世の中を動かすのは「イヒヒ」の視点!  PRのプロに聞く戦略的思考術

ikunoPR代表・笹木郁乃さんは、企業の年商を5年間で120倍に推移させた実績を持つ起業家。そんな笹木さんがビジネスパーソンが身につけると役立つであろうスキルについて、その道のプロにインタビュー。今回は「商品を売るために必要なのは空気づくり」と語る日本を代表する戦略PRプランナー、本田哲也さんに戦略的思考術について聞いた。


"戦略的に商品を売る" カラクリとは?

笹木郁乃さん(以下、笹木) 本日はよろしくお願いいたします。同じ業界で働く本田さんのことは、著書『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』を拝読してから、ずっとお話をお聞きしたいと思っていて、今回お話をうかがえて大変光栄です! 早速ですが、PRは広報や広告と同じくくりで捉えられることもしばしば。すみわけが難しく一概には言えないのですが、そもそもPRとは、パブリックリレーションズ(Public Relations)の略で、企業や団体が、社会とコミュニケーションを取り、信頼関係を築くことを意味しますよね。本田さんは、なぜ数多ある業界の中で、PRの世界に進もうと思われたのですか?

本田哲也さん(以下、本田) PRプランナーとして働く前は、エンターテインメント会社の海外事業部で商談をまとめたり、海外出張をしたり、それなりにエキサイティングな日々を過ごしていました。ですが、働いているうちに自分が売り込んでいるのは、自分自身のアイデアではないな、と感じることが多くなり……。

笹木 ご自身のアイデアで勝負したいと思うように?

本田 そうですね。ちょうど当時の上司から、日本でPR会社を立ち上げるので一緒にやらないか、と声をかけてもらい、29歳のときにあるPRグループへ転職しました。

笹木 タイミングも味方してくれたのですね。

本田 はい。ですが、当初は「PRってなんだろう?」という感じで。業界では当たり前の常識も知らず、まったくの素人。新しい業界に飛び込んだので、はじめは若手と一緒に怒られながら必死にやっていました。

笹木 本田さんにもそんな時代があったのですね。

本田 もちろんです。その頃はPRの面白味もわかりませんでした。そんな風になかなかモチベーションを保てずにいた頃、出張先のアメリカでPRの力に触れる機会があり。

笹木 どのようなことがあったのですか?

本田 さまざまな企業のPR活動の事例を紹介する会議に参加して印象的だったのが、ある洗剤メーカーの発表でした。除菌ができる洗濯洗剤のPRで彼らが選択したのは、商品について一切触れないPR戦法。まずは、専門家や学者を集めて、"洗濯槽にいる黴菌には注意が必要"という合意を取得し、それから、主婦層をターゲットに"洗濯槽には黴菌がうようよいる"という事実を発信していくという方法でした。

笹木 普通だと、大々的に商品発表会を開いて「これは、除菌もできる洗剤です!」と、ダイレクトに伝えたくなるところですよね。

本田 そうです。そこを、まずは研究者を介し、商品への訴求性を示した。そのプロセスを経てマスコミに発表したことで、"洗濯機の中に黴菌がいる"という、主なターゲット層である主婦にとっては衝撃の事実が急速に広がっていった。そこに"除菌ができる洗剤"という商品を重ねていけば、自ずとその商品はヒットするわけです。

笹木 なるほど。本田さんが戦略PRと出合った瞬間ですね。

本田 そうです。戦略的に "空気づくり" を行い、物を売るという手法ですね。当時は戦略PRという考え方は日本ではメジャーではなかったですし、そういう考え方自体を初めて知りました。社会の中で商品をどう位置付けていくか、商品を押し付けずに買う理由づくりを考えることに面白味を感じて、一気にやる気もましたね。

「なにをやって、なにをやらないか」を決められるか?

笹木 アメリカで出合った戦略PRを駆使し、これまで世の中のニーズを探り当て、数多くの商品をヒットへ結び付けてきた本田さん。いよいよ本題に入るのですが、本田さんの持つ戦略的な思考はどうすれば身に着けられるのでしょう?

