アクセルの国vsブレーキの国 対極を愉しむ 出井伸之vol 14


もし自分がグーグルの責任者だったとしたら

グーグルがモトローラの携帯電話部門を買収するというニュースは世界を驚かせた。世界を席巻するiPhoneを意識したのでは、という声もあったが、グーグルという会社の本質はそんなところには実はない。日本では検索エンジンのイメージが強いグーグルだが、そもそもは巨大ネット広告会社であることを忘れてはならない。広告であげた膨大な収益で、ネットで展開されるさまざまなサービスを支えている、という事業構造だ。
 そう考えると、目はもっと先に向く。もし僕がグーグルの社長なら、通信デバイスと関わりを持った次にはテレビ局を買うだろう。広告の総本山であり、最も影響力の強いマスメディアを手にできるからだ。しかも、アメリカでは今や超お買い得の時期。そしてその次には決済を手に入れる。金融の買収だ。通信、放送、コンテンツ、決済を持って、ハードウェアも作れるなら、相当面白いことができる。


 もちろんグーグルの社長が何を考えているかはわからない。だが、このくらいのことは間違いなく考えている筈だ。そう遠くない将来、本当の意味での“グーグルテレビ”が登場してもおかしくない。テレビの概念を一変するものになるかもしれない。
 アメリカ経済に暗雲が立ちこめてきた、というニュースが日本ではよく聞こえてくるが、そんなところばかりに目を向けていたら、これまた本質を見誤る。アメリカには今、フェイスブックはじめ上場予備軍の有望ベンチャーがゴロゴロいる。ここから、億万長者や大金持ちになった投資家が次々と生まれてくることになるだろう。
 一方、ウォールストリートはリーマンショックの後遺症からまだ立ち直れていない。だが、これはアメリカにとっては朗報でもある。かつて軍需産業の科学者が大量に金融の世界に流れ、新しい金融産業を創り出したように、金融の世界を構築してきた優れた人材が続々と金融を離れることになるからだ。彼らは、新しい産業の創造に大きな役割を果たすだろう。
 カネがあり、ヒトがいて、新興企業を中心に新しいビジネス創造のうねりが起きているのが、アメリカなのだ。そしてマイクロソフト、インテルといった、アメリカでは既にトラディショナルといっていい存在の企業群が、独自の生き残り策を大胆に模索する。新旧入り乱れて、とんでもない産業創出競争が行われているのが今なのである

日本が成功したのは戦後1度だけのこと

ひるがえって日本はどうか。アメリカのような激しいダイナミズムが、日本にはあるだろうか。今なお、秩序型の社会から抜け出ることができていない。混乱の中にあってもアクセルを踏み続けるアメリカに対し、日本は秩序を守るためにブレーキばかり踏み続けている。結果、世界からますます取りのこされていくことになる。
 日本のマスメディアにしても、金融にしても、経営の厳しさは伝わってくるが、次の時代に向けた新たな動きは聞こえてこない。アメリカで起こったことが、大なり小なり間違いなく日本で起こることは目に見えているのに。もし楽天によるTBSの買収騒動が今持ちあがっていたら、結末は変わったものになったかもしれない。それは残念なことだ。

中国でプレゼントされたコンパクトなグルーミングセットは、爪切り、やすり、ハサミ、毛抜きなどが10センチほどのケースに整然と収められている。「男の身だしなみは大切」と言われ、中国の洗練度も上がったなぁと感じた。


 実際のところ、人海戦術でセールスをするようなビジネスが、この先、本当に生き残っていけるのか。莫大なコストをかけて行ってきたものが、インターネットによって安価でできるようになってしまった今は、一つの資本主義が終焉したのだ。
 アメリカ企業が必死になって産業の再構築をしているのは、今が、“入れ替え”の時期だと気づいているからである。日本にもかつて“入れ替え”の時期があった。幕府も藩も身分制度も吹き飛んだ明治維新もそう。帝国主義が一掃された戦後もそう。僕はこれから、第三の“入れ替え”時期が来ると見ている。今度は世界規模の、である。それなのに、日本はあまりにのんびりしている。
 リスクを取り、責任を取ろうとする人間がいない、とリーダーは嘆くが、誰あろうそのリーダー本人がリスクを取らない。日本は変化する能力を失ってしまったのだろうか。日本は確かに経済大国になった。だが、忘れてはならないことは、戦後にわずか1回成功しただけの国だということだ。何度も浮き沈みを経験し、這いあがってきた国に今こそ学ばねばならない。
Idei's Recommend Idei's Recommend
中国でプレゼントされたコンパクトなグルーミングセットは、爪切り、やすり、ハサミ、毛抜きなどが10センチほどのケースに整然と収められている。「男の身だしなみは大切」と言われ、中国の洗練度も上がったなぁと感じた。


Text=上阪 徹 Photograph=OGATA
*本記事の内容は11年9月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい