クリエイティブディレクター 佐藤可士和 整理してブランディングする。 “日本文化”を世界へ売り込むサムライの旅

デザインから、企業のブランディング、そして今、日本文化をブランディングせんと世界を駆け巡る、クリエイティブディレクター 佐藤可士和氏の次なるステージに密着!?

今、なぜ佐藤可士和は世界を旅するのか

 エッフェル塔を真横に見る、パリ15区にある日本文化会館に4月、クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏の姿があった。ここは日本文化を紹介するイベントや展示が日々行われている、いわば日本文化を学ぶための「サロン」のような場所だ。

 佐藤氏は、ここに展示すべく有田焼創業400周年記念事業として製作した有田焼の作品群を運び込む。難しい表情の時もあれば、大きな動作で現場のスタッフに指示をすることも。

「エッフェル塔の真横、パリを象徴するようなこの場所で、少しでも地元の方の目に留まるようになればと」

 インテリアの国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」でも世界に注目されたこの作品を手に佐藤氏はそう愛おしそうに語った。

 佐藤氏は文化庁が派遣する文化交流使に選ばれ、3月から1カ月かけてニューヨーク、ロンドン、パリで講演活動を行った。その集大成ともいえるのが、ここパリでの有田焼作品や新作のドローイングを中心とした展覧会なのだ。

「日本の優れた文化やモノ、コンテンツ、地場産業などを世界に発信するために僕のクリエイティブフィロソフィーである『アイコニックブランディング』について講演しました。ニューヨークとロンドンではビジネス寄りの視点、パリでは文化的視点からの反応が大きく、都市による違いも興味深かったですね」

 文化交流使とは「日本の心を世界に伝える」を目的に、芸術や文化に関わる人々を一定期間任命、その活動を通じ国際文化交流の深化を図る事業だ。佐藤氏以外の選抜メンバーは、落語家の柳家さん喬(きょう)氏や、日本舞踊家の藤間蘭黄(らんこう)氏などで、クリエイティブディレクターの任命は初。異例の抜擢だ。

at Paris/パリの日本文化会館で設営中の佐藤氏。

自分なりのスタンスで、日本文化を世界に広める

 展示が始まって10日目、佐藤氏本人がアイコニックブランディングについて語りながら、有田焼の作品を解説するギャラリーツアーにも取材は密着した。会場には多くの地元パリ市民がつめかけ、興味深げに有田焼を手にとる。佐藤氏の話が、クリエイションの原点である「アイコン」を通じて、日本文化を世界に発信する話題になると彼らは身を乗り出す。終了後も30分ほど囲まれ、多くの質問が飛び交う。参加者に話を聞くと、有田焼が気になってふらりと入った人から、デザインを学ぶ学生まで。「日本やデザインを見る視点が変わると思う」と口ぐちに感想を語った。デザインを通じて日本文化を世界に広める――。佐藤氏の長年の願いが形になっていく瞬間だった。

17年に完成した東北新社Production3のオフィス。

50代になるまで変化し続けた"デザインの道"

 佐藤氏は博報堂を経て2000年に独立、クリエイティブスタジオ「サムライ」を設立。そのクリエイティブ能力を生かし、今は企業のブランド戦略であるブランディングにも力を発揮している。

「20代で出発、30代はグラフィックだけでなく、プロダクトやパッケージなどデザインの領域を広げ、突き詰めました。大きく変わったのが40代。『UNIQLO』『楽天』など、ビジネスとクリエイティブをブリッジさせ、よりダイナミックにデザインの力を活用できるブランディングの仕事がメインになりました」

 企業のブランディングに携わってきたのは「セブン‒イレブン」「ヤンマー」「三井物産」など。さらに「ふじようちえん」「千里リハビリテーション病院」「カップヌードルミュージアム」など、佐藤氏の仕事はデザインの領域に収まらず空間へのクリエイティブへも仕事が広がり始めた。

2011年、横浜にオープンした「カップヌードルミュージアム」/ロゴや建築までを総合的にデザイン。

「対象である企業やブランドが今後どうありたいか、じっくり整理して考え、優れたコンセプトが構築できれば、無限にアイデアが生まれてくる。それがブランディングの根本です」

 では、その思考の整理を佐藤氏はどのようにしてきたのか。

「まず徹底したヒアリングから入ります。ユニクロの柳井正社長や楽天の三木谷 浩史社長のように創業者がいる場合はまず起業からどんな思いで会社を作られたのかお聞きします。一方で三井物産のように何代も受け継がれた企業の場合は、経営層から新入社員の方まで男女問わず、半年ぐらいかけて話を聞きました。会社の強みや魅力、なすべきことは何かなど丁寧にヒアリングして最終的に企業やブランドの本当の価値を摑むんです」

 例えば2015年に佐藤氏が企業ブランディングを手がけたヘアケアブランド「モルトベーネ」は、創立40周年を機に、社名を変更した。

「同社は、製品の製造・販売だけでなくサービスの領域など、『将来はもっと多角的に美に関する事業を展開したい』と語る社長の話を聞いて『新しい美の体験を提供する会社』なのだと定義できました。そこで社名を『ビューティーエクスペリエンス』に刷新し『美』という漢字をモチーフにロゴマークをデザイン。新社屋にはそのロゴのイメージを発展させたスタジオを設計しました」

 整理ができれば優れたコンセプトが見えてくる。それは往々にしてシンプルなものだという。

「整理し余計なものをそぎ落とす、そして見えてきた本質的価値を掴む。ブランディングとはそこにつきるんです」

パリの街を歩き回り、人と会い、また新しいインスピレーションも。「パリの街はグリーンとベージュの色でコントロールされ、それが美しいと思う」

企業から、日本文化のブランディングへ

 そして50代。そのブランディングの対象が広がってきた。

「『ユニクロ』の世界戦略は、今の東京を世界にプレゼンするコンセプトだった。その頃から、日本の優れた文化や伝統も世界に効果的に発信できたらいいと考えたんです。それまでの仕事を通して、僕らが認める日本のよさは、世界でも想像以上に評価されると実感できましたから」

 そう語る佐藤氏は、パリから帰国した1週間後には愛媛県今治市にいた。格安の外国製タオルに押され、衰退の一途をたどっていた今治タオル。プロジェクト予算も限られたそのブランディングを引き受けるか否か。悩んだ佐藤氏の心を動かしたのは、その高いクオリティーだった。

「とにかく使って驚いた。軽く、吸水性があり、柔らかい。僕自身に子供が生まれたばかりで毎日タオルに多く触れていたし、食への安全性に世間の関心が集まるのなら肌に直接触れるタオルだって安心・安全・高品質がコンセプトになるはず、と戦略が見え、イケると思いました」

2007年から関わった今治タオルの再生プロジェクト。その本質的価値「安心・安全・高品質」を掲げ、今や世界的なブランドへ。17年4月、今治タオル本店がリニューアルオープン。

 佐藤氏が着手して今年で12年。今や誰もがそのマークで今治タオルを認識する世界的なブランドとなった。

「運がよかったのは、しまなみ海道のサイクリングブームや、ゆるキャラのバリィさん、そしてFC今治に岡田武史オーナーがやってきていたこと。波が来たと感じたので、今年、本店をリニューアル、タオルLABを併設し、第二フェーズは今治ごと活性化しようと考えています」

 ブランディングで業績が上がり、新しい商品価値が世に広がる。しかし佐藤氏の目はその先を見据え、日本が抱える社会問題、ひいては日本文化全体にデザインやクリエイティブの力を活用できないかと考える。

本店隣には体感施設「今治タオルLAB」が。FC今治の岡田武史オーナー、今治タオル工業組合の近藤聖司理事長も見学。

「世界が捉える日本文化とは、フジヤマ、ゲイシャに始まり、漫画やラーメン、和食、禅など要素はいっぱい。でもコンテンツだけでなく、"何が優れているのか"を、まず日本人がきちんと理解する必要がある。僕はそのひとつは"クオリティー"だと思う。そういった部分をもっと日本国内でコミュニケーションして整理し、世界へ発信することが日本そのもののブランディングだと思います。今回3都市を回り、観客を前に発表をし、世界で影響力を持つ方々と会い、ああ、やっぱり日本文化にはもっとヒットの可能性があるんだ、僕のやっていることは間違っていなかったんだ、と思えました」

 2020年のオリンピックイヤーまでに日本のブランド戦略がどこまで進むか。それはこの男の「思考の整理」にかかっているのかもしれない。

Kashiwa Sato
1965年東京都生まれ。クリエイティブディレクター。博報堂を経て2000年サムライを設立。日本を代表する企業のブランド戦略をはじめ国立新美術館のシンボルマークデザインなど多岐にわたって活躍。


Text=今井 恵 Photograph=横田安弘(パリ)、吉場正和(今治)

*本記事の内容は17年5月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)