日本vs日本 対極を愉しむ 出井伸之vol 21


対極の選択肢は二者択一ではない

創刊以来6年3カ月にわたった連載も、いよいよ最終回となった。最後は、究極の“対極の愉しみ”をお伝えしたいと思う。
 対極を考える時、日本人には悪い癖がある。選択すべきは“極”のどちらかだと思い込んでしまうことだ。二者択一に頭が向いてしまうのである。求められているのは、実は二者択一ではない。最も大きな効果をもたらす、第三のソリューションなのだ。問われるべきは、この第三の道なのである。
 時間の使い方もそうだ。社会人の時間には、大きく分けて仕事の時間と自分の時間がある。だが、もうひとつ、“第三の時間”があると僕は思っている。この使い方こそが、人生を大きく変えていくことになると思うのだ。

人生は本当にジェットコースター

人生はジェットコースターのようなもの、とはよく言われるが、僕は本当にその通りだと思う。頭に思い浮かべてみてほしい。コトコトと音を立ててコースターは頂に向かって上がっていく。そろそろかな、そろそろかな、と思うが、なかなか頂上はやってこない。おや、と思っていると、いきなり落下は始まる。
 こうして登ったり、下ったりしていくのが人生である。間違っても、理想の資本主義に支配された経済学者の頭の中のように、物事は右肩上がりだけで進むわけではない。凸凹しながら時間は流れていくのだ。いい状態がやってくることもあれば、厳しい事態に飲み込まれることもある。
 人生のジェットコースターを頂に向かって登っている時は、誰もが充実した時間を過ごしているだろう。それこそ、仕事の時間と自分の時間で目一杯になる。そして、コースターはやがて頂に到達する。このタイミングを自覚することは、極めて難しい。ひとつだけはっきりしていることがあるとすれば、居心地のいい空気に包まれていることだろう。それは頂のシグナルのひとつだ。目指していた大学に合格した。希望していた会社に入った。目標としていたポジションを得た。仕事が思う通りにできるようになってきた。結果が次々出始めた……。こういう時は、気をつけたほうがいい。コースターはやがて下りに向かうのだ。
「落ちる時は急激に落下するから気をつけろ」とアドバイスしてくれたのは、ディズニーのマイケル・アイズナーであり、GEのジャック・ウェルチだった。その意味がわかったのは、かなり後になってからだった。


 頂から下りはじめてじたばた抵抗しようとする人がいるが、中途半端なことはやめたほうがいい。それこそ、コースターから落っこちてしまうようなことにもなりかねない。むしろ潔く下りきってしまったほうがいい。しかし、人生で大事なのはここだと僕は考える。次の登りは、この時期の過ごし方で決まるのだ。だからこそ、時間の使い方を、意識して変えることが必要になる。下りに入って次に登りに向かうまでの間に、仕事の時間でもない、自分の時間でもない時間を作るのだ。これこそが、“第三の時間”である。
 頂から落ち始めたら、誰でもそれは止められない。こうなれば仕方がない。次の登りのための準備の時間を強く意識するのである。
 例えば、僕はソニーのトップを退任してクオンタムリープという会社を作ったわけだが、その3年前にこの社名を英文タイトルにした書籍を出していた。無意識のうちに布石はさまざまに打たれていた。“第三の時間”を使うことを常に意識していると、こういうことが起こる。
 僕がアイズナーやウェルチにアドバイスをもらったように、急激な落下を経験する人は多い。その時、事前の覚悟と上手な時間の使い方ができるかどうかで、人生は大きく変わる。頂で自分に溺れることもなくなる。何より冷静に、次の登りを待つことができるようになるのだ。

人生のパートナーに本当の状況を伝えよ

もうひとつ大切なことは、この人生のジェットコースターの状況を人生の伴侶にも理解しておいてもらうことだ。コミュニケーションをしっかり交わして、相手にコミットしてもらう。それができないと、“第三の時間”がうまく使えなくなる。苦しい時に、応援もしてもらえないような状況が起こる。
 ところが日本では、男が妙なプライドから、正直に自分に何が起こっているかを言わなかったりすることが多い。また、女も中途半端に男のことをわかったような気になってしまっている。こうなると、最悪の展開になる。認識のずれから、お互いが困惑するような事態が起きかねない。
 難しいことではない。下りに入ったとしても、また再び登ると宣言しておくのだ。それをしっかり理解してもらっておけば、不安になることはない。
 そして、ジェットコースターは会社にも当てはまる。登っていく時期もあれば、次の登りを迎えるまでの“第三の時間”が必要な時期もある。どんな企業でも、必ず浮き沈みを経験する。問われるのは、沈んだ時にどう浮かび上がっていくか、なのだ。その意味では、多くの日本企業が今、次に浮上するまでの苦しい時期を迎えていると言っていい。今、必要なのは“第三の時間”を充実させることだ。時間をかけて次への布石を確実に打っていくことなのである。
 もっと言えば、これは日本の国にもいえる。日本も、“第三の時間”を充実させなければいけなかったのだ。

独自で生きられる新しい解が必要

思えば戦後の日本の繁栄は、アメリカと逆相関していた。アメリカが日本に押しつけ、あるいは許したものは、アメリカにないものばかりだった。だから、日本は成功できた。平和憲法、官僚システム、低い食料自給率などが好例だ。だが日本はその恩恵から、アメリカの想像を超えて成功してしまった。アメリカの逆襲は、後の相関と関係している。日本の金融と情報通信の弱体化である。アメリカはこのふたつの事業で巨額の利益を得るに至った。
 アメリカの逆相関というチャンスを手に入れた日本は、'80年代まで長期にわたる成長を達成できた。だが、頂は過ぎた。本来であれば、日本は“第三の時間”を過ごすべきだったのだ。次の日本をどうするか、考えるべきだった。ところが、それをしなかった。数少ない成果は、iPS細胞をはじめとした医療バイオ分野くらいしかない。
 そして長期の低迷を経て、日本はまた過去を繰りかえそうとしている。TPP参加しかり、WTOへの中国の提訴しかり、枠組みはかつてと何ら変わらない。日本に今、問われているのは、過去の呪縛を離れた新しい軸だ。そうでなければ、再びコースターが上向くことはない。“第三の時間”で第三のソリューションを、第三の生きる道を探さないといけない。
 実のところ、世界は注視している。なぜなら日本は、世界から見れば極めてうらやましいポジションにいるからである。共同の資源開発を持ちかけるロシア、第1位の貿易国である中国、同じ経済圏入りを希望するオセアニア、そしてアメリカにも囲まれているのが、日本である。実は大モテの状態にあるのだ。自分の美人さに、まったく気づかず、日本はその“対極”をイメージしてしまっている。
 実は対極の愉しみとは、対極を考えることで両方の極を意識でき、両方から物事が眺められて視点が自由になることにこそある。それこそ、今の日本の対極をイメージしてみてほしい。それくらい振りきったところから、新しい日本のことをひとりでも多くの人に考えてほしいと願っている。必要だということだけではない。それは意外に楽しいことだということにも、お気づきいただけると思う。
 対極を愉しむ。ぜひ意識してみてほしい。人生は旅である。もし、この対極の考え方を旅の友にすることができれば、それはきっと、皆さんの人生をより充実させてくれる。そう僕は確信している。