北朝鮮を実際に見た! 元NHKスクープ記者 立岩陽一郎のLIFE SHIFT 第6回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米、巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストが綴るエッセイ。南北首脳会談に続き、米朝首脳会談も実現し、その動きから目が離せない北朝鮮。その北朝鮮を実際に訪れて見た現実の姿とは――。立岩陽一郎による北朝鮮レポート第3弾。


平壌の朝

「日の出が見えないなぁ……」

朝鮮とは朝の鮮やかな国という意味なのだと昔、何かの雑誌で読んだ記憶がある。では、朝鮮民主主義人民共和国の首都の朝は……と言うと、残念ながら滞在中はどんよりとした朝といった感じだった。日の出を拝もうと思ったのだが、太陽をはっきりと確認できない。

空はいつもどんより。

今回の滞在についてはコメンテーターを務めている毎日放送でリポートにする予定で、私は「親善訪問」と称して行動をしつつ、実際のところはビデオ撮影に励んでいた。その私にとって日の出のシーンの撮影は必須だったので朝早く起きてはホテルの周辺でカメラを構えるのだが、滞在中に日の出のシーンを撮影することはできなかった。

これは天候の問題かと言うと、実はそうではないようにも思う。平壌の空気は実はあまりきれいではないようだった。1週間の滞在で、喉にいがらっぽさを感じることが度々あった。

「空気はきれいではないなぁ」

ちょっとした建設ラッシュということもあるだろう。車はそこそこ走っているが、東南アジアのようにNOX=窒素酸化物をまき散らしている……といったほどの数ではない。

最大の要因として考えられるのは、私の目に映った巨大な工場の煙突から出る煙。今時の日本ではあまりお目にかからない光景だ。

「あの工場はなんですか?」

お付き? 監視役? の北朝鮮政府関係者である対文協=朝鮮対外文化交流協会の人間に尋ねた。

「発電所です」

「石炭ですね?」

「……ええ」

重油が制裁対象となっていること、北朝鮮が石炭の産地であることを考えると、それしか考えられない。平壌の真ん中で巨大な石炭火力の発電所が稼働し、そこからモクモクとどす黒い煙が吐き出され、そして空を覆う。

かくして朝鮮の首都から鮮やかな朝を奪っていく。それはこの国の現実を最も象徴する光景に見えた。

もうひとつ、マイナスな点を書いておこう。私はジョギングを日課としており、それは北朝鮮でもそうさせてもらっていた。そこに、お付きの対文協の3人の日本局員のうち、若手局員が常についてくれていることは既に書いた。

ジョギングから戻ってから腹筋と腕立てをしてホテルの部屋に戻るわけだが、この時の腕立ての時に、この国の現実をかいだ……匂いだ。

それは腕を曲げて顔をアスファルトすれすれに近づけた時のことだ。

鼻をつく異臭。何と形容したら良いのだろうか。生臭さと言ったらよいのだろうか。妙にきつい匂いが鼻をついた。それは日本や欧米の道路で嗅いだことのない匂いだった。

「やはり重油が来ないんだろうなぁ……」

経済制裁だ。重油の禁輸は制裁の重点項目のひとつだ。勝手な想像で申し訳ないが、アスファルトにまがい物を混ぜているのではないか。そうとしか考えられない。近くで立って見ている対文協の局員には尋ねようと思ったが、止めた。

だって、私が彼だったら、こんな質問されても困る。

「このアスファルト、まがい物で作ってますよね?」

ひびの入ったアスファルト。顔を近づけると、きついニオイが鼻をついた。

ホテルで体験したトイレットペーパーとおつり

あまり悪い話ばかりしても北朝鮮に申し訳ない。少し良い話を書いてみたい。

私が泊まっているホテルの1階に喫茶店があった。空いた時間にその喫茶店に入った。女性店員が直ぐにやってきて、笑顔で「オソオセヨ」と。これが、実は私にとって意外だった。

「社会主義の北朝鮮では店員は不愛想だ」

そう刷り込まれていたからかもしれない。正直、滞在中に不愛想な対応を受けたことはなかった。

ホテルの従業員について更に書きたい。

滞在4日目の朝、トイレットペーパーが切れた。ジョギングから戻った際、フロントの男性に「トイレットペーパーが切れているので後でもってきてください」と頼んだ。

部屋に入ってシャワーを浴びて出ると、ちょうどドアを叩く音が聞こえた。ドアを開けると、トイレットペーパーを持ったホテルマンが立っていた。

「対応が早いなぁ」

少し驚きつつロールを受け取った。

もうひとつ書いておきたい。ホテルのビジネスサービスで、日本の友人知人に向けて葉書を送った際のことだ。これも中国元で払ったが、7枚出して全部で7元だった。1枚1元という計算だ。

