「それ、会社病ですよ。」実はたいしたことはできない。経営者は国の経済政策に期待しすぎている Vol.14


高度経済成長の成功体験が、今なお幻想を生んでいるのかもしれません。日本では、経済成長に国家が果たせる役割について、過剰な期待感があるような気がしてならないのです。政府の経済政策に対するメディアの評論などを見ていても、ちょっと期待度が過ぎると思わざるを得ません。
 実際のところ、安倍政権になって、何が変わったのか。ひとつだけ明らかなのは、それまでの政権がアンチ・ビジネス政権だったということです。これが転換したことこそ、アベノミクスの唯一にして最大のポイントです。
 デフレ脱却に過去数年の政権が及び腰だったのは、デフレのほうが格差社会は安定するからでした。インフレコストは、低所得階層を直撃します。デフレは格差解消にはプラス。しかし、ビジネス社会にはネガティブです。それを放置してきたのが、過去数年の政権だった。ところが、この流れが安倍政権で変わった。ほぼそれだけの話です。
 経済政策などといっても、国からたいしたものが出てくるわけがない。これだけ成熟し、グローバル化した経済のもとで、国が経済成長に直接関われる領域など、ほんの数%しかないからです。
 短期的な効果を求めるなら景気刺激策くらいしかないし、長期的な効果なら規制改革や規制緩和くらいしかない。しかも後者はあくまで間接的な話。規制改革をしたところで、ビジネスのイノベーションが自動的に生まれるわけではない。これは民間の問題なのです。イノベーションが起きるかどうかもわからないし、即効性などあるはずがない。

アメリカがITで世界の覇者になった遠因を探ると、1980年代のAT&T分割までさかのぼれます。しかし、その成果が出始めるのは1990年代にインターネットや移動体通信が生まれてからです。それまでは、分割がもたらした効率の悪さが非難されていた。
 つまり、国の大胆な政策が花開いたのは、20年以上も後だったのです。しかも分割時に具体的な産業のシナリオを書けていたはずがありません。それは、民間の仕事だから。グーグルしかり、クアルコムしかり、国が会社を作ったわけではないのです。
 もし仮に国の政策に期待し、それが花開いたとしても、その果実を享受できるのは、今ビジネスをしている経営者ではないでしょう。下手したら、ほとんどがあの世に行ってしまっているかもしれない。それくらい先の話なのです。しかも、何がこれから起きるかはまったくわからない。
 もし国家が未来に繁栄する産業を読めたとしたら、20世紀の歴史は変わっていたでしょう。ソ連はじめ共産主義の国々が世界を席巻していたはずです。だから、国家政策を牽(けん)引している人も自らの能力に謙虚でなくてはなりません。もちろん自由で革新的な競争を促すための環境整備など、果たすべき役割はありますが、政策で国の成長をもたらせるなどという全能感を持ってはならない。そして、国民ひとりひとりも、国に大きな期待など、寄せてはいけないのです。


Text=上阪 徹 Illustration=村田篤司
*本記事の内容は13年10月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい