平均入場者数3万人超! "愛されマーケ"の仕掛け方【FC東京躍進の理由②】

現在、Jリーグで優勝争いをしているFC東京。史上最高の観客動員数も記録するなど、ここ数年で激に進化し続けているのはなぜか。その鍵を握り、FC東京を支える各分野のプロフェッショナル6人にインタビューを行い、躍進の秘密を解き明かしていく。ニ人目はマネジメントダイレクター兼マーケティング統括部長の川崎渉氏だ。

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爆発的な『喜』は、テーマパークよりもスタジアムで強く味わえる!

上を「強い」、下を「弱い」として縦軸の線を引く。右を「愛されている」、左を「愛されていない」として横軸の線を引く。そうして完成したマトリックスにおいて、プロスポーツクラブが目指すべきはもちろん「右上」のエリアである。

縦軸の「強さ」を作るのは、監督や選手を中心とする“チーム”の仕事だ。一方、FC東京でマネジメントダイレクター兼マーケティング統括部長の肩書を持つ川崎渉は、横軸の「人気」を作ることをミッションとしている。強いだけじゃダメ。愛されているだけじゃダメ。首都・東京に本拠地を構える唯一のJ1クラブであるからなおさら、FC東京は今、他のどのクラブよりも右上の位置にポジションを取らなければならないという意識を強く抱いている。

高校生までサッカーに没頭したという川崎は、大阪出身の35歳。神戸大で経営学を学んで外資の経営コンサルティング会社に就職し、そこで過ごした5年間で新規ビジネス、全社戦略、マーケティング戦略と向き合った。27歳の時にはIT企業のDeNAに転職。新規ビジネスを担当して漫画サービスを立ち上げ、その半年後に縁がつながってサッカー界に飛び込むことになった。FC東京のマーケティング責任者として籍を移したのは、2018年2月のことだった。

経歴を見れば、いわゆるエリートに違いない。そう投げかけると、川崎は甲高い声で高らかに笑った。いかにも知的でクールそうなルックスに反して、話し始めるとずっとフランクでノリがいい。シンプルに、話していて楽しい人だ。

2018年の長谷川健太監督の就任以降、FC東京は"強さ"の成長が著しい。しかしトピックはそれだけではない。ホームスタジアムの平均入場者数は、ついに3万人を突破。昨シーズンの約2万6000人を大きく上回りFC東京の"人気"を示し、川崎の仕事が注目され始めた。FC東京はいったい、何をどう仕掛けて大幅なファンの足をスタジアムに向かわせたのか。

「私が来た当初、私が考えるマーケティングは、FC東京にはありませんでした。ホームタウンでの認知を広める活動は他のどのクラブよりも積極的に行ってきた。クラブや試合、選手を周知させようとするプロモーション活動もやってきた。でも、クラブ全体が同じ方向を向いて、お客さんを増やすための継続的な仕組みを作るというマーケティング活動は取り組めていなかった。だから、まずはそれを作るところからスタートしました」

具体例の1つとして、それまで拡大路線だったチケット販路を縮小し、そこから顧客データを収集して顧客認識の精度を高めた。そのチケットを購入した人は年間10試合を観戦する"コア層"なのか、それとも初めてFC東京の試合を観戦する“ライト層”なのか。実際にスタジアムに足を運んだ人々の“表情”が見えれば、それに応じたサービスの提供ができる。

「FC東京のことをまったく知らない人がどうしたら年間チケットを購入してくれるようになるのか。そのプロセスを策定し、どの段階で、何を提供すればいいのかを明確にして共通認識としました。平均入場者数が3万人を超える見込みの2019年は、結果が出たと言えるかもしれません。でも、マーケティングとは単年ごとの活動じゃない。あくまで継続的な活動として、まずは土台を作ろうとしたのが2018年。それを活用し始めたのが2019年。私たちは今、そういうステージにいると思います」