10元札を出すと、つり銭がないという。3元。日本円で60円にもならない額だから、「ケンチャナヨ(大丈夫です)」と言って自室に戻った。

ところが、だ。暫くすると、ホテルマンがお釣りの3元を持ってきた。

トイレットペーパーの対応といい、このおつりといい、正直言うと、これは他に国では考えられない。特に米国のホテルなどでは、こうはいかない。米国のそこそこ有名なホテルでトイレットペーパーが切れたと言ってもなかなか対応してくれないケースなど別に珍しい話ではない。「要らない」と言ったお釣りを持ってくる? あり得ない。

「似てるなぁ」

何に? 日本にだ。この勤勉性、正直性は極めて日本に似ている。

「ひょっとして韓国よりも日本に近いのではないか」

こう書くと韓国の人には失礼かもしれないが、それは正直な感想だった。

休日の平壌 

6日間の滞在中、「国民の祝日」を体験した。5月1日、労働者の日、メーデーだ。この日、労働者の国である北朝鮮では当然、「国民の祝日」となる。

市内を車で出ると、いたるところに赤と青の国旗が飾ってあった。対文協の話では、普段よりも盛大だという。

「南北首脳会談を祝うという意味も有るんです」

なるほど、と思った。

この祝日の日の昼食に、「玉流館」という平壌冷麺の名店へ行くことになった。この店の冷麺がその南北首脳会談で供されたのだという。

正午に行く予定だったが、対文協のスマホに連絡が入った。そして、「玉流館」に予定より早めに行くことになったと我々に伝えた。

凄い人の入りで、正午に行くと並ばねばならないのだという。そこで正午前に行くことになったわけだ。

「この店の味をみんな楽しみにしているんですよ」

この玉流館の玉流とは、平壌市内を流れる大同江(テドガン)という川のことで、宝が流れる川という意味なのだそうだ。

その「宝の流れる川の館」に着くと、その大きさに驚いた。既に店に入る人で入口付近に列を作っている。

一階にある巨大な食堂内は既に満席。しかし、特別な配慮なのか、別の入口から2階の別室に通された。

そして待つこと……数分だろうか。平壌冷麺が出てきた。ここで私はあまりやりたくないことをやらなければならない。何と言っても、情報番組にとっては食リポは大事だ。

南北首脳会談でも供された平壌冷麺。その味は……。

同行してくれている総連=在日本朝鮮人総連合会の姜賢国際部長にデジカメを構えてもらう。そして、姜部長の合図とともに、冷麺を前に話し始める。

「これが南北首脳会談にも出されたという平壌冷麺です。では食べてみましょう……」

我ながら恥ずかしいというか、何というか……。

ところが、これが味がまったくわからない。慣れないことはやるなとはこのことだ。次に何を言うかを考えているうちに麺は胃の中に入ってしまった。

「麺の味? スープ? ……思い出せない」

ええい、仕方ない。

「アジュ、マシッスムニダ(とてもおいしいです)」

ごまかすしかなかった。

その玉流館を出て、やはり市内にある牡丹峰(モランボン)の丘に行ってみた。ここは休日になるとピョンヤン市民がピクニックを開くことで有名なのだという。

行ってみると、確かに大勢の人々がピクニックを楽しんでいた。あちこちから煙が上がっている。と、同時に肉を焼くニオイも。平壌市民のピクニックには焼肉が付きものなのだという。また、いたるところで人の輪ができて、ダンスに興じていた。

年配の男性に「楽しんでいますか」と尋ねると、「きょうを楽しまずいつ楽しむんだ」と、上機嫌に答えてくれた。

有名なモランボンの丘では多くの人がピクニックを楽しんでいた。

いざ板門店へ

平壌へは南北首脳会談の翌日の4月28日に入って、5月3日の朝には北京に出る。つまり事実上の最終日は5月2日だったわけだが、この日、私たちは午前8時にホテルを出た。向かう先は板門店。言わずと知れた、韓国と北朝鮮の軍事境界線だ。首脳会談の場でもある。

過去に板門店に行ったことは有るし、そういう日本人は少なくないだろう。韓国旅行の目玉の1つと言って良い。ただ、この軍事境界線に北朝鮮側から行った人はあまりいないだろう。

さて、そこはどういう場所なのだろうか? 期待と不安を胸に、揺れるバスに身を委ねた。

その4に続く

Text & Photograph=立岩陽一郎


北朝鮮を見た! その2


北朝鮮を見た! その1


立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPOを運営「ニュースのタネ」の編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。『トランプ王国の素顔ー元NHKスクープ記者が王国で観たものは』などの著書がある。近著は『トランプ報道のフェイクとファクト』。
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