【WANIMA】むきだしのロックで勝負! 音楽の可能性を信じる3人組の熱量と未来とは?

日本中の若い世代を熱狂させているロックバンド・WANIMAは、熊本県出身の3人で始まり、今や全国各地の音楽フェスに出演し入場規制を連発。ツアー2日間で7万人を集める彼らの気迫の源泉とは。


客席にふたりの夜も全力でパフォーマンス 

6月5日午後2時30分、東京・豊洲PITの前には長蛇の列ができていた。2万〜3万人クラスの会場を満杯にするロックバンド、WANIMAがこの日は自分たちの原点に戻るように、3000人規模の会場のステージに立つ。開演までまだ4時間もあるのに、待ちきれないファンが全国から集まっていたのだ。

6時30分開演。オールスタンディングのフロアがぎっしり人で埋まった会場全体の手拍子に迎えられ、メンバー3人が登場する。そこから約2時間半は嵐のような激しさだった。

全20曲のほとんどがアップテンポ。楽器はドラムスとベースとギターだけ。音数は少ない。ごまかしの効かないむきだしのロック。だからこそのスリルが、会場の温度を上げる。 

楽器が3つだと歌が際立つ。心が奮い立つ言葉が目立つ。その歌詞を客席全員が一緒に歌う。

「僕たちは毎公演、演奏する曲をがらりと変えます。だから毎夜ツアー初日と同じ緊張感でやっている。このひりひりした感じを客席も共有してくれているのかもしれません」とは、ステージのセンターで歌いベースを弾くKENTA。

2007年、ミュージシャンになるために熊本県天草から東京へ来た。以来、常に後のない環境に身を置いて音楽をやっている。

KENTAとギターのKO-SHINは、天草の保育園から高校まで同級生だった。

「島の同学年は男8人、女12人の20人。家族同然です。特に僕たちふたりは家庭環境に恵まれていなかったんですよ。KO-SHINなんてね、保育園でサンタクロースの画をグレーで描いていた」(KENTA)

「平成になってもうちはまだモノクロテレビで、色を知らなかったんです」(KO-SHIN) 

そんなふたりがバンドを組んだのは中学生の時。

「オレが歌う。KO-SHINは雰囲気がギタリストっぽいから、ギターを弾いてくれ、って」(KENTA)

好奇心からのノリで文化祭のステージに上がった。ところが甘かった。歌は歌えず、ギターは弾けず。会場は静まり返った。

「あの悔しさがあるから、今もギターを弾いていると思っています」(KO-SHIN) 

高校を卒業すると、KENTAは東京へ。KO-SHINは、生活のために熊本で陸上自衛隊に入隊。体力には自信があった。 

WANIMAの結成は2010年。KENTAがKO-SHINを東京へ呼んだ。KO-SHINは陸上自衛隊で活躍していたが、バンド時代の高揚を得ることができず、ギター1本を抱えて、東京へやってきた。

しかし、もうひとりのドラマーと3人でライヴハウスを中心に活動を始めてみたものの、まったく展望の開けない辛い日々が続いた。

「ステージの上は3人、客はふたりということもありました。そのふたりのためだけに1時間、10曲くらい演奏した。あの時に来てくれた人たちの顔は、今もはっきりと覚えています」(KENTA)

未来が見えず、何度も心が折れかけた。それでもバンドをやめるわけにはいかなかった。

「やめたら、音楽をやるために東京へ来た自分に何も言い訳ができませんから。それに、島に帰ってもやることがないんです」(KENTA) 

そんな日々のなか、ドラマーが脱退し、新メンバーとして加わったのがFUJIだった。

「FUJIをスタジオに呼んで、音を聴いた瞬間、こいつとやりたい、と思いました。音の迫力が、とにかくすごかった。圧倒的な熱量を感じたのを覚えています」(KENTA) 

この時、もうひとり容姿のいいドラマー候補がいた。

「最初はイケメンのほうに心惹かれました。彼目当てで女性ファンが集まってくれることを期待したんです。でもKO-SHINがFUJIを推すので会うことにしました」(KENTA)

FUJIは熊本市内の出身。彼もまた追い詰められていた。

「僕は25歳で、すでに10ものバンドを経験していました。参加するバンドはメンバーが辞めていったり、音楽への熱量に落差があったりで、解散してしまうんです。そのせいで、クラッシャー藤原(FUJIの本名)なんて言われていた。WANIMAに入れなかったら、熊本に帰って楽器店で働こうと思って、すでに履歴書も書いていたんです。僕にとって、このバンドがラストチャンスでした」(FUJI) 

こうして現在のWANIMAのメンバーが揃った。3人とも熊本県出身。そして、3人とも後がない状況。軽乗用車で全国のライヴハウスを回り、少しずつ、少しずつ、自分たちのファンを増やした。

経験豊富なFUJIがライブ会場を押さえ、クルマのハンドルを握った。その当時の引くに引けない、切羽詰まったマインドのまま、今も3人で音楽をやっている。

「僕たちは一年のうち、360日は一緒にいます。ライヴやレコーディングがない日であっても、近所の小さなスタジオに集まって練習して、曲をつくっている。それが僕たち3人にとってはごくふつうの、当たり前の暮らしです。それ以外の時間の使い方は考えられません」(KENTA)

自分たちの音楽を信じられた札幌の夜

WANIMAの新曲は「GONG」。新しいチャレンジ、"人生のゴング"の意味を歌にこめた。この曲は、8月9日公開予定の最新作、劇場版『ONE PIECE STAMPEDE』の主題歌だ。

「熊本の実家は整骨院で、子どものころ待合室にある少年ジャンプの『ONE PIECE』を読むのが楽しみでした」(FUJI)

「小学校時代、よくONE PIECEごっこをしました。主人公のルフィの真似をしてKO-SHINと筏をつくり、無人島に渡ってみたはいいものの帰ってこれず、地元の船に救出されたり(笑)」(KENTA) 

この曲の歌詞にはONE PIECEから学んだWANIMAの生き方がにじんでいる。広い海に出ること、ためらわずにど真ん中を行くこと、ひとりじゃないこと……。これらの内容はそのまま、今の彼らに通じている。

「自分たちが本気で思っていることを飾らず、カッコつけず、リスナーのかたがたに届けたい。いつもその思いで音楽をつくっています。それは今回の新曲でも同じです」(KENTA) 

今を必死に生きる若い人たちに、必死の音楽をストレートにぶつける。そこにWANIMAの音楽の世界観が生まれる。

それを象徴する出来事があった。6月23日に行われた札幌芸術の森野外ステージで、KENTAの喉にトラブルが起きた。

「ボーカリストとしてあってはならないことですが、12曲で声が嗄れ果ててしまいました」(KENTA) 

絶体絶命の状況。しかし、会場は思いもよらぬ展開になった。

「5000人のお客さん全員が、僕の替わりに歌ってくれたんです。もちろんリハーサルもしていないのに、みごとにユニゾンしていた。僕たちがつくった曲だけど、すでにみんなの音楽になっていると思えました。WANIMAは3人じゃない、会場のみんなを合わせて5003人だと本当に心から思えました。この会場が今日本で一番熱い場所だと思えました」(KENTA) 

奇しくも不測のトラブルで、自分たちの音楽とその信念を信じることができる夜になった。 

KENTAはWANIMAのホームページで「Good Job!! Release Party 〜北海道2日目リベンジ編〜」の開催を約束。

「これからも3人の音でどこまで新しい音楽をやれるか、チャレンジしたい」(KENTA)

WANIMAはどこまでも貪欲にパフォーマンスを続けていく。


©尾田栄一郎/ 2019「ワンピース」製作委員会
劇場版『ONE PIECE STAMPEDE』
公開日:8月9日(金)
原作・監修:尾田栄一郎
配給:東映
主題歌:WANIMA「GONG」
人気コミックス「ONE PIECE」の3年ぶりとなる劇場版最新作。全国の劇場にて公開予定。


WANIMA
2010年に結成。中:KENTA(ボーカル、ベース)、右:KO-SHIN(ギター)、左:FUJI(ドラムス)の3人組ロックバンド。’14年にミニアルバム『Can Not Behaved!!』でデビュー。’17年、第68回NHK紅白歌合戦出場。’18年初フルアルバム『Everybody!!』が iTunes Store、レコチョクなどでオリコン週間チャート1位を獲得し、6冠を達成。


Text=神舘和典 Photograph=柏田テツヲ