南北首脳会談後の北朝鮮を見た! その2 元NHKスクープ記者 立岩陽一郎のLIFE SHIFT 第5回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米、巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストが綴るエッセイ。前回は立岩が遂に南北会談直後の北朝鮮に潜入。そして今回はいよいよ北朝鮮の首都平壌市内へ。


想像以上に活気のある平壌市内

空港から30分ほどで平壌市内に入った。夕暮れ時の平壌市内は、予想を遥かに上回る活気を見せていた。勿論、東南アジアのような喧騒が有るわけではない。車の渋滞が凄いわけではない。ただ、広々とした道路には車が走っている。バスや路面電車が行き交い、帰宅途中の人々を乗せている。

平壌市内を走るタクシー

驚いたのはタクシーらしき乗り物が走っていたことだ。カラフルな車体の上に、「TAXI」との表示が設置されている。

「タクシーが走っているんですね」

対文協に尋ねるでもなく話かけると、「我が国は普通の国です」と笑った。

対文協とは前回説明した通りで、朝鮮対外文化交流協会という政府系の機関だ。ここの日本局の局員3人が我々一行の面倒を見ることになっている。

「写真は撮っていいですか?」

そう尋ねると、「どうぞ自由に撮ってください。我が国は自由な国です」と、再び笑った。そうではないことは直ぐにわかるのだが。

宿泊したのは普通江(ポドンガン)ホテル。市内中心部を流れる川沿いの高級ホテルだ。入ると正面に、金日成主席が若き日の金正日総書記を連れてホテルを訪れた時の写真が飾られていた。

それを撮ろうとすると、「これは撮らないでください」と対文協に止められた。

あれ、「我が国は自由な国」じゃなかったんかなぁ……とは敢えて質問しなかった。

夕食後、ホテルのバーで対文協や引率役の総連=在日本朝鮮人総連合会の姜賢部長らが翌日の日程について打ち合わせ。そこで決まった内容で私も動くということだ。

「朝、ジョギングをしたいんですけど」

そう言うと、対文協の一番若い局員が、「私が一緒に行きます」と。申し訳ないとは思ったが、「1人で出歩くとトラブルになるかもしれませんから」と言われたので素直に受け取った。以後、毎日、若い局員が私のジョギングに付き合ってくれることになる。

ホテルの印象は、日本で言ったら、多少さびれた地方都市の最上級ホテルといった感じだろうか。華美な装いはないが、部屋も広く快適だった。歯ブラシ、歯磨きなどのアメニティーも揃っている。歯磨きは中国製のようだった。

その日は、北朝鮮のビール、テドガンと朝鮮焼酎を飲んでベッドに入った。

金正恩委員長への忠誠心

翌日は、対文協の局員を連れて軽くジョギングを楽しんだ後に、ツアーに出た。勿論、このツアーも対文協が同行する……と言うより、すべてが対文協のアレンジで動く。これをもって「結局、北朝鮮が見せたいところしか見せないツアーじゃないか」と批判する人は多いだろう。私はそれに反論しないが、そこから見えるものも北朝鮮の今であることに変わりはない。

ホテルをマイクロバスで出ると、朝の出勤時間なのだろう。バスと電気で動くトローリーバス、路面電車が忙しそうにしている。一方で歩いている人も多い。歩いている人を見ると、それなりに身ぎれいにしている。

目立つのは方々に建っている高層建築物だ。

「ああいう新しい建物は何のためですか?」

対文協に尋ねてみた。

「人民のアパートです」

なかでも印象に残っているのは黎明(リョーミョン)通りだ。新築の高層アパート群ができていた。なかにはSF映画に出てくるような近未来的な建物もある。周辺には金日成大学などの大学がある。それらの大学教員が優先的に入居できるのだという。それはすべて金委員長の指示だと説明された。

「はりぼてじゃないですよ。ちゃんと住んでいますよ」

対文協がそう言って笑った。

黎明通りにそびえ立つマンション郡

最初に訪れたのは金日成主席の生家。万景台と書いてマンギョデと呼ぶ。大勢の着飾った北朝鮮の人々が訪れていた。職場や地域で固まってくるからだろう。数十人の集団で来ており、女性はチョゴリ、男性はスーツや制服といった出で立ちだった。

かく言う私もスーツだ。地元の人が正装して行くところには、やはり礼節をわきまえた日本人として正装で行くべきだろう。郷に入れば郷に従えだ。我々と重なった中国人のグループはかなりラフな格好をしており、正直、あまり良い印象ではなかった。

その万景台でガイドをしてくれたリ・チョンヤンさんという女性は日本語が堪能だった。金日成主席の話を、感情を交えて話してくれた。それが終わるのを待って、南北首脳会談について感想をきいた。一瞬、対文協は、嫌な顔をしたが、遮ることはなかった。

もっとも、遮る時間はなかったかもしれない。リさん、「待ってました」とばかりにしゃべりだした。

「感動で涙しました。でも、それは私だけじゃないんです。朝鮮の全人民が待っていたニュースなんです。祖国統一が目の前なのだと思いました」

そして次の様に話した。

「偉大な金正恩元帥のお人柄に感動を受けて、本当に私はリョウシュウノフクに恵まれていると思いました」

「リョウシュウノ……ああ、領袖の福ってことか」と頭の中で漢字を思い浮かべつつ、「なかなか聞かない日本語だなぁ」とちょっとおかしくなった。

彼女には4歳の娘がいるという。

「娘が、金正恩元帥にお会いして『ありがとうございます』と言いたいと言っているんです」

私としては平壌市民に南北会談の感想を聞きたいわけだが、対文協は当初、これには難色を示した。

「日本のマスコミが意地悪い質問をするので印象が悪いんですよ。トラブルになるかもしれませんし……」

その言葉には恐らく嘘はないかとは思う。誰だったトラブルは避けたいものだ。

「それに、今回は取材ではありませんから。取材は取材で申請して来てください」

これも正論だ。私はあくまでも親善訪問で訪朝しているわけだ。

「そりゃわかるけどさぁ、親善ってやっぱり人と交わらないと親善じゃないでしょ?」

親しみも出てきたのでざっくばらんに言ってみたが、「いや、しかし……」と、当初は否定的だった。ところが、やがてその姿勢もかなり柔軟になる。それは私が紳士的にものを聞いたから……と言うわけではなく、予想に反して皆さんが積極的に発言してくれたからだ。

金委員長肝いりでオープンした自然博物館という場所に案内された時のことだ。驚くほどの美男美女カップルがいた。特に女性は、服装もおしゃれだ。

「見てよ、あのカップル。美男美女ですねぇ。特に、女性のレベルはかなりなものですよ」

朝のジョギングに付き合ってくれている対文協の若手に耳打ちした。

「確かに、そうですね」

「質問してみたいんだけど」

「何をきくんですか?」

「この施設についてどうですか?とか」

「まぁ、じゃあきいてみましょう」

と言うことで、対文協が通訳をしてくれ、先ずはこの施設について尋ねてみた。

「素晴らしい施設です。金正恩委員長の愛を感じざるを得ません」

答えたのは男性だった。なるほど、やっぱりそう来るか。

「南北首脳会談が行われましたが、それについてはどう感じますか?」

「とても感動しています。金正恩委員長の決断のものと、朝鮮民族の悲願である民族統一が必ず達成できるとの思いを強くしました」

もう少しあか抜けた言葉を期待したが、ま、それはそれという感じだろうか。私は別にこの青年が無理に金正恩委員長を称えているとは思わなかった。そう自ら思っていたとしても別に不思議ではない。

残念だったのは、女性がひと言も発することがなかったことだ。インタビューをデジカメで撮影していたからだろう。彼女は少し離れたところで終わるのを待っていた。まったくもって奥ゆかしいというか、なんというか、残念だった。

この青年が「金正恩委員長の愛」を感じたというこの自然博物館は、実物大の像やCGを駆使して地球の歴史を紹介しているもので、カップル以外にも家族連れが来ていた。動く恐竜などはリアルで子供たちを魅了していた。タッチパネルでの説明もあり、正直、かなりレベルの高い施設だった。青年の言葉は嘘じゃないと思わせるだけのものがあった。正直、東京にあっても人気のスポットになるくらいのレベルだと思う。

