アーティスティックスイミング井村雅代HCが69歳でもエネルギッシュな理由【東京五輪の現場から②】

54年ぶりに東京に五輪が戻ってくる2020年。本連載では、オリンピック担当として東京五輪に向けた取材を続けるスポーツニッポン・木本新也記者が現場の'生の声'を届ける。メダルを目指す選手のスペシャルな思考や、大会開催の舞台裏とは――。第2回は、 アーティスティックスイミング(AS)日本代表・井村雅代ヘッドコーチがエネルギッシュな理由。


 「日本は体が小さいだけでなく、体から出るエネルギーが弱い」

徳島で阿波踊りを踊り、空手の国際大会を視察した。ポップダンスやクラシックバレエのバーレッスンにも取り組んでいる。昨年7月の世界選手権(韓国・光州)後のアーティスティックスイミング(AS)日本代表の話である。東京五輪での巻き返しに向け、井村雅代ヘッドコーチ(69)は打てる手を打ちまくっている。

「開催国だから、世界選手権から大きく評価を変えることも可能だと思っている。空手も祭りも選手が空気を感じないといけないので、皆を連れて行きました」

世界選手権はチームのテクニカルルーティン(TR)、フリールーティン(FR)ともに、ロシア、中国、ウクライナに次ぐ4位。五輪はTRとFRの合計点でメダルを争う。井村ヘッドコーチはFRの予選を終えた時点で完敗を覚悟し、決勝は「的を射た強化のために何かを持ち帰らないといけない」と異例のスタンド観戦を敢行。プールサイドで演技を見なかったのは1978年の代表コーチ就任後は初めてだった。観衆に交じって出場全12組に熱視線を送り「日本は体が小さいだけでなく、体から出るエネルギーが弱い。何とかしないといけない」と弱点を痛感した。

世界選手権後、井村ヘッドコーチの動きは早かった。帰国から間もなく、東京五輪で採用するチームTRのテーマを「空手2020」に決定。銀メダルに輝いた2000年シドニー五輪と同じテーマで「'00年も空手をやり、好きなルーティン。空手は世界的な認知度も高く、日本が誇るべきもの。シドニーの時はスローテンポで今聞けば古い感じがするが、今回はアップテンポで新しい。格好いいクールな日本を表現できる」という勝負手だ。

昨年8月から新テーマの練習を開始。随所に突きや蹴りなどの動作が入っており、キレ味鋭い動きが特徴だ。最初の2ヵ月は週3回のペースで空手の"型"を特訓。師範を招き、道着も新調した。頻度は落としたが、現在も練習は継続しており、プールサイドで道着を身にまとい、正拳突きなどを繰り返している。昨年9月には井村監督以下、全8選手が空手プレミアリーグ東京大会を視察した。

足技のキレを増す目的でバレエのバーレッスンも導入。アップテンポの曲に対応するため、新たにポップダンスの講師も招いた。FRのテーマは世界選手権から変更せず「今日はお祭り!」を継続。昨年8月には徳島の祭りに選手を引き連れて参加して、演舞台で阿波踊りを舞い、現場の熱を体感した。

  「三流は道に流され、二流は道を選び、一流は道をつくる」 

井村ヘッドコーチは現役時代にAS(当時はシンクロナイズドスイミング)の日本選手権で2度優勝。公開競技ながら1972年ミュンヘン五輪にも出場している。引退後は、保健体育の教師として大阪市の中学に赴任。教室にタバコの吸い殻やシンナー吸引後のビニール袋が落ちている荒れた学校で生活指導を担当した。生徒とぶつかりながらも決して見捨てず、徐々に信頼関係を築いた経験が指導者の原点にある。

ASコーチとしては、日本だけでなく、中国、イギリスなど各国の代表チームで指揮を執り、ASが正式種目となった'84年ロサンゼルス五輪以降のすべての五輪でメダルを獲得。大阪府教育委員なども歴任した教育者は「スポーツのゴールは良い人間をつくることだと思っている。だから選手を教えている時に答えは出ない。答えは将来出る」とのポリシーを持つ。

目の前の演技だけでなく、審査員の先入観も入るASは大会前の格付けが重要。日本は世界選手権でロシア、中国、ウクライナに次ぐ4番手の印象を持たれており、東京五輪でのメダル奪回は簡単ではない。それでも、井村ヘッドコーチは「三流は道に流され、二流は道を選び、一流は道をつくる。私は道をつくる人間でありたい」と既成概念にとらわれるタイプではない。指示を出す声の張りや、ピシッと伸びた背筋は69歳とは思えない。メダル獲得と、その先にある教え子たちの人間形成のため、シンクロ界の母は今日もエネルギッシュにプールサイドに立つ。

Text=木本新也