。翌年に東京・錦糸町で遠藤ジムを開き、その年にはモントリオールで開催された世界選手権で3位に。三島由紀夫や勝新太郎とも親交があり、大相撲界、プロレス界など幅広い人脈を誇る。
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