そうしたマーケティング活動の中で改めて感じているのが、スポーツ業界の特徴と"首都・東京"のポテンシャルである。

「例えば、1日に100万人が気軽に利用するWEBサービスなら、その100万人はシンプルに言えば"似た人"であると言える気がします。でも、サッカーはそうじゃない。チームをサポートすることに人生を懸けている人もいれば、たまたま通りがかっただけの人もいますよね。特に、東京のマーケットはその“幅”の広さを特徴としている。FC東京にとってお客様になり得る人を種類で分けたら、ものすごい数になるかもしれません。それだけの温度差があるお客様に対して、サービスの発信者としてどこに目線を合わせるのか。それはすごく難しい」

FC東京は、"ド直球"の施策を進めている

しかし一方で、お客様に提供すべきサービスの根幹は変わらないと川崎は続ける。

「ファンやサポーターにそういう“幅”があるとして、でも、両端にいる人がそれぞれ[A]と[B]のようにまったく違うサービスを求めているかというと決してそうじゃない。むしろ、[A1]なのか、[A5]なのか、[A10]なのか、そういう違いですよね。そう考えると、大切なのはクラブにとって根幹となる提供価値としての[A]が何なのかをしっかりと見極めることでしかない」

本格的なマーケティングに乗り出してから2年目。今はまだ、FC東京にとっての[A]を全員で探している最中だと話すが、川崎の頭の中にはぼんやりと答えが浮かんでいる。

「喜怒哀楽という4つの感情のうち、私たちは『喜』と『楽』のポジティブな感情を提供したい。そのうち『喜』はスポーツ観戦の特徴だと思っています。例えば、試合でゴールが決まった瞬間、もっと言えばJ1リーグで優勝した瞬間の爆発的な『喜』は、おそらくテーマパークではなかなか味わえません。それを提供できるようになることが、プロスポーツクラブが提供するサービスとしての理想だと私は思います。

でも、もちろん勝負事ですから、常に勝利を保証することはできません。だからこそ、FC東京とかかわること、試合を観にスタジアムに行くことが『楽』であるというベースがなければいけない。なんでもいいんです。スタジアムグルメがおいしい。スタッフとの挨拶が気持ちいい。イベントでボールを蹴ることが楽しい。まずはそういうベースがあって、プラスアルファとしての特別な『喜』があり、それを目指す過程には許容範囲としての『怒』や『哀』も少しだけある。その理想的なバランスを作ることができれば、クラブは必ず、お客さんに愛してもらえる」

「ベース」の強化策として、川崎はスタジアム内フードコートのリニューアルに踏み切り、売上を1.7倍にまで伸ばした。さらにはステージと大型ビジョンを設置し、次々にイベントを開催してプロモーションを強化。『楽』を感じられる理由を作りつつ、試合で起こる『喜』の機運を高める伏線を張った。そうした施策が、平均入場者数の大幅アップにつながったことは間違いない。

プロスポーツクラブにおけるマーケティングは、無限の可能性を秘めている。顧客満足度が高まれば、観客動員が増える。そうしてスタジアムの『喜』と『楽』が増幅すれば、そのエネルギーがピッチの選手にまで届く。つまり、マーケティングの成功は、勝利に直結すると考えることもできる。

「やはり、そうであってほしいとは思います。たとえわずかな力であっても、私たちはマーケティングの側面からチームを後押しして、FC東京が、Jリーグを牽引していると自他ともに認められるクラブにしたい。タイトルを獲って『強い』と言われるだけではなく、ファン・サポーターが多くて、熱くて、面白いこともやっていると思われるクラブを作りたい。しかも、それを“ド直球”の手法でチャレンジすることに意味があると思うんです。

私たちは"首都・東京"のクラブですから。いよいよ本格的に覚悟を決めて、ド直球で"FC東京"を名乗る覚悟を決めるべき時期にあると思うんです」

今シーズンのホームゲームは残り2試合。クラブ史上初のリーグ制覇に向けた機運を高めるべく、FC東京は"ド直球"の施策を進めている。

③に続く

Text=細江克弥 Photograph=鈴木規仁



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