サイバーエージェント 藤田 晋 伝えたいことを伝えるため常に、言葉と格闘する 幻冬舎 見城徹と対談

24歳で起業、26歳で株式上場を果たして以来、常に憂鬱な日々を送ってきたというサイバーエージェント代表取締役社長CEO藤田 晋氏。著書『憂鬱でなければ、仕事じゃない』における幻冬舎代表取締役社長見城徹との絶妙な掛け合いは、そんな葛藤が生んだものだった。

左(見城):靴¥93,450(アレン エドモンズ/トレーディングポスト青山本店SHOP TEL:03-5474-8725)、時計¥714,000(ジャガー・ルクルトSHOP TEL:03-3288-6379) 右(藤田):スーツ¥514,500(キートン フリーダイヤル:0120-838-065)、シャツ¥21,000(バルバ)、チーフ¥7,350(ムンガイ/ともにB.R.SHOP TEL:03-5414-8885)、タイ¥21,000(E.マリネッラ/マリネッラ ナポリ東京ミッドタウン店SHOP TEL:03-5413-7651)、靴¥147,000(カルミナ/トレーディングポスト青山本店SHOP TEL:03-5474-8725)、眼鏡¥39,900(トム フォード アイウエア/マルコリン ジャパンSHOP TEL:03-5413-3563)、時計私物

 サイバーエージェントと幻冬舎は、合弁で会社を作っています。見城社長とは月に1度は経営会議でお会いしていたのですが、会議で発せられた見城社長の言葉が、僕の心に突き刺さりました。
「憂鬱にならない仕事なんて、たいした仕事じゃない。大きな仕事に挑んでいる時は、いつも憂鬱なものだ」
 思えば20代の頃、僕は自分の成長スピードを上回るスピードで事業を拡大し、ある意味、無理をしていました。24歳で起業。26歳で株式上場し、会社を拡大して、立派なオフィスを借り、社員も急激に増やした。経験がない中、憂鬱な気持ちを常に抱え、なんとか乗り越えてきた。僕はそれを乗り越えることで、成長できたのだと思っています。
 ですが、30代になって仕事を覚え、軌道に乗り始めると変な慣れが出てきていました。ふと、これからの自分には成長がないのではと不安にかられ、ある日、先の見城社長の言葉を忘れないようツイッターでつぶやいたんです。そうしたら、とんでもない反響がフォロワーの方からあった。おそらく僕のツイッター人生で最大級の反響の大きさです。それだけ共感を呼ぶ言葉だったのだと思います。
 見城社長とは頻繁に食事に行くような間柄ではないのですが、一緒にビジネスをさせていただく中で、鮮烈な印象がありました。僕には20代の頃から、ずっと心に引っかかっていたことがあったんです。それは、表面的なもの、凡庸なものとどう付き合っていくのか、ということ。年を経て行くごとに丸くなり、社会に適合して個性を失い、空気を読みすぎて空気になってしまう人が増えていきます。でも、僕はそれを簡単には受け入れられなかった。
 見城社長はそんな僕に対して、仕事を通じて何が大事で何が無駄かを、初めてはっきり示してくれた人でした。言葉を換えれば、表面的なものや凡庸なものと、エッジの効いた自分らしさをどう両立させるか、ということ。今回の本『憂鬱でなければ、仕事じゃない』には、そのエッセンスがちりばめられています。ビジネスを進める上で、あるいは人生を送る上で、極めて本質的な問いかけがある。だから、この本は多くの人に支持されているのだと思っています。

本当にいい言葉は、人の心を動かすんです
サイバーエージェント代表取締役社長CEO 藤田 晋

 もうひとつ、僕が改めて思ったのは、言葉が持つ強さです。見城社長が出された美しく印象的な言葉を、僕なりの解釈で解説していますが、見城社長が発するその言葉だからこそ、心に強く残るのだと思いました。弱々しい言葉では、同じことを言っていたとしても自分の中には残らない。言葉の重さを痛感させられた本作りでした。だからこそ、僕は何度も何度も原稿を直しました。こんなに文章を考えたことはない、というくらいにこだわり抜きました。
 そして、ちょうどこの本を作っている過程で、東日本大震災が起きました。経営者として僕が真っ先にしたのは、社員のいるフロアを廻ってみんなと顔を合わせることでした。僕の顔を見てホッとしてくれた社員も少なくなかった。同時に、僕自身も安心できました。未曽有の大災害であり、本当にショッキングな出来事で、いろんな考え方があるとは思います。でも僕が思ったのは、1日も早く業務を元に戻さなければならない、ということ。それこそが企業が果たすべき社会的使命だと思ったからです。経済へのダメージを抑え、デフレスパイラルに陥らないよう食い止め、正常な状態に戻す。
 僕はこうしたメッセージを、いち早く社内向けのブログで発信しました。これが僕にとって、社内に僕の思いを浸透させる最も良い方法だからです。社内のみならず、僕はブログで情報発信を長いことしてきました。いわゆる社長のブログでは、ありがたいことに今もアクセス数が一番多いと聞いています。僕はブログというツールで、常に言葉と格闘してきたのです。
 伝えたいことをストレートに伝えても、それで伝わるわけではない。どうすれば多くの人に理解してもらえるものにできるのか。等身大になっているか、独りよがりになっていないか。何度も何度も読んで推敲して作り上げていく。そしてブログはダイレクトに読者の反応が来ます。厳しい批判が来ることもあります。おかげで僕は驕ったり、我を忘れたり、自分を見失ったりすることなくここまで来ることができたのでした。
 インターネットを利用することが当たり前の時代になりましたが、ネット上には言葉が溢れています。だからこそ、言葉の重要性はより大きくなっていると思います。今回の本で、そして震災で、改めてそう思いました。本当にいい言葉は間違いなく、人の心を動かすんです。

この難局を乗り切るには正面突破するしかない

 MBOに関する人生最大のピンチを乗り越え、常に鋭いエッジの上をギリギリで生きる見城徹。今回、初めて著書の裏話とその思いを明かした。自らの生き方をさらけ出した、メッセージの数々。

「仕事が楽しければ人生も愉しい」がキャッチフレーズの『GOETHE』がなぜ「憂鬱でなければ、仕事じゃない」なのか、疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも、仕事は憂鬱なほうへ、風当たりの強いほうへ、困難だと思われるほうへ、無理だ、不可能だと言われるほうへ身をよじっていった時こそ、大きな結果が出るということは紛れもない事実です。
 そのためには七転八倒するし、血を吐くような思いもしないといけない。でも、これが仕事に向かう正しい姿勢だと僕は思ってきました。なぜなら、それをやり切ったあとにこそ、本当に爽快な気分に、愉しい気分になれるからです。憂鬱な仕事だからこそ、その後の1本のワイン、その後に向かうバカンス、恋する女性との食事がこの上なく感動に満ちたものになる。だから、苦しめば苦しむだけ、仕事をやりおおせた後の愉しさは比例して大きくなっていきます。それが、仕事というものの醍醐味だと思うんです。
「憂鬱でなければ、仕事じゃない」という実感は、若い時から僕の中にはずっとありました。それを藤田君との会議の時に呟いたら、その場にいた皆が新鮮に受け取ってくれて、藤田君がツイッターに書き込んでくれたんです。大きな反響があったというんですね。それが本を作るきっかけのひとつです。
 正直に言うと、最初は本を作るのは、あまり乗り気ではなかったんです。というのも、突き抜けた本、振り切った本にするにはエネルギーがいるなと思ったからです。でも、あまりにも時間がない。極端なもの、かつてなかったものでなければ、出す意味などないですから。
 ただ、一緒に作る相手が藤田君というのは関心があった。若いけれど懐が深く、目先の利害では動かない。修羅場をたくさん経験しているから、軸がぶれず、腹が据わっている。彼自身はあまり語りませんが、心に秘めた闘志は途方もなく大きい。何より、今の自分は人生のプロセスの途中にいるのだということをよくわかっている人だと僕は思っていました。

覚悟を決められるかどうか。要はそれだけです。
幻冬舎代表取締役社長見城徹

 人生の結果は死ぬ時にこそ出るものです。微笑みながら死を迎えられるかどうか。その時それを決めるのは自分なんです。他人が評価するのではない。財産や地位や名声も関係ない。死の瞬間に自分が人生に納得するかどうか。それがわかっていると、人生の恐怖と不安をきちんと認識できるようになります。恐怖と不安に立ち向かわなければいけない、という決意と覚悟もできる。藤田君は、それがわかっている人だと僕は思っていました。実際、彼と幾度か打ち合わせをするうち、吸い込まれるように35の言葉が出てきたんです。これなら面白い本になる、と確信しました。
 折しもこの本を作っている間、僕は幻冬舎の株式を買い占められるという人生最大のピンチに陥っていました。本当に辛かった。だから同時に作っていたこの本には、運命的なものを感じました。そして難局を乗り切ったと思ったら、今度は東日本大震災が起こった。僕自身、いつも「明日はない」と思いながら日々を過ごしていましたが、震災はそれをまさに日本人全員に見せつけることになりました。
 僕は、いつも鋭いエッジの上をギリギリで生きていくことを好んで選んできました。だからこそ、身体を鍛える必要もあった。身体がなまるとエッジに立てないからです。いつもリスクを引き受けないと息づいてはいられない。それが僕でした。ところが今度は、否応なしに巨大なエッジが日本にやってきてしまった。日本全体が変わらざるを得ない状況になってしまったんです。
 それぞれが決意と覚悟を示す時期が来た、ということです。
 日本人にはそれができる、と僕は信じています。この厳しい状況を、若い人たちを中心に正面突破できた時、日本は凄い国になるはずです。本の中にも書いてありますが、僕には大好きなふたつの歌があります。ひとつは大石内蔵助の辞世の歌。
「あら楽し 思いは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」
 本を作っている間、僕はよくこの歌を思い浮かべていました。正面突破して敗れたら、もう悔いはない、きれいに散っていこうと覚悟を決めました。
 そしてもうひとつ、浦賀での密航の失敗後、江戸・伝馬町に護送される途中で、忠臣蔵四十七士の霊が眠っている高輪・泉岳寺の前で吉田松陰が詠んだ和歌。大石内蔵助の辞世の歌への返歌にもなっています。
「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」
 不可能だと思えることに挑戦する時、僕はいつもこの歌を思い浮かべます。覚悟を決められるかどうか。要はそれだけです。


Text=上阪 徹 Photograph=篠山紀信

*本記事の内容は11年7月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい