中野量太監督が映画『長いお別れ』で描く、認知症の父親とその家族の7年間の物語

いつかは必ず訪れる家族との別れ。それを、独特のポジティブな目線で描き続けているのが中野量太監督である。2012年の長編デビュー作『チチを撮りに』、宮沢りえが30代にして余命3ヵ月月と宣告される母親を熱演し2016年度の映画賞を席巻した『湯を沸かすほどの熱い愛』に続く、最新作『長いお別れ』。本作では認知症となった夫、父の変化を見守り続ける家族の物語を紡いでいる。直木賞作家の中島京子の同名の原作を中野監督はどう映画化したのか、話を聞いた。


誰かを大切に思う気持ちは、絶対に忘れない

――今回、映画で認知症を描くにあたって、気を付けられたことはありますか?

「呆けて苦しい、みたいなことはほとんどやりませんでした。それには理由があって、ひとつは原作者の中島京子先生と話をしていて、『今の時代の認知症映画を作りましょう』という形になったこと。昔は、家族が認知症になったら、周りは苦しくて、本人も忘れていくということが悲しくて、という話になりがちだったけれど、取材した専門医の先生から『今は違いますよ』と伺ったんです。『認知症は病気で、家族のことがわからなくなったりするのは当たり前。それは悲しむことではなくて、当たり前なんですよ。でも、この人が自分にとって大切な人だっていう気持ちは、心から消えない』という話を聞いて、『あぁ、もうこれだな』と思ったんですよ。だから、忘れていく悲しさを描くのは古い認知症映画なのでやめましょうとなりました」

――映画で特徴的だったのが、山﨑努さん演じる認知症を発症した元中学校校長のことよりも、彼を取り巻く周辺の人たちのエピソードに主軸が置かれていたことでした。

「原作は8編の短編から成り立っていて、もちろん中心は認知症になったお父さんなんですが、自分としてはまず、認知症の人の心や気持ちを勝手に想像して描くことはやめようと決めました。認知症を発症したお父さんの7年間と一緒に家族にも同じように7年間という時間が流れていて、それを妻、娘、孫の3世代の視点で描いてみようと形を決めたことで、一気に脚本が書けるようになったんです」

――前作の『湯を沸かすほどの熱い愛』で宮沢りえさん演じる主人公は余命を宣告されてから怒涛の勢いで家族の後ろ倒しにしていた問題に取り組みますが、今回の作品は家族も本人もゆっくりといつかくる別れに向かっているのが印象的です。

「僕は確かに全2作でひとつのきっかけとしての死は描きましたが、圧倒的に描きたいのは生です。なので死の瞬間は描いたことがないし、そんなものは必要ないと思っていて、今回もそうです。『死』をエンターテイメントとしては考えていないんですが、前回は商業デビュー作だったので、攻め倒してやろうと思って(笑)、先を読ませないように作りました。今回は劇的にいろんなことが起こっているわけではないんですが、いかにお客さんを掴んでおこうかと細工はいろいろしています」

――山﨑努さん演じる主人公も穏やかで、何より、夫の変化を優しく受け止める妻役の松原智恵子さんの柔らかさ、おおらかさ、可愛らしさがこの作品のトーンになっていますが、演出の際に気を配られたことはありますでしょうか。

「実は松原さんに対しては、撮影の1日目に演出のプランを変えたんです。撮影を1日やってみたら、なんだか松原さんが窮屈そうなんですよね。現場では、長女役の竹内結子さん、次女役の蒼井優さん、そして松原さん演じるお母さんの関係性が三姉妹のようなんです。それも松原さんは三女(笑)。これは、松原さんのこの可愛さを使うべきだなと思いました。だから最初に描いた脚本と母の印象が変わったんですけど、それはいい意味で変わって、僕もびっくりした部分です。松原さんは僕の母と同い年なんですけど、本当に少女のような方でした」

