【仕事術】シンギュラリティ時代をリードするマインド「エクスポネンシャル思考」を身に付けろ

最近耳にする「シンギュラリティ」(技術的特異点)というキーワード。AI(人工知能)の研究で知られる米国のレイ・カーツワイル氏が、2045年に起こると予測した現象を指す。巷では「本当にその時は訪れるのか?」「どうなるのか?」などと騒がしいが、重要なのはそこではない。


ビジネスや経済に訪れる変化のビッグウェーブ

シンギュラリティとは、カーツワイル氏が2005年に著書『ポスト・ヒューマン誕生 コンピューターが人類の知性を超えるとき』(NHK出版)の中で、2045年に起こると予測した現象だ。その時AI が進化してコンピューターが人類全体の能力を超え、生活に大きな変化が訪れるとしている。

だが、シンギュラリティが空想なのかどうかを学者達がのんびり議論をしているうちに、グローバルな競争においてはすでに特異点を見据えた動きが具体的に始まっており、ビジネスや経済に大きな衝撃をもたらし始めている。

シンギュラリティをトリガーにグローバル企業はビジネスの進め方を変えた

シンギュラリティの到来は突然であり、そこからの変化は爆発的だとカーツワイル氏は述べている。テクノロジーが新しいテクノロジーを生み出し、連鎖のスピードは急激に加速していく。そして、その進化があるレベルに達した瞬間、これまでの直線的な進化は無限大に発散し、想像もつかない方向と領域に向けてさらに進んでいく。その瞬間をシンギュラリティと言うが、そこに向けての変化はすでに始まっている。

シンギュラリティに造詣の深いエクスポネンシャル・ジャパンの齋藤和紀氏は「Google やAppleのような世界をリードする企業は、すでにシンギュラリティに向けて、ビジネスの進め方を変えています。私たちもビジネスの進め方を変えていかなくては、あっという間に取り残されてしまうでしょう」と警告する。

Google car

リスクを排除せずに小さな失敗を取りに行く

では、シンギュラリティへの対応が、ビジネスの進め方をどのように変えようとしているのか。その最たるものが「決断の速度」だ。

これまで企業は、次の一手を探るため市場をじっくりとリサーチし、過去の成功例と失敗例を比較しながら取るべき戦略を定めるのがセオリーだった。そしてその計画に沿ってヒト・モノ・カネを整えて実行する。だが、シンギュラリティを意識した今、「手順を踏んでリスクを排し、確実な成果をつかみ取る」手法は良策とはいえなくなった。

「ものすごいスピードで世界や市場、そしてテクノロジーが変化していく中なかでは、考える前に走り、小さく試して失敗し、その分析結果を基にまた走りながら考え、全力疾走し続けることが必要です。立ち止まって議論をしていれば、たちまちライバルの背中は見えなくなり、後続にも追い越されます」(齋藤氏)

すべての人々が全力疾走するなかで新しいビジネスの可能性を見出し、イノベーターとして生き残っていく。それには従来の思考パターンを脱し、シンギュラリティのもたらす変化のスピードに振り落とされない、俊敏で柔軟な考え方が必要だ。齋藤氏は、それを「エクスポネンシャル思考」と呼び、トライ&エラーをベースにしたビジネスモデルの探求と創造を提唱している。

Google、Cisco、Autodeskなどの大企業がスポンサーするSingularity University。キャンパスは、シリコンバレーのNASAリサーチパーク内にある

徹底したデータ思考とアジャイルな環境が成功には不可欠

「もちろん、ひたすらスピードを追うだけでは足りません。できるだけ多くの具体的・客観的データを集め、その分析結果を基に行動する徹底した『データ指向』であることもポイントの一つです。そして3つ目に大切なのが、現場での試行結果を研究や企画に即フィードバックできる、アジャイル(素早い)な開発環境を持った組織づくりをすること。これらが成功の必須条件になります」(齋藤氏)

現場から開発に至る兵站をデジタル化して極端に短くし、現場のデータをリアルタイムで開発に利用していく。小刻みかつ高速にPDCAを回して小規模な失敗を重ねてデータを蓄積、次のPDCAの糧にして、商品やサービスを、そしてビジネスモデル自体を磨き上げていく。そんなアジャイルな開発環境を社内に構築してシンギュラリティに備える……。こう聞くと、変革し続けることのみが肝要であるかのように聞こえるが、齋藤氏はこう付け加える。

「自分たちが本当に提供したい価値はなんなのかを、極限までそぎ落として突き詰める必要があります」

ANAのAVATAR事業はディスラプター対策!?

シンギュラリティに向けて誰もが新しいビジネスの可能性を見出し全力疾走するなかでは、自分の産業や会社が思わぬディスラプター(創造的破壊者)の登場に屈する可能性があるということを常に認識しておく必要がある。しかしそれはいつも、考え至らないほど「思いもよらない」テクノロジーであるはずだ。齋藤氏は航空会社のANAが今年3月に発表した「AVATAR(アバター)」事業に、ディスラプターに備えようとする企業の意識が見えるという。

AVATAR事業は、ロボティクスやVR(仮想現実)、AR(拡張現実)、ハプティクス(触覚)技術などを使って、遠隔地の体験をリアルタイムで提供するサービスだ。旅客ビジネスが本業のANAは、人を飛行機で運んで本物の感動を与えてなんぼのビジネスだ。新事業はそれをむしろ否定することになる。しかし齋藤氏は、「テレプレゼンス、VRといった思いもよらないディスラプターに、この先本業が破壊される可能性がある。であればそれに取り組み、いち早く理解しようとしているんだと思います」と見る。

さらに齋藤氏は、航空会社がなぜ遠隔操作できるロボットでバーチャルな体験を提供する事業を行うのか、という点についても、「コアビジネスのそぎ落とし」があると分析する。航空会社のコア事業は「飛行機で人を移動させ、異なる土地での感動を与えること」ではなく、リアルな移動が伴わなくとも「意識や思いが遠くに届き人の心が繋がればよい」のではないかと、さらにコアにある価値にたどり着いたからこそ、この事業を試すのではないかと言う。

もう一度事業の軸を根幹から見直し、何が価値の源泉なのかを「志」の部分まで突き詰める、今、これが問われているというのが齋藤氏のメッセージだ。時代時代のテクノロジーに依拠しない自社の価値の核心を明確できれば、どれだけ古い業態でもデジタル時代に対応することができる。それどころか自らディスラプターにすらなりうる。

自社の価値の核心部を明らかにした上で、高速で試行錯誤を大量に回す。ここにシンギュラリティ時代のビジネスマインドがある。

齋藤和紀
日系、外資系メーカーの財務経理や経営企画部門勤務を経て、2008年には金融庁国際会計調整室において政府のIFRS採用計画策定に参加。その後、世界最大手石油化学メーカーのグループ経理部長やベンチャー企業の管理本部長を務めた。エクスポネンシャル・ジャパン共同代表、ExO.works コンサルタント、Spectee社CFO、iROBOTICS社CFOなど、成長期にあるベンチャー企業の成長戦略や資金調達をサポートする財務経理のスペシャリスト。著書に『シンギュラリティ・ビジネス  AI時代に勝ち残る企業と人の条件 』(幻冬舎新書)があり、『エクスポネンシャル思考』(大和書房)が5月25日に発売。

エクスポネンシャル思想について詳しくはコチラ

Text=MGT