【中田英寿/に・ほ・ん・も・の外伝】梼原町の民宿「いちょうの樹」で癒やされる<高知④>

2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。

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居心地ばつぐん! ごはんもおいしい!!

豊かな自然があり、その環境が育んだ文化があり、海の幸も山の幸もふんだんにとれる。高知の旅は、思っていた以上に楽しかった。だが、少々旅人泣かせな部分があるのも事実だ。ひとつは道路のアクセスがよくないこと。太平洋沿いの町を訪ねるぶんには高速道路が走っているが、山あいの場所に行くとなると、グネグネと狭い道を走り続けることになる。地図上ではとなりに見える場所でも、山道をくだって、いったん海沿いに出て、また山道をのぼるというようなこともあった。

そしてもうひとつ、宿泊施設が充実していないこと。県庁所在地である高知市にはホテルもたくさんあるが、いったん高知市を離れるとその数が極端に減り、あったとしても予約で埋まっていることが多い。この旅は朝が早い。こちらとしては翌日の訪問地になるべく近い場所に泊まりたいのだが、それがなかなか見つからない。見つかったとしても数が限られているため、予約で埋まっていることが多いのだ。

ある朝は、建築家・隈研吾さんの設計した公共施設が多い梼原町を訪ねることになっていた。林業で知られ、かなりの山あいにある檜原村に行くには、高知市からだと急いだとしても2時間以上かかる。もう少し近い土佐市にもビジネスホテルがあったが、予約いっぱい。ちなみに梼原町には、隈研吾作品のひとつでランドマーク的な存在の「雲の上のホテル」があるが、こちらも予約で埋まっていた。

そこで思いついたのが、民宿。ホテル検索サイトにのっていない民宿なら空いているところがあるのではないか。そうやって見つけたのが「農家民宿 いちょうの樹」だった。すでに暗くなった山道を抜け、ナビの指示通りに訪ねると、手作りの小さなカンバンが目に入る。そこにあったのは、昔ながらの大きな農家風の民家。ガラガラと玄関の引き戸をあけると、エプロン姿の「THE お母さん」が出迎えてくれた。建物は決して新しくないが、部屋もきれいで居心地がいい。荷物を置き、早速夕飯をいただくことにした。

「うちの畑でとれたものばかりだけど、たくさん食べてくださいね」

テーブルにならぶたくさんの野菜。サラダ、煮物、炒めものなど、カメラマンと二人では食べ切れないくらいの皿が並んでいる。「いただきます!」。畳の上に座り、座卓で食べる。『チコちゃんに叱られる!』が放送されているテレビを観ながら、今日の出来事や明日の予定を話し合う。ごはんもおかずもおいしい。不思議なくらいに気分が落ち着く。完全に実家だ。実家以上に実家“感”がある。「おかわり大丈夫ですか?」。ときどきお母さんが台所から顔を出し、声をかけてくれるのも実家感を増幅させてくれる。

風呂は家庭用のものだが、ゆったりとつかっているとなんだか大きな露天風呂よりも落ち着く。窓を少し開け、木々のざわめく音を聞きながら布団に入ると、都会のビジネスホテルよりはるかに深い眠りに落ちたような気がした。

フレッシュな気分で起きた翌朝、庭で飼っているにわとりが生んだばかりの卵などこれまたおいしい朝食をいただく。高知市のホテルに泊まるのと変わらないくらいの料金で二食付きは、コストパフォーマンスもばつぐんだ。

「いちょうの樹」を訪ねたのは、まだ夏の終りだった。秋も深まったこの季節には、囲炉裏でいのしし鍋がふるまわれると聞いた。「高知に来たらまた泊まりたいな」。見送ってくれるお母さんをバックミラー越しに見ながら、そんなことを思った。「ネットですべてが分かるわけではない」というのは、中田英寿がよく言うことだが、確かにそのとおりだ。ホテル検索サイトでは見つけられない宿で、幸せな時間を過ごすことができた。

続く

「に・ほ・ん・も・の」とは
2009年に沖縄をスタートし、2016年に北海道でゴールするまで6年半、延べ500日以上、走行距離は20万km近くに及んだ日本文化再発見プロジェクト。"にほん"の"ほんもの"を多くの人に知ってもらうきっかけをつくり、新たな価値を見出すことにより、文化の継承・発展を促すことを目的とする。中田英寿が出会った日本の文化・伝統・農業・ものづくりはウェブサイトに記録。現在は英語化され、世界にも発信されている。2018年には書籍化。この本も英語、中国語、タイ語などに翻訳される予定だ。
https://nihonmono.jp/


Composition=川上康介 Photograph=淺田 創


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