――記憶が混濁したお父さんが、若い頃の自分に戻ってプロポーズする場面があります。原作にはないシーンですが、監督がオリジナルで加えたものでしょうか。

「あれは10年くらい前に、テレビの夜中のドキュメンタリーを見ていたら、認知症の夫婦の回があって、元・大工のお父さんが夜な夜な、道具の手入れをしたり、ちょっと暴れたりしてお母さんを困らすんです。お母さんはその度に愚痴ったりするんですが、ある時、お父さんがふと、『そろそろ実家の親にお前を紹介しないとな』と言って、お母さんが『何言ってるんですか』って言いつつすごく照れながら嬉しそうな顔をして。すごくいいシーンだなって、原作に加えさせてもらいました」

――山﨑努さんはパンフレットの中に、原作を読んだ時から、この父親の役は自分にくる予感がしたと書いています。やっぱりみんなが考えるお父さん像というものが山﨑さんにはあるなと思いましたし、病気によって徐々に喜怒哀楽といったものが表情から失われていく過程もリアルに感じます。また、山﨑さんはトイレに間に合わなくて、下着を汚す場面ではお風呂場でお尻を見せる場面も演じています。

「この映画で一番難しかったのは、やっぱり介護の問題をどこまで描くかということでした。下の問題もあるし、本当は描いてないだけで、基本、24時間、食事と排せつの問題は本当に大変じゃないですか。最初は、訪問入浴のシーンなども書いてたんですけど、なんか説明くさいなって思って。介護のシーンは意識的に極力、減らしたのですが、だからこそ、一発ちょっと『これは』というシーンをやらなきゃいけないという思いはあって。だからあのシーンは最初からやろうと思っていたし、『パンツを脱ぐシーンもやります』と山﨑さんにも伝えたんですけど、山﨑さんは『全然いいよ』って。『前貼りとか付けますか?』と聞いたら、『いやいや。芙美(蒼井優)が大丈夫なら、俺はいい』と。だから蒼井さんにも思い切りやってくださいとお願いして撮影しました。ちなみに、あそこは山﨑さんのお尻に味噌をいっぱい塗って撮影しました。最初に話したように、この映画は認知症の人が何を思っているか、主観をやめた構成ですが、作家として1ヵ所だけ僕の思いを伝えたくて、遊園地のメリーゴーランドのシーンで、山﨑さん演じる昇平の主観(目線)を入れました。彼は家に居ても、どこにいても、いつも『帰る』と言うんですが、その帰りたかったところがここであって欲しいという思いを、昇平の主観で見せています。これも認知症の専門医の先生から伺った患者さんのエピソードを反映させています」

――最後に、この作品を撮り終えて、改めて映画の中で家族を描くことについて聞かせてください。

「僕も40代となり、家族ってやっぱり引き継がれて、つながっていくんだと思います。『長いお別れ』では上の世代から下の世代へ引き継がれていくことを描きましたし、そうやってちゃんとつながっていけるのは、幸せなことなんだろうなと。介護映画とは思われたくなくて、時には笑っちゃうようなシーンもある明るく前向きなエンターテイメント映画だということを伝えたいですね」


Ryota Nakano
1973年京都府出身。大学卒業後、日本映画学校(現:日本映画大学)に入学。卒業制作『バンザイ人生まっ赤っ赤。』が、日本映画学校今村昌平賞、TAMA NEW WAVEグランプリなどを受賞。その後、助監督やテレビのディレクターを経て、『ロケットパンチを君に!』『琥珀色のキラキラ』『チチを撮りに』の監督を務め、高い評価を受ける。そして、商業長編映画デビュー作『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本アカデミー賞を始め、14もの映画賞で計34部門の賞を受賞した。


©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋
『長いお別れ』
父親の70歳の誕生日。久しぶりに帰省した娘たちに母親から告げられたのは、父親が認知症を発症したことだった。 それぞれの人生の岐路に立たされている姉妹は、思いもよらない出来事の連続に驚きながらも、変わらない父親の愛情に気付き前に進んでいく。 ゆっくり記憶を失っていく父親との7年間の末に、家族が選んだ新しい未来とは――。
2019/日本
監督・脚本:中野量太
出演:蒼井優 竹内結子 松原智恵子 山﨑努ほか
配給:アスミック・エース
5月31日(金)より 全国ロードショー


Text=金原由佳 Photograph=豊田和志