m-floが15年ぶりに完全復活!謎多きVERBALが築き上げた不可分な実像

ミュージシャンとしてだけでなく、音楽業界や ファッション業界などでビジネスマンとしても活躍するVERBAL。 海外の大物とのコネクションも多い彼は 仕事の秘訣を「感謝」と語る。

本質は「プロフェッショナル盛り上げ屋さん」

15年ぶりに3人体制になったm-flo。リハーサル ではLISAのパートを代わりに☆ Takuが歌う場面もあった。

20年前、m-flo(エムフロウ)のメンバーとしてデビューした時には、彼の肩書きは「MC」でしかなかった。しかし今、VERBALの手がける仕事はジャンルも境も超えて幅広く広がっている。
 
m-floは先日15 年ぶりにオリジナルメンバーのLISAが復帰し、改めて3人での活動が再開。それに加えて、現在VERBALはTERIYAKI BOYZ®、HONEST BOYZ®、さらには世界デビューが決まったクリエイティヴユニットP K CZ®など数々のグループに所属している。DJとしても活躍し、数々のアーティストのプロデュースやイベントのオーガナイズも手がける。

所属事務所のLDH JAPANでは執行役員としての肩書きを持ち、海外の大物アーティストとのコネクションを活かして「国際事業部プロデューサー」としての仕事もこなす。さらには、彼が妻のYOONとともに2008年にスタートしたブランドAMBUSH®は、ファッション業界でも世界的な注目を集める。多彩な顔を持つVERBALとは、いったい何者なのか? 彼は自身を「プロフェッショナルな盛り上げ屋さん」だと語る。

「m-floでのキャリアを始めた時は、どうやったら僕のラップで 曲を盛り上げるかを考えていた。 イベントをやるようになった時には、どうやったらそのイベントが盛り上がるかを考えるし、 アーティストをプロデュースする時は、どうやったらそのアー ティストがいい立ち位置になる かを考える。DJもそう。結局、 僕はクリエイティヴな現場を盛 り上げるのが好きなんです」

PKCZ®の新曲ではスヌープ・ドッグとのコラボも実現。ミュ ージックビデオは和の世界観で作り上げた。

 2月21 日、TOKYO DOME CITY HALL。VERBALは☆ Taku Takahashi、 LISAとともにリハーサルのステージに立っていた。3人は英語と日本語を交えて話し、和やかにサウンドチェックを進める。この日行われたのは映画『去年の冬、きみと別れ』のジャパンプレミア。m-floは主題歌「never」をライヴで披露することが決まっていた。 1時間ほどでサウンドチェックが終わると、VERBALは楽屋に戻り忙しくメールやLINEをチェックする。少しの空き時間も惜しんで仕事を進めるのだ。 

「今月はm-floとPKCZ®のリリースもあったし、AMBUSH®のパリの展示会やAmazon Fashion Week TOKYOの準備もあって、いろんなことがごちゃごちゃになってしまっています(笑)」 

朝7時に起床し、ジムで走ってからオフィスで誰よりも先に働き始めるのが普段のルーティ ンだ。AMBUSH®の店舗にも顔をだし、昼には会議や打ち合わせ、 スタジオでのレコーディングを進め、夜には会食やライヴ。終わった後も再びオフィスに戻って深夜まで作業を続ける。 

「日本と海外、 それぞれ国に応じたコミュニケーションを心がけている」というVERBAL。「返信は早く」「楽しかったという印象を残し相手に覚えてもらう」などビジネスマンの一面も覗かせる。

海外の大物アーティストに自ら交渉しブッキング

VERBALが多忙に仕事をこなすのは、彼が以前の日本の音楽業界の常識にはなかった動き方を開拓したからだ。それはミュージシャンである彼が海外のアーティストやクリエイターに自ら交渉するということ。通例ではレーベルやマネジメントの担当者を通して連絡するが、カニエ・ウェストなど海外の大物アーティストとも親交のある彼は直接話ができる。それが世界展開を目指すLDHの国際事業部での仕事に発展していった。 

「皆さん海外の方と何か取り組みたいと思ってるんですけれど、何段階も話を通すと戻ってくるまでに時間がかかって大変なんですよ。でも『そんなことしなくていいですよ』と提案した瞬間に、みんなの顔が晴れた。そこから自分の持っているコネクションを広げていったんです」

カニエやファレル・ウィリアムスなどAMBUSH®を愛するミュージシャンが多いことも、彼の人脈の幅広さの一因だ。 

「ファッションから決まった話は多いですね」

パリで開催されたAMBUSH®の展示会の様子。

謙虚な気持ちを持てば心をオープンにしてくれる

VERBALがm-floの一員としてデビューしたのは1998年。2ndアルバム『EXPO EXPO』が 80万枚を超えるセールスとなるなど瞬く間にブレイクを果たす。 アメリカの大学を卒業し証券会社で働いた経験もあった彼は、当時からミュージシャンだけに留まらない発想の持ち主だった。

「デビュー前は大学院に行きながら社会人を目指していた。マーケティングに興味があったんです。でも、そこからいきなりアーティストになったんで、スタッフとのコミュニケーション不足から誤解が生まれたり、自分の理想と現実の狭間でジレンマに陥っていた。その時の自分にいろいろなことを教えてくださったのが関(佳裕、現LDH 取締役)さんでした」 

当時、所属するエイベックス傘下のレーベル「rhythm zone」でm-floとEXILEを担当していたのが関氏だった。VERBALは彼から「感謝の伝え方」を教わったという。 

「そのころはただフラストレーションをぶつけていた。でも、 感謝してる気持ちがあるんだったら、それをちゃんと伝えないと損だというアドバイスをいただいて。だから『僕はラップしてる時以外は暇なんで、お手伝いさせてください』という伝え方をした。すべてにおいて『ありがとうございます』という謙虚な気持ちで入ると、みんな心をオープンにしてくれるんです」 

LAではデザイナーのダレン・ロマネ リのギャラリー「パンケーキ・エピデミック」の中に、VERBALがかかわるLDHのプロジェクトスペースを構える。発売されるや否や即完したGENERATIONS from EXILE TRIBEとGUESSのコラボアイテムはこの部屋で生まれた。

こうして多忙な毎日を送ってきたVERBALだが、'16 年末に大きな転機が訪れる。ライヴ出演のために札幌に移動する途中、交通事故で肋骨骨折、肺挫傷の重傷を負った。死の淵を彷徨い、 戻ってきた彼の頭にあったのも、 やはり感謝の思いだった。 

「年末に事故にあって、年明けにはm-floを再始動しようという話になった。最初に頭に浮かんだのはずっと待ってくれていたファンの皆さんのことでした。 だから、まずは感謝の気持ちを込めてm-floらしい曲を作ろうと思った。自分たちのルーツは一緒だし、そこから再スタートできたんです」 

かつてはメンバー同士やスタッフとの意思疎通が上手くいかないこともあったm-floも、3人が風通しのいい関係性を保ち「今が一番楽しくやれている」という。クリエイターやアーティスト同士が個々でつながりコラボ レーションを繰り広げるのが当たり前となった今の時代。「フィーチャリング」という手法でそ の先駆者となったVERBALは、クリエイティヴビジネスでも新たな道を切り拓いている。


VERBALの多彩な顔

バーバル
1975年東京都生まれ。MC、プロデューサー、DJ、デザイナー。米ボストン・カレッジ卒。米証券会社などに勤めた後、’98年に音楽グループ「m-flo」を結成。2018年にオリジナルメンバーのLISAが復帰、15年ぶりに完全復活を果たした。

Text=柴 那典 Photograph=柏田テツヲ