説明員が「ここは人民への科学普及基地です」と話した瞬間、「ここは北朝鮮なんだ」と我に返った。

この自然博物館の前で写真を撮る人々を見るとスマホを使っていた。こちらでは「ソンチョナ(手の電話)」と呼ぶ。日本のように皆が皆持っているという状況ではないようだが、持っている人は持っている……と言ったらよいだろうか。大学生の制服を着た一団もスマホで写真撮影をしていた。

このスマホは、エジプトの会社が合弁会社を作ってビジネスをしているとのことで、偶然だが、私の宿泊しているホテルにエジプト人の社員が宿泊していた。

「ビジネスはとてもよい」

そう話していた。それはそうだろう。ライバル社がいるわけではない。北朝鮮の企業との合弁ということだが、独占状態だ。その社員の説明では、「SIMカードを買えば日本から持ち込んだスマホで通話ができる」とのことだった。ただし、インターネットに接続はできない。 

前述の黎明通りを通った時、対文協に頼んでマイクロバスを降ろしてもらった。一緒にいると随分と柔軟に対応してくれるもので、頼めばいろいろと努力してくれた。

黎明通りでは前述のような超近代的な建物が見たかったわけではない。通行人をじっくりと見たかった。

しばし通行人を見させてもらった。きれいな街並み。歩く人もきれいな格好をしている。若い女性がソンチョナを手に笑顔で歩いている。それは日本のちょっとした住宅街と変わらない風景だった。

金日成広場へ

一通り、黎明通りの通行人ウォッチを楽しんだ後、同行の総連の姜部長に頼みごとをした。

「やっぱり金日成広場に立ってみたい」

日本では、朝鮮人民軍のパレードの場として有名だろう。大陸間弾道弾がお披露目されるあの場所だ。なんといっても、日本で最も有名な平壌の地だ。行ってみたい。

姜部長は対文協と話をしてみると言ってくれた。

驚くことに、翌日、直ぐに実現した。対文協が関係機関と調整してくれて、金日成広場に行く許可をとったのだ。正直、彼らは私らを監視するというよりも、本当に私たちの為に尽くしてくれていたと思う。

立つと目の前の建物に金日成主席と金正日総書記、つまり金委員長のお祖父さんとお父さんの巨大な肖像画が見つめている。

「平壌のゼロ地点です」

対文協がそう説明した。中心地という意味だろう。ただ、想像していたよりは小ぶりといった印象を受ける。やはりテレビで見る軍事パレードの印象が強いからだろう。あのスケールでイメージすると、実際の広場は少し狭い感じかもしれない。

ただ、私たちのように広場に観光に来ている人たちはいなかった。そういう場所ではないということだろう。

面白い経験をした。目の前の二つの巨大な肖像画を撮影しようとカメラを構えた時のことだ。

金日成広場に立つ私

「撮るならもう少し前で撮ってください」

対文協にそう言われた。その意味がわからず首を傾げつつ肖像画に近づいて行った。すると今度は、「それ以上は前に行かないでください」と。肖像画に近いところまで行く許可は得ていないようだった。

対文協が横に来て前で撮る理由を説明した。

「電線が通っているじゃないですか。あの線がお顔にかからないように撮影してください」

見ると、トローリーバスの電線だろうか、線が走っている。先ほどの場所から撮ると肖像画の真ん中に横線が引かれたようになってしまう。それはダメだということだった。

「撮る場合はきれいに撮ってください。斜めに撮ったり、端が切れたりして撮らないでください」

頑張っていろいろとやってくれている彼らに悪い気は起きない。私はある種のほほえましさを感じたくらいだ。「我が国は自由な国」なんじゃなかったっけ?そう尋ねたいとも思わない。そういうことは割とどこの国でもあることだ。それはそれ、これはこれ。それでいいじゃないか。

ひと通り撮影を終え、対文協と姜部長にお礼を言ってマイクロバスに向かって歩き出した。

その3につづく


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