本田 難しい質問ですね。そもそも、多くの方が "戦略" と "戦術" の意味を取り違えていると思います。僕は「なにをやって、なにをやらないか」を決めることが、戦略だと定義していて。なので「なんでもやります!」は、その時点で戦略ではありません。もっと言うと「今回はなにもやりません」という戦略もあり得るわけです。

笹木 商品を売りたいという気持ちが強ければ強いほど、「なんでもやります!」という方向へ向かってしまいそうですが、 なにもやらないことが、その商品にとって最適という場合もあるということですね。

本田 そのアクションを起こすとどのような影響があるか、というところまで考えることが戦略です。情報発信は、行えば行った分だけ反応があるもの。ポジティブな結果が出るばかりではなく、ネガティブな影響が出る可能性もあります。そのアクションを起こすことで、どのようなリスクや副作用があり得るのか考えることも重要です。さらに、 PRというのは関係性づくりの対象を一方向に決めるものではありません。ターゲット層はもちろん、マスコミ、インフルエンサーたち、自社の従業員など、異なる立場の人たちが関わってくる。そういった多方面の関係性を俯瞰できることが大切ですね。

笹木 なるほど。

本田 わかりやすい例があります。ある消臭剤メーカーが、その高い消臭力を訴求すべく、日本一くさい食べ物"くさや"と対決するという趣旨のPRを大々的に行ったところ、思わぬ方向から反発を受けました。「生産者をバカにしている」との声があがり、メーカーはくさやの生産者との対話を余儀なくされたのです。もっとも、後日談としては、迅速な対応が功を奏し、くさや生産者との共同のPRにまで話が発展するんですけどね。

笹木 一方向だけを見てPR活動を行うことの危うさを表していますね。木を見るよりも森を見ることが大切なのかもしれません。

本田 そうです。さまざまな相互作用やメリット、デメリットを想定に入れることがPRのプロですね。僕はサスペンス小説や映画を観賞して、そのトリックを考えるのが好きで。そう考えると、PRの世界には仕組みを考えることが好きな人が多い気がします。

笹木 わかります! 確かに「この商品を届けたい」というより、もっと広く「社会の仕組みを変えてブームを作りたい」と考えたほうが面白く感じます。そういう大義を現場まで落とし込めたらいいですね。

本田 仕組みを変えていくための方法、すなわち戦略を立てるところに一番のワクワク感があると思います。そこをそのプロジェクトに関わる全員と共有しておけば、事務的だと感じる作業や、一見それだけでは成果が見えない作業にも意味を見出せるようになる。僕は "オーシャンズ11的分業" と言っていて。「一山当てようぜ!」と、オーシャンズのもとにそれぞれの分野で秀でたプロが集まる。薄暗い倉庫で作戦会議をして、与えられた役割を大きな目標に向かい、ワクワクしながら遂行する。そんなイメージですね。

笹木 なるほど! 映画『オーシャンズ11』は、理想的な組織の縮図ですね。戦略的思考を養うためには、日ごろから広く情報収集をしておくことが大切なのでしょうか?

本田 そうですね。ニュースを見ると、その裏に何があるのか考えています。このニュースは誰が得するのか? もし意図的に仕組まれたものだとするならば、誰のためだろう? と想像してみる。そこに戦略PRが関わっているのなら、すべて逆算して行われているはずなので。そういう意味では、特定のなにかに目を通すというよりは、街中にいても、電車の中でも、タクシーの中でも、常に情報と接している感覚です。

笹木 普段から社会や物事を捉える視点が違うのですね。ここまで読んで、今すぐにでも戦略的思考を手に入れたい! と思った読者の方も多いと思うのですが。

本田 "戦略" には、企みや、ずるくなるという意味も含まれています。わかりやすく言うと「イヒヒ」という感じ。情熱や、一生懸命さに加えて、世の中をすこし斜めに見る視点も必要ですね。

笹木 それって、恋愛にも置き換えられませんか?

本田 そうですね(笑)、 無邪気さだけでは、好きな人もゲットできないし、ライバルがいる場合はうまく出し抜けない。大切なのは、個人でも企業でも、周りから「ちくしょう、うまくやりやがって……!」と言わせることです。相手は戦略的にやられたから、悔しがるわけですよね。そういうところまで想像して「しめしめ」と思いながら行動する。それは戦略を考えているということです。

笹木 仕事では、俯瞰して戦略的に事象を捉える一方で、ド近眼になって熱くなることも必要だと思います。

本田 単なる物知りだけでは何も起こりませんよね。情熱を持って掘り下げて考えることも必要です。商品への愛や情熱があった上で「イヒヒ」の戦略性が活きると思います。例えば、PRのプロと、熱い経営者がタッグを組むとすごいパワーになる。推進力や、引っ張っていく力は戦略とはまた別。「イヒヒ」の思考で考えた企みを、実現できる力ですから。このふたつが組み合わさると最強ですね。

笹木 なるほど。本田さんは昔から戦略的に物事を見ていたのですか?

本田 そういう傾向はありました。僕は、ある日いきなり戦略家にはなれないと思っていて。戦略にまつわる本を読み漁って手に入れられるものでもなければ、生まれつきの戦略家も存在しません。戦略のプロは、戦術をやり尽くした人と同列だと思います。 "専門家とは、ひとつの狭い領域の中でありとあらゆる失敗を繰り返した人である" という格言もあって。要するに、その道のプロは、たくさん打席に立ち経験値を積んだ結果、プロになったのです。僕も多くの失敗を経験し、失敗の引き出しのバリエーションを増やしてきました。

笹木 いろいろなことを企んで実践していくことで、失敗の引き出しも増えて、戦略的思考が身についていくのですね。

本田 そうです。1年か2年やっただけで、その分野の専門家にはなれません。「成功するためにはどうしたらいいですか?」とよく聞かれますが、裏を返せば「失敗しないためにはどうしたらいいですか?」と聞かれているということ。つまり、企業の方たちはPRの分野で失敗をしたくないから、この分野で長いこと経験を積み、失敗事例を山ほど知っている僕に、力を借りたいと言ってくれるわけです。その想いに対して、失敗のストックが少なければ応えられない。失敗の引き出しが無限にあるくらいでないと。失敗のストックが増えることが、プロへの道だと僕は思います。

笹木 なるほど。そのお話、とても勇気づけられました。著書を拝読していると、本田さんからは戦略だけの冷たさを感じなくて……謙虚で愛のある方ではないかなと思っていて。お話をうかがって、予想通りの方だったなと感じました。

本田 お、それなら僕の狙い通りですね(笑)。

笹木 あー! 「イヒヒ」のほうでしたか! やられました(笑)。


~対談後記~
今回は私の専門分野でもあるPRについて、ためになるお話をお聞きできました。「イヒヒ」と企む俯瞰した視点と、商品や自社に対して情熱を燃やせる超ド近眼、このふたつが商品普及を成功させる鍵になるのですね。このエピソードはPRだけではなく、他業種にも応用が効きそうです。失敗の引き出しを増やすことが、その道のプロ、ひいては戦略家への道という話は、私自身とても勇気づけられました。本田さん、ありがとうございました!

Tetsuya Honda
1970年生まれ。戦略PRプランナー。ブルーカレント・ジャパンCEO。PRWEEK誌による「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に選出されたPR専門家。'99年、世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年にブルーカレント・ジャパン設立。P&G、花王、ユニリーバ、アディダス、サントリー、トヨタ、資生堂など国内外の大手顧客への戦略PR実績多数。『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)では、国内外の事例を交えつつ、商品力や宣伝力だけに頼らない戦略PRの仕組みを解き明かす。


Text=雨野千晴 Photograph=坂田貴広

笹木郁乃
笹木郁乃
宮城県出身。ikunoPR代表。「エアウィーヴ」、「バーミキュラ」2社の飛躍にPRで大きく貢献した後、2016年2月に独立。2年で、約600名の経営者・起業家に対して、PRについて直接指導。 日本唯一の「PR塾」主宰。1期〜11期(定員30名)まで毎回満席・キャンセル待ちの人気に。その他、メディアとのアカデミー設立、企業や政府支援団体のPRプロデュースなどに力を入れる。
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