経済学者 野口悠紀雄 熱き経済学者が日本へ檄!自由も生命も、日々それに対して努力した者にこそ与えられる

閉塞感を打破すべく、日本を代表する経済学者のひとり、野口悠紀雄氏がエールを贈る。とくと耳を傾けて今を生き抜くヒントにしたい。

Nur der verdient sich Freiheit wie das Leben,
Der tãglich sie erobern muℬ

 これは、この雑誌の名であるゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)の『ファウスト』第二部に出てくる言葉です。「自由も生命も、日々それに対して努力した者にこそ与えられる」

 東日本大震災後、特に私たち日本人にとって、自由(Freiheit)と生命(Leben)のふたつが大きなテーマになっていると感じます。自由には表現の自由もあれば、経済的な自由もある。ゲーテの言っていることとはだいぶ離れますが、電力不足でこの夏、輪番操業のような規制を行うよりは、電気料金を上げ、コストを明確にしたうえで、使う側の自由に任せたほうがより適正な節電につながります。電気料金引き上げには反対が多いのですが、冷静にそういう意見を吟味してもいい。今は経済的な分析に基づいた議論がまったく行われていません。

 それにしても冒頭の言葉、これだけ聞くと当たり前のような感じがしませんか? しかし、『ファウスト』を読めば、ファウストの(あるいはゲーテの)言いたい意味がわかります。
 すべてを学んだが空しいだけで、満たされることはないと嘆く学者ファウストに、悪魔メフィストーフェレスはある契約を提案します。あらゆる望みをかなえてあげよう。ただし、満足した瞬間にお前は私のものとなる。その契約に乗り、時空を超えてさまざまな経験をするファウスト。物語の最後、すでに年をとり、目が見えなくなった彼は領主として土地の干拓事業に力を注いでいます。人々が力を合わせて堤防を築き、土地を耕し、荒れ狂う自然に立ち向かう──。
 共同体の概念に目覚めた彼は、干拓の鋤と鍬の音を聞きながら、それまで感じたことのない幸福感を感じます。そこでファウストが発したのが先の言葉です。

 私たちは、常に何か大きな力に脅かされています。それは自然であったり、人間の過剰な欲望であったり、あるいは悪魔のささやきかもしれない。さまざまなことは、人間であるからこそ突き付けられる過酷な運命かもしれません。だからこそ日々努力し続けることで、私たちは自由と生命を勝ち得ていくしかない。
 ファウストは、干拓の音を聞きながら来るべき理想の国を思い、初めて「Verweile doch, du bist so schoen!」(時よ止まれ。汝はいかにも美しい)と叫びます。それは満足した瞬間で、つまり悪魔との賭けに負けたわけですが、その後、悪魔に生命を奪われるはずのファウストはどうなったか? 興味のある方はぜひ『ファウスト』を読んでみてください。

Yukio Noguchi
1940年生まれ。東京大学卒業後、'64年大蔵省入省。'72年エール大学博士号を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学ファイナンス研究科教授を経て、現在、早稲田大学ファイナンス研究所顧問、一橋大学名誉教授に。近著は『実力大競争時代の「超」勉強法』(幻冬舎)、『大震災後の日本経済』(ダイヤモンド社)など。

Text=牧野隆文、本田大樹 Photograph=星 武志

*本記事の内容は11年